7-12
「あたし、蒼羽隊に入ります」
ある日、又旅と四蛇を居間に集め、ナツメはそう言った。
又旅は耳を疑い、彼女の顔をまじまじと見つめる。ナツメは表情に乏しいところがあるため、どの程度本気で言っているのか、分からない。
「イクチの巣穴の中を運ばれている途中で、台車から落ちて、今まで一人で生きながらえていたことにします。イクチの巣穴から蒼羽隊本部の地下へ行って、スムヨアにそう言います。でも、たぶん、このまま行ってもスムヨアに記憶を消されると思うんです。そこだけ、呪術の力でなんとかできませんか」
「ちょっと待て、本気で言ってるのか?」
又旅が確かめる。
「本気です」
彼女は迷いなく言い切った。
「家に帰らなくていいのか?」
せっかく、ナツメの生まれ育った場所も、家族のことも、分かっているのだ。普通の暮らしに戻ることができるかもしれないのだ。それに、ナツメのことを、待っている人がいるのだ。
「あたし、ずっと考えていたんです。たくさん、考えたんです。二人の言っていることは、いったん全部信じます。でも、あたしはお母さんのこと、覚えてないんです。お母さんも、あたしの顔を知らない。きっと、娘が死ぬというのは、受け入れられないほど苦しいことなんだよね。そこに、知らない女が現れて『あなたの娘です』と言って、お母さんの救いになるのかなって。信じてもらえるのかなって」
「そんなの……」
又旅はすぐに反論しようとして、言葉に迷った。
「わしらが、一緒に説得するよ。娘は生きているのに、母親はそれを死んだと思っているなんて、そんな悲しいことは……」
「他にも理由はあります。又旅がそう言ってくれるのは嬉しいけど、まず、私の故郷のシャグへ行く手段がない。それこそ、蒼羽隊に入って仕事で行くくらいしかありません。あと、あたしは今、この油隠中で一番と言ってもいいほど、特殊な立場にいます。あたしにしかできないことって、なんなのか。考えたんです」
又旅は驚いた。この子は、穏やかな時間の中で、そんなことを考えていたのだ。
「あたし、あなたたちに協力します。なんとかして、今の記憶を持ったまま蒼羽隊に入って、内側から潜入調査します。六鹿は翠羽隊だけど、蒼羽隊に入れたらもっといろんなことが分かるかもしれない。六鹿のことは、あたしに任せて」
又旅は何と言葉を発すべきか、分からなかった。
「こんな大変な決意を、あんた一人にさせるわけにはいかないよ」
四蛇も又旅と同様に、まったく予想していなかった様子だ。とりあえず考える時間が欲しかったが、ナツメは話を続けた。
「あたし、決心が鈍る前に、出発したいんです。早い方が嘘もばれにくいと思うし。スムヨアの術を防ぐ方法は、ありますか?たぶん、イクチの巣穴で台車から落ちた後の記憶は、スムヨアにとって不都合だから、消されると思うんです」
「それは、確かにそうだと思う」
四蛇が賛同する。
又旅は古い記憶を探るように、天井を見上げてうーんと唸った。
「呪術を防ぐ方法はおそらくあるが、わし一人じゃ知恵が足りんのと、時間がかかる。それに、それが有効であることの確証もない」
「どういうこと?」
又旅の曖昧な言葉に、四蛇は聞き返す。
「呪術というのはまあ曖昧なもんで、本や人によって、書いてあることや言っていることが変わるんだ。それに、伝聞のみで残っている情報も多い。呪術の材料や方法や効果は、使う人や場所や時間なんかでも変わる。今回の場合で言うと、ちょうどスムヨアの呪術に効くものを用意する必要があるが、わしはあの子の術のことを詳細に知っているわけではない」
ナツメが少しだけ不安な表情をする。
「呪術を防ぐっていうのは、解呪と同じようなものなのか?」
四蛇が尋ねる。
「共通するところはあるが、同じではないんだ。そうか、乞除を探し出して知恵を借りるという手段もあるな。生きていれば、妙丸の里のどこかにいるらしいし」
「でも、見つけ出す時間があるかな。生きているのかすら分からないし、そもそも妙丸の里には人間が入れないんだろ」
「そうだな……。ワロさんに頼んで、情報を集めてもらおうか」
善は急げと、四蛇はワロへの浮文紙を取り出した。事情を書きながら、又旅に尋ねる。
「見つからなかったら、どうするんだ」
「瓜呪族の人たちの知恵を借りれば、それっぽいものを作れるとは思うが、実際に防げるのかどうかは、試してみないと分からん」
「大博打だな」
四蛇と又旅がナツメを見る。少しは怖気づくかと思ったが、目を伏せ、真剣に考えているようだ。
「もう少し考えます」
十日後、又旅と四蛇はナツメを見送った。二人はナツメと共に家を出て、イクチの巣穴を通り、蒼羽隊本部の地下の近くまで同行した。
彼女は、一人野生で暮らしていたという話に信ぴょう性を持たせるため、しばらく食事を抜いていた。頬はこけ、目の周りが落ちくぼんでいる。顔や、服や、爪の間まで泥を塗った。
彼女は弱音を吐かず、狩りを始める獣のような瞳で、単身、蒼羽隊本部へ乗り込んでいった。




