7-15
妙丸の里の敷居に足を踏み入れると、その瞬間から、誰かに見張られているような緊張感が生まれた。辺りには、背の高い木々がまばらに生えており、その隙間から遠くまで見通すことができる。しかし、周りを見渡しても、上の枝の方を見上げても、生き物の姿は見えない。
妙丸の里では、人間以外の様々な生き物が共存している。彼らからすれば、人間は災いを呼び寄せるだけの、決して関わり合いになりたくない存在らしい。中には、人間を憎んでいる種族もいる。
又旅と四蛇は、口と態度には気を付けるようにと、ワロに釘を刺された。
進むにつれて、木の数が増え、森が濃くなっていく。
「こっちを通るんじゃ」
木で作った坂道の足場が現れた。その足場はずっと先の上の方まで伸びており、そのまま高いところを歩いて、森の奥まで進んでいけるようだ。高いところの足場は、枝から吊り下げられたり、幹に固定されたりしている。
「崩れないだろうな」
四蛇は衝撃を与えないよう気を使いながら、恐る恐る足を進める。
「高いところを通った方が、まだ安全なんじゃ。この里は、自由であるかのように見えて、あまりにも決まり事が多い」
木々は奥へ進むほどに密集しており、足場が崩れても、最悪枝が受け止めてくれそうだ。ただし、森に入った時よりも、さらに視線を強く感じるようになり、又旅は気味が悪かった。
「ひゃあ」
又旅が首をすくめ、辺りをきょろきょろ見回す。
「どうした、女みたいな声を上げて」
四蛇が軽口をたたく。
「ばか、わしゃ女だ」
又旅はそう言い返しながらも、片手で顔に触れ、平常心を取り戻そうと息を整える。
今、何かが頬に触れた。
「ほおなでか」
ワロが、辺りを見回しながら、呼びかけた。
「ひゃあ」
今度は四蛇が声を上げた。又旅はにやにやしながらそれを見る。
「何か、冷たいものが首に触ったんだ」と四蛇は言い訳する。
ぼうっと、行く手を阻むようにほおなでが姿を現した。
見た目は人間に似ているが、一番初めに目が行くのはやはりその毛量だ。さらさらの細くて白い髪は獣のように多く、足のところまで広がっている。まるで髪から足が生えているようだ。手足は長く、青白い。
瞳の色が薄く不気味だが、四蛇は、なんて美しい生き物なのだろうと、見惚れた。
「なぜ人間を入れる」
ほおなでは、人間と同じ言葉でワロに問う。
「この子らはわしの古い友人でな。ここに住む友人を訪ねにきたんじゃ」
「目的は聞いていない。決まりを破り、災いを招く理由を聞いている」
ほおなでは無機質な口調で言う。
「この子は、憑き物を無力化する情報を持っているんじゃ。ここに住む、乞除という呪師と力を合わせれば、それができるかもしれん」
「それが災いを持ち込む理由と、どう関係がある」
「憑き物やノウマには、あんたさん方も困っとるじゃろう。それをどうにかしてくれるって言うんじゃ。邪魔する理由などないじゃろう」
「我々は、それらに悩まされてはいない。外の災いを持ち込むべきではない」
ワロは返す言葉が見つからなくなって、口をぱくぱくさせた。
「傲慢な生き物よ。災いが降りかかれば、我々はお前の家族を殺すだろう。お前たちはこの里に生かされていることを忘れるな」
そう言い残して、ほおなでは、またぼうっと消えていなくなった。
四蛇は唇を尖らせ何か言いたそうな顔をしたが、「はじめから警告のために現れたんじゃろ」とワロは呟いた。
ほおなでが去ってからも、見張られているような視線は残っていた。冷たい手で頬に触るいたずらは、もう仕掛けてこなかったが、たまに視界の端に、ほおなでの細い髪が見えるような気がした。
ワロは余計な口を開かず、乞除のいる場所へ、まっすぐに向かった。居心地の悪さはついて回り、自然と口数は少なく、歩みは早くなった。
森はさらに深くなり、巨大な木々によって、やがて空が見えなくなった。カンテラに火を灯し、足場を照らしながら、さらに先へ進む。蕪呪族の村があった森とは、随分雰囲気が異なっているようだ。
暗闇をずっと行くと、突然明るい場所に出た。高いところで、空が丸く空いている。その広場の真ん中には、可愛らしい、小さな木の家がある。足場は別の方向に曲がり、まだ先へと続いていたが、ワロはカンテラの火を消し、元々設置してあった長い縄梯子を使って下に降りた。茶々は縄梯子を下りられないため、いったん四蛇の鞄に収めて、四蛇と一緒に下に降りた。
「どうやら、ここらしい」
ワロはその可愛らしい家に近づくと、扉をノックした。




