7-5
別れの日は、すぐに来た。
四蛇には、なんだか信じられなかった。
ずっと、姉と二人で生きていくつもりだった。五馬との別れを経験したというのに、六鹿とも離れ離れになることなんて、考えてもみなかった。
自分は要領の良い人間だから、一通りの悲しい出来事には耐えられる心を持っていると思っていた。しかし、自分の生活から姉を失うという事実は、ひどく四蛇を動揺させた。
今からエノキを説得して、自分もついて行くと言えばいいのだと、頭の片隅では分かっていた。しかし、覚悟を決める時間が足りない。いくらでも、言い訳は頭に浮かんだ。
潜入してしまったら、そのまま、九頭竜国へ帰って来られないのではないか。
六鹿の言った通り、自分は離れた場所で自由に動ける状態の方がいいのではないか。
四蛇は、このまま旅を続けて、どこかで五馬と再会して、九頭竜国へ帰り、また元の生活に戻るものだと思っていたのだ。
四蛇は、茶々に憑いた又旅の隣で、六鹿を見送る側に立っていた。
ザムザの街の外れだ。
向こうに、蒼羽隊の乗り物が見える。あれに乗って、エノキと六鹿は煙羅国まで行くのだそうだ。
エノキの横で大きく手を振る六鹿に、四蛇は右手を上げた。その手は、とても重たかった。
家に帰り、居間の長椅子に身を投げ出すと、茶々がお腹の上に乗ってきた。少し驚いたが、既に術は解けているようで、又旅ではなく茶々本人だった。
机の上に置いてあるアヌ人形を手に取り、眺める。庵或留の屋敷から、四蛇が盗んできたものだ。アヌ人形の腹には、『文 六鹿』の文字がある。人形を握ったまましばらく放心していると、又旅が帰ってきた。
「そんなに寂しいなら一緒に行けばよかったものを」
又旅はそう言って明るく笑った。
その夜、二人で静かな夕飯を取っていると、四蛇が「俺、どうしよう」と呟いた。
「んー?」
「どうにかして煙羅国のどこかの街へ行って、そこで働きながら、五馬探しをしようかな。煙羅国なら六鹿に会えるかもしれないし」
又旅は目を細めて、優しく言った。
「ばか、それなら六鹿と一緒に、行けばよかっただろうが」
食事が終わると、六鹿との浮文紙に、無事に煙羅国へ到着したという知らせが入った。
そしてその二日後、翠羽隊への入隊が許されたとの知らせがあった。都合よく、エノキが六鹿たちの名前を憶えていないこともあり、念のため偽名を使っているはずだ。疑いをかけられはしなかったようで、四蛇はひとまず安心した。
六鹿からは、毎晩、その日の出来事を記した知らせが届いた。
翠羽隊の友達の話とか、食堂の何が美味しいとか、そんなことが書かれていた。四蛇はそのたび、六鹿の新しい生活が楽しそうに見えて、寂しさが形を変え、苛立ちになるので困った。
蒼羽隊と接触した日もあったようだが、五馬は見つからないらしい。蒼羽隊は、油隠の各所に散らばって常駐しているため、もしかしたら本部にいない可能性もあるとのことだった。
四蛇たちとの浮文紙が見つかる危険性を考慮し、又旅の提案で、隠すか、使った後に燃やすかするよう言った。六鹿は用心するようになったのか、もしくは報告することがなくなったのか、徐々に連絡の頻度は減っていった。
ある日、又旅と四蛇は、マツの家に呼ばれた。部屋の隅に、小さな檻が置いてある。その中には、いったいどうやって捕まえたのか、小型の憑き物が入っていた。
「飼ってみようかと思いまして」
又旅は口をあんぐり開け、四蛇は片頬を上げた。
「危なすぎる。殺されますよ」
「ええ、ええ、気を付けます」
マツとマイはにこにこしている。又旅は呆れてものが言えない様子だ。
四蛇がしゃがみ、その檻に顔を近づけると、憑き物は勢いよく突撃してきた、檻が大きな音を立てて揺れる。憑き物は狂ったように檻の中をぐるぐる回った。
「呪師ってのは変人だよな」
帰り道、四蛇が呆れたように呟いた。
六鹿が去った後も、マツが憑き物を飼い始めたこと以外は、特に変わらない日々が続いた。
又旅たちは、脱走した憑き物に殺されるようなことがないように、家の鍵をかけて眠ることだけは忘れないようになった。




