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スムヨアが追ってきているのかどうか分からないまま、数日かけて、誰にも会わずに横穴のところまで戻ってくることができた。ここまでくれば、あと少しで瓜呪族の村へ戻れる。
はやる気持ちを抑え、くたびれた身体に鞭を打ちながら、二人と一匹はその横穴を元通りに塞いだ。こうしておけば、たとえ追われていたとしても、瓜呪族の村にいるのだとは分からないだろう。
瓜呪族の村まで戻る体力が残っておらず、その場でまたひと眠りした。
瓜呪族の村へ戻ると、泥だらけの服を玄関に脱いで、風呂に入った。それからこれまでにないほど長時間眠り、マツとマイの用意した食事をご馳走になった。
もはや、自分たちだけで抱えていられる問題ではないように思えた。名曳に会えばほとんどのことが分かる算段だったが、そうはならなかった。スムヨアにも、話は通じないようだった。それに、蒼羽隊と思われる子供が運ばれていた先に、名曳やスムヨアがいて、その場所にはワロドンののど骨らしきものがあった。
又旅の仮説がかなり真実味を帯びてきていた。
名曳の突き放すような言葉には驚いたが、又旅には、あれは本心で言っているわけではないと断言することができた。そのため、名曳には何かしら理由があって、あの振る舞いをしているはずだった。又旅が困惑したのは、むしろスムヨアの態度だ。
元々親しかったというわけではなかったが、あのような悪意を向けられる心当たりはない。彼女にも、何か事情がありそうだ。
椅子に座った名曳の様子を思い出す。もしかしたら、何かの呪術をかけられているのかもしれない。まるで操られているような様子だった。
そのことを四蛇に話すと、否定せずに聞いてくれたので、救われた気持ちになった。あの状況が名曳の本意ではないのだとしたら、助け出す必要があると、四蛇の方から言ってくれた。
煙羅国の皇帝に進言するべきかとも思ったが、煙羅国と蒼羽隊の仲は離れられないものになっているはずだ。まともに取り次いでもらえるか分からないし、国ぐるみと言うことはないにしても、内通者がいるかもしれない。
まずは、四蛇の提案に従って、六鹿と四蛇と目有の育ての親である、九頭竜国の潮に相談することにした。もちろん、六鹿にも浮文紙ですべてを伝えた。
四蛇は、潮から説教を食らうことを覚悟していたが、それよりも又旅の仮説の方に強く興味を引かれている様子だった。
今後もまめに連絡を取ることを約束し、力になれることがあれば相談するよう言われた。六鹿のことも合わせて伝えると、仕事で煙羅国へ行く時に、彼女に会ってみると言っていた。六鹿は嫌がるかもしれないが、それでも、四蛇はそうしたかった。
数日後、六鹿からの浮文紙で、又旅が煙羅国でお尋ね者になったことを知った。山彦と一緒にいる女の呪師であることと、アノアという名前まで公開されているらしい。
又旅が瓜呪族の村にいることを知っている者は、今のところマツ、マイ、どんこ、ナラの四人だけだ。エノキの前に姿を現さなかったのは正解だったと、又旅は胸を撫でおろした。
ただし、こうなると又旅は、のこのこ煙羅国を訪ねることができなくなった。それどころか、この村に留まるのも危険かもしれない。
この村にいる間、茶々は単独で自由に生活しているため、他の人からは、野生の山彦に見えているだろう。それに又旅も本名を名乗ってはいない。
しかし、たまたま又旅と一緒にいるところを、見られたことがあるかもしれない。煙羅国の話が瓜呪族の村まで伝わることは考えにくいが、ザムザには伝わっているだろう。また、呪師たちが又旅をわざわざ売ることはないにしても、誰かに問い詰められたとしたら黙っていてくれるとも限らない。
本当は、この村を離れるべきかもしれないと又旅には分かっていた。しかし、又旅にはこの村でやってみたいことがあった。
ある日、又旅が一人で畑の手入れをしていると、「アノア」と呼ぶ小さな声が聞こえた。その名前で呼ぶ人など、この辺にはいないはずだ。
又旅がさっと顔を上げると、懐かしい赤髪と、しわしわの顔があった。
「ワロさん!」
蕪呪族の村に住んでいた頃の、古いワロドンの友人だ。
又旅は草を掻き分け近づいてワロを強く抱きしめると、彼は「おお、人間の女の身体は柔らかくていいのお」と冗談を言った。
「生きていたんですね」
「ああ、今は妙丸の里に隠れていてな。向こうから、アノアの魂が見えて、一人になる時をうかがっていたんじゃ」
「ワロさん、話したいことがたくさんあるんです。それに、紹介したいやつもいる」
又旅は、渋るワロをどうにか説得し、エノキの家に招待した。茶々はワロのことを覚えているらしく、嬉しそうに身体を摺り寄せた。
ワロに四蛇を紹介し、又旅はワロに、これまで旅の話と、庵霊院と蒼羽隊に関する仮説を全て話した。
四蛇は、又旅がべらべらと全ての考えを明らかにするのを隣で聞きながら、この初対面のワロドンのことを信用しても大丈夫なのだろうかと、少し心配しながら見守った。ワロから四蛇へ向けられた視線も、悪意はなくとも疑念の籠ったものだった。
ワロは又旅の話を聞き終わると、四蛇を本当に信用しても良いのか又旅に念押しした上で、今度は自分の身の上話をした。
ワロの話は、又旅の推測を裏付けるものだった。
ワロドンはやはり、庵或留の手によって殺されていたらしい。ワロが蕪呪族の村にいた頃は、巧妙な手段で攫い、ひとりまたひとりと殺されていたそうだ。ワロらはそれに気づくと、すぐに住処を変える準備をして、蕪呪族の村を出たらしい。
生き残ったワロドンは多くはないが、今ではなんとか妙丸の里に居場所を見つけたのだそうだ。
ワロドンは基本的に死なないため、たとえ憑き物が蔓延る中でも堂々と進むことができる。庵或留はワロドンを捕まえ、おそらくその肉を食い、殺しているのだと推測される。
庵或留は、ワロドンの唯一の脅威となったのだ。彼の目的は、又旅の言う通りのど骨だろうとワロが断言した。
ワロドンの生き残りをなんとしてでも守りたいワロは、居場所が洩れる危険を冒して、又旅と四蛇にそのことを打ち明けてくれたのだった。
四蛇は責任を感じ、ワロに好感を抱いた。
人間がワロドンの社会に興味を示さないように、ワロドンも人間の社会に興味を示さない。しかしワロは、ワロ個人の性分や、庵或留と仲が深かったことが影響して、又旅の仮説に強い関心があるようだった。
彼は、生き残ったワロドンを守ることが、自分にとって一番大切だと前置きした上で、協力できることがあれば力になりたいと申し出てきた。覚悟が決まったのか、悩みが晴れたのか、最近すっきりした顔をしている四蛇は、その晩ワロと酒を飲み交わし、意気投合した。使命感のようなものや酔いに扇動された二人は、熱く語り合い、じっとしているのが耐えられない様子だった。又旅は愉快な気分でそれを眺めた。
蕪呪族の村でハカゼのワロドンに会ったことを思い出して話すと、ワロは意気揚々と迎えに行くと言い出し、四蛇はそれに付き添うと申し出た。その場の勢いだけの話かと思っていたが、二人は次の日準備を整えると、本当にイクチの巣穴を使って蕪呪族の村へ旅立っていった。
又旅は、四蛇の背中を戸惑いながら見送った。六鹿と四蛇と旅をしながら、余所の子供を預かっているような意識があった。そのため、どことなく各々の意思を重視するようにしていたが、四蛇については背中を押してやった方が良い方向に延びるのかもしれないと、やっと気づいた。
ワロを紹介して良かったと思うのと同時に、もしかしたら、六鹿について行くよう勧めた方が、彼のためになったのかもしれないと少しだけ後悔がよぎった。




