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旅の準備は、半日もすれば終わった。こんなことなら、瓜呪族の村に着いたあと、さっさと出発すればよかった。そうしていれば、六鹿も一緒だったのに。
四蛇は膝に茶々を抱きながら、考えても仕方ないことを思った。
「にゃんすー」
この鳴き声を聞かせてくれるのは、気を許した者にだけだ。最近は、四蛇と二人きりの時でも、この鳴き声を聞かせてくれる。
又旅や茶々の存在にありがたみを感じるのは、きっと、六鹿が去ったことが寂しいからなのだろう。四蛇は素直な気持ちで自己分析する。
エノキの家を出てから、例の横穴までは、すぐに到着した。蓑火はもう消えてしまったので、ザムザで買った、長時間消えない蝋燭を使った。
蒼羽隊が運ばれていた方の巣穴へ入り、煙羅国の方向へ歩き出す。
茶々が先頭を歩き、その後ろを、カンテラを持つ四蛇が行き、しんがりを又旅が務めた。
静かな旅だった。この環境を一度経験し、覚悟してきたこともあり、前にイクチの巣穴を旅した時よりは、苦痛を感じずに進むことができた。
しかし、カンテラの蝋燭は蓑火に比べて暗く、だんだん気分が落ち込んできた。暗闇は、四蛇の心を蝕む。
又旅は、小さな笛を持ってきた。ザムザで購入したものだ。余計な荷物になるにも関わらず、持ってきたらしい。
白みがかった軽くて丸っこい陶器に、複数の小さな穴が開いている。出っ張っている吹き口から息を吹き込むと、ホーと間抜けな音がする。誰かに気取られることを懸念して、音を出すべきではないのだろうが、休憩のときに又旅の笛を聴くのが、四蛇の心の慰めになった。
又旅は初め下手くそで、うまく音が繋がらなかったが、数日経つと、四蛇の知らない曲をゆっくり吹けるようになった。
又旅の笛の音を聞きながら、四蛇は寝返りを打ち、カンテラに背を向けた。巣穴に入ってからというもの、あまりよく眠れていない。できれば、又旅が笛を吹いている間に、眠ってしまいたかった。しかし、眠気はなかなか来ない。
「俺って、冷たいかな」
そう呟いてからすぐに、又旅に聞こえていないことを願った。
又旅は「んー?」とだけ言い、また吹き始めた。
四蛇はためらったが、言いかけたまま黙るのも変だ。言葉を続けた。
「六鹿ほど、五馬のために真剣になれないんだ」
又旅は笛を下ろした。
「五馬が六鹿の立場だったら、同じように、必死で探すと思う。俺だけ、違うんだ。この旅のことも、真面目に捉えてなくて、楽しんでいたんだ。五馬はさ、俺と六鹿をかばってハカゼになったんだ。俺は、勝手な人間だから、助けられたことを大きなお世話だったって思うことがある。俺じゃなくて五馬が生きていたら……もしそうだったら……」
四蛇は言葉を止める。
「いや、……まあ、そこまでは思ってないけどさ」
「わしも、この旅を楽しいと思ってたがのお」
又旅がのんびり言った。
「……自分を犠牲にすることって、そんなに偉いのかな」
又旅は返答に困ったのか、小さな音で笛を吹き始めた。
四蛇は、『油隠のために命を使いたい』というナミクアの言葉を思い出した。偽善的で、恩着せがましくて、不快な言葉だと思うのは、この暗闇のせいだろうか。ナミクアの言葉について、又旅につっかかるわけにはいかないため、黙り込む。
又旅はまた、笛を下ろした。
「この旅で、いろんな価値観に出会っただろう。呪術の存続のために子を殺す種族、誰かが死ぬとすぐに忘れてお祝いする種族。みんな、それが常識なんだ。お前さんに言わせりゃ、人間の価値観こそまともだと思っているだろうが、わしらは一緒に野干を殺して食べたろう。もし憑き物が人間の皮を剥いで、ぶつ切りにして、干し肉にして携帯していたら、どう思う?人間だって、他の生き物から見たら、極悪に映ることもある。それくらい、立場によって正しいことや善いことが変わるんだ。さっきお前さんが言ったような、小さな違いを気にして気に病むのは、わしに言わせりゃ、すごく繊細で優しくて、大げさなことだと思うがの」
又旅の話は、四蛇の知りたかった答えでも、かけてほしかった言葉でもなかった。
しかし、思わず耳を傾けてしまった。
「お前さんが欲しい言葉は簡単にくれてやることができるし、お前が絶対に聞きたくない言葉も簡単にくれてやることができる。だから、それで一喜一憂することを、徒労だとは思わんか。そんなことより、自分がどうしたいかを考えないと、本当に欲しい物は手に入らない」
先ほどは、暗闇で増長された弱気のせいで慰めを求めてしまったが、思いがけず、それよりも重要な答えを貰った気がした。
今度は眠れそうな気がする。
又旅は、四蛇の寝息が聞こえるまで小さな音で笛を吹いた。
巣穴に入ってから一週間ほどが経ち、陽の光が恋しくてたまらなくなった頃、茶々が横へ逸れる道を見つけた。手を広げたら両側に届くくらいの幅だ。
その横道を少し進んでみると、天井には明かりの消えたままの電球がぶらさがっており、足元は踏み固められていることが分かった。ここがおそらく、蒼羽隊本部の地下へ続く道なのだろう。
注意深く突き当りまで進むと、扉があった。視線を交わし、息を殺してドアノブを回したが、扉は開かない。鍵がかかっているようだ。
又旅が鞄から文様の描かれた布を取り出し、鍵の部分にかぶせる。何かを囁くと、鍵が外れたのか、扉は向こう側に開いた。
又旅は中を確認してからそっと扉を閉じると、四蛇に合図を送り、一度扉を離れた。元の巣穴のところまで戻ると、四蛇が囁いた。
「どうやって鍵を開けたんだ?」
「呪術の鍵がかかっていたんだが、あの程度であればわしでも外せる」
又旅が、巣穴の端に荷物を下ろしながら言った。
「わし一人で言ってもいいか」
「やだね」
「いったん、茶々の身体を借りて、わし一人で行った方がいい。何かあった時に逃げやすいし、こっちが人間だと分からなければ、もし誰かに見つかっても、相手が油断するだろう」
四蛇が渋っている間に、又旅は茶々に跨って、ムネンコの術の準備を始める。
「カンテラと荷物を持って、ここで待っていてくれ。頼むよ」




