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又旅は、蕪呪族の村でのことを、何度も思い返していた。
今になって、庵或留の屋敷の裏にあった動物の骨のことが、妙に気になってきたのだ。
蕪呪族の村にいた頃、どんこにその骨を見せたところ、彼女はワロドンの骨かもしれないと言っていた。
引っかかるところがあったので、あの時、時間をかけて二人で骨を並べてみたのだ。非常に難しい作業だったが、どうやらそれは本当にワロドンの骨で、そののど骨だけがないように思えた。ワロドンの肉は不味いことで有名だ。食用で殺したというのは考えにくい。のど骨が目的だったと考えるのが妥当だった。
ワロドンののど骨には、不思議な力がある。どんこが言うには、生き物の命が尽きる時、魂と身体をつなぐ管が、プツンと切れ、魂は飛んで行ってしまうらしい。しかし、ワロドンの魂は、のど骨と強く結びついており、飛んでいかないそうだ。それで、たとえ身体がばらばらになったとしても、何度でも蘇るのだという。
その話をした後、どんこは思い出したようにハカゼの話もした。ハカゼの患者の魂の管は、身体に絡みついた状態になっている。病状が悪化しても、プツンと切れることがないまま、身体に引っかかっていれば、治療の余地があるということらしい。そのため、既にこと切れているように見えても、絡まった管を解いてやれば助かる時もあるらしい。
ワロドンののど骨を集めていたのは、おそらく庵或留だろう。いったい何のために?
「例えば……」
又旅は言葉に出して、頭の中を整理する。
マイに借りたパイプ煙草に火をつけ、ゆっくり吸い込む。
例えば、ワロドンののど骨と、庵或留の力があったら、何ができるだろう。
又旅は、すぐに憑き物のことを思いついた。魂の切れていないままのワロドンののど骨と、庵或留が作った憑き物の身体があれば、庵或留の胎児の術で、命の宿った傀儡を作れるかもしれない。そうであれば、憑き物に魂があった説明がつく。
いや、違うな。又旅はすぐに矛盾に気づいた。
ワロドンの身体の方が元に戻ろうとするから、それは難しいだろう。ワロドンの肉を食べれば復活はしなくなるはずだが、その場合はワロドンの魂がプツンと飛んでいくだろう。
それに、前に見た憑き物には、野干の魂がくっ付いていたのだった。ワロドンが死んだあとの、魂の紐づかないのど骨と、他の生き物の魂を使ったということか?
又旅は煙草の葉を整え、表面に火をつけ直すと、パイプをぷかぷかと吹かす。
しかし、生き物の魂を奪って、のど骨に付け替えるなんてことが、できるんだろうか。そんな凶悪な呪術があるのならば、何らかの形で耳に入ってもおかしくない気がした。
「あ」
口から丸い煙が出る。
そうか、そのためのハカゼなのか。以前、憑き物が、ハカゼの生き物を丸呑みしていたのを思い出す。
まず、庵或留はノウマの協力の元、生き物をハカゼにする。
そして油隠中から、ハカゼの生き物を集めてくる。憑き物が運んでくる場合もあるだろうが、人間であれば、ハカゼの治療のため自ら庵霊院に足を運ぶだろう。そして、ハカゼによって身体に絡まった魂であれば、飛んでいかずに留まっているため捕まえることができる。
それをワロドンののど骨と、容器である憑き物の身体にくっつけてやれば……。
空想にすぎない考えだとは思うが、妙に辻褄が合うようだ。万が一、この考えが正しいのだとすると、憑き物の中にある芯石と呼ばれる石は、ワロドンののど骨なのだろう。
そうだ、それに、憑き物を破壊しても再生するという話にも、辻褄が合う。ワロドンののど骨の性質で、魂が飛んでいかないのだ。
「じゃあ……」
又旅はそこで、口からパイプの吸い口を離した。
五馬は……。
いつの間にか、煙草の火が消えているのに気づいた。煙草の草を捨て、机のところから小さなブラシを取ってきて、丁寧に掃除をする。
五馬が憑き物になったとは、限らない。わしらは、地下で、蒼羽隊と思われる子供が運ばれるのを見たのだ。きっと、人間以外の生き物は憑き物にされ、人間であれば蒼羽隊にされるのだ。
何もかもが妄想の範疇ではあるが、又旅はそう信じることにした。
五馬は今頃、憑き物を倒す仕事のため、油隠中を駆けまわっているに違いない。
憑き物の作り方の可能性について、十分に考え、整頓したあとに、又旅は四蛇にも話してみた。
彼は途中まで拳を握り、興奮を抑えられないように聞いていたが、急に目の前が真っ暗になったような表情をした。又旅と同じように、五馬のことに思い至ったらしい。
彼ははっと顔を上げ「でも、イクチの巣穴で、蒼羽隊を見た」と言った。
「そうだな」
「いくつか使い道があるってことか」
「元の生き物によって、憑き物にするか蒼羽隊にするか、分けているのかもしれん。憑き物に人間の程度の知性は感じられないしのう」
そこで、顔付きという、ある程度知能がある憑き物がいることを思い出したが、気づかないふりをした。
「ちょっと待てよ、ワロドンだって無尽蔵にいるわけじゃない。憑き物や蒼羽隊が死んでいく中で、ワロドンののど骨は尽きるんじゃないか」
「そのことについて、わしも考えてみた。そうであってほしくないという仮定だが、のど骨は再利用されているのかもしれない。蒼羽隊が憑き物の芯石、つまりワロドンののど骨を集め、それがまた庵或留に渡っているのかもしれない」
「なんでそんなことを……?憑き物と蒼羽隊を作って、両者を戦わせて、また作って、何がしたいんだ?」
又旅は首を振った。
「そもそも、ここまでの話も全部、わしの想像の域を超えん。それに、あいつは変人なんだ。行動原理を考えるだけ無駄だ」
又旅が椅子に深く腰掛ける。
四蛇は彼女に、果実を酢に漬け込んだジュースを用意し、隣に腰かけた。
「庵或留の話をしてくれよ」
又旅はジュースを一口のみ、酸っぱそうに口をすぼめた。
「正直、わしのような若い人間では、あいつのことを語る言葉を持たん。何を考えているのか、さっぱりだった。
でも、そうだな、わしの尺度で表すことにはなってしまうが、まず、あいつには感情がまるでなかった。笑ったり、泣いたり、怒ったりするところを見たことがない。七人呪師を絶やさないことや、自分の創った像には執着を見せることがあったが、むきになるような感じではなくて、自分の意見が通って当然のような、当たり前の業務としてやっているような、そんな感じだったな。
千年も生きているから、多少のことじゃ動じないのかもしれない。あいつにしたら、わしだって赤ん坊のようなものだ。
わしの頭で想像できる範囲で、一番それっぽい考えを述べるなら、憑き物という化け物や蒼羽隊という正義の軍団を使って油隠を混乱させるのは、千年生きた者からすれば、恰好の暇つぶしなのかもしれん」
四蛇は言葉もない様子で、冷めた笑いをした。
「信じられない話だ……。まあ、とにかく、掴みづらい奴なんだな。金とか、征服とか、復讐なんかが目的ならまだ想像できるんだが」
「そうだな。庵或留は悪人ではない、という言い方は少し違うかもしれないが、少なくともあいつ本人が悪意だと自覚しながら、それを元に行動することはないように思う。庵或留の友人の魚冥不の方がよっぽど悪人だった。極悪と言っても良い。永遠に継承し、生き続けるつもりだったようで、自分は死ぬことがないから、悪事という悪事を全部成し遂げるつもりだと言っていたよ」
「魚冥不は死んだんだっけ」
「ああ、私の娘のナミクアに継承されたあと、死んだはずだ。それで、わしが代わりにナミクアに継承されたんだからな」
四蛇が、何かを掴みそうな心地になり、はっと又旅の方を振り返った。そのはずみで、手に持ったジュースから雫が垂れ、又旅の膝を濡らす。
「つめてっ」
四蛇は、又旅の小さな悲鳴を聞いて、前にも六鹿と同じようなことがあったな、と思い出す。
その拍子に、さっき掴みかけていたことが頭から抜け落ちてしまった。
「とにかく、わしのこの推測が、万が一現実だとしたら、とんでもないことだ」
「それを知って、じっとしてはいられないな」
「ああ、もっと情報が必要だ」
「行くか。イクチの巣穴に」




