7-2
巣穴の中から外を見た時は、眩しいほどに感じたが、外へ出てみると、そこは深い霧に包まれていた。
涼しい空気が心地良い。深く息を吸い込み、空気の匂いを楽しむ。青々とした森だ。足元は鮮やかな緑色の苔が覆っている。
一行は、妙丸の里の近くにある、瓜呪族の村へ行く予定だった。瓜呪族の村に用事があるわけではないが、とりあえず滞在を許されそうな場所として、目指していたのだ。
煙羅国へ行く方法はこれから探す予定だったが、先ほど見つけた、もう一本のイクチの巣穴から煙羅国まで行けるのであれば、それほど長い滞在にはならないかもしれない。
今はとりあえず、陽の光の元で休息を取りたかった。
「念のため、蓑火は消さないように気をつけよう」
又旅がそう言ったのは、先ほどの通路へ戻る可能性を考えてのことだろう。
瓜呪族の村の方向へ歩き出すとすぐに、霧の中からぼうっと人が現れた。
「ようこそ」
現れたのは、背中の曲がった老人だ。見事な髭と眉毛で、顔がほとんど見えない。
「マツさん」
「ええ、どんこから話は聞いておりますよ。こちらへどうぞ」
マツはどんこの友人で、あらかじめ連絡をして匿ってもらう約束をしていた。
マツについて歩いてゆくと、霧の中から家が現れた。木製の家だ。その前を通り過ぎると、今度は逆側に家が現れた。いつの間にか村の中へ入っていたようだ。足元には石の道が敷かれており、家の数が増えてきた。
「ここがわしの家です」
扉の前には、マツとよく似た老人が待っていた。マツは一行に、妻のマイだと紹介した。
いったんそこを通り過ぎ、またしばらく歩くと、マツはひとつの家の前で止まった。
「この家を使ってください」
二階建てで三角の屋根の、立派な木の家だ。
中に入ってみると、家具が揃っており、誰かが長年暮らしていたような生活感がある。
「こんなに立派なおうちを借りて、いいんですか?」
「ええ、このうちの住人は当分帰ってこないじゃろうから、好きに使ってください」
マツは、荷物を置いたら自分の家に来るよう言い残して、出て行った。
「おい六鹿、風呂がある!」
六鹿が歓声を上げながら四蛇のところへ行くと、九頭竜国の家についていたものよりも立派な浴室があった。驚くべきことに、この村には水道が通っているようだ。
二階にはふかふかのベッドもあったが、汚すと悪いので触れないでおいた。元の住人は二人暮らしだったようで、二つの寝室にそれぞれ一つずつのベッドがあった。テントで眠っていた六鹿たちにとっては、居間の長椅子やじゅうたんの上でさえも、快適な寝床なので、数が足りないのは問題ではなかった。
一行は、玄関のなるべく汚いところへ泥だらけの荷物をまとめて、比較的清潔な服に着替えると、マツの家へ行った。
マツとマイは暖かい食事でもてなしてくれた。初対面の人の親切に、六鹿は感動し、思わずこみ上げるものがあった。茶々にも、暖かいミルクと焼いた魚が振舞われた。
「ここは発展してるんですね」
又旅が尋ねる。
「ああ、近くにザムザがありますからね、その街の人と、同じような暮らしができているんです。この村の若いもんの中には、ザムザで働いているもんもいる。わしもたまに買い物に行きます」
たしかに、マツの家や、自分たちが借りた家には、自給自足の生活では手に入らないであろう、文明的な品物が多くあった。食器一つにしてもそうだ。蕪呪族の村とは随分様子が違うのだなと思った。
「ところで、わしらに貸してくれるあの家の主は、どういう人なんですか?」
マツはその質問を待っていたかのように、にっこり笑った。
「ええ、ええ。あなたたちも、もしかしたら知っているかもしれません。煙羅国の、エノキという男を知っていますか?」
「知ってる!」
身を乗り出してそう答えたのは、六鹿と四蛇だ。
「ええ、あのエノキです。彼があの家に住んでいたんですよ。今ではすっかり煙羅国の有名人になってしまって。もう滅多に帰ってはきませんがね」
「エノキさんに、助けてもらったことがあるんです」
六鹿と四蛇は、マツにその時のことを話して聞かせた。
そういえば、マツは自分たちのことを、どんこからどのように聞いているのだろう、と又旅は思った。食事が終わった後にそのことをマツに尋ねると、「身内の方を探して、煙羅国を目指した旅をしていると聞いてますよ」と言っていた。どんこが変な伝え方をしていないようで、又旅は安心した。
どんこから聞いた話によると、マツとマイは無欲で無関心で世話好きな老人なのだそうだ。
彼らだけではなく、蕪呪族や瓜呪族の人間はみな、世間のことに関心がない。又旅たちのことを、いい意味で放っておいてくれるだろうから、良い協力者になるだろうとのことだった。
「そうだ、マツさん、乞除という呪師を知りませんか」
「ああ、知っていますよ」
「わしの古い友人で、会えたらうれしいと思っているんですが」
「随分見かけてないからなあ、おい」
マツがマイに、乞除を知っているか尋ねた。
「そもそも生きているのかどうか……」
マイが首をかしげる。
「もし会いたいんなら、妙丸の里の方へ行かなきゃいけませんよ」
三人はマツとマイにお礼を言い、借りることになったエノキの家へ戻った。六鹿と四蛇は、美味しい食事と、面白い偶然に、上機嫌になっている。又旅はそれがほほえましくて、家族で暮らしていた頃の幸福をふと思い出した。
三人は居間で眠気と戦いながら、順番に風呂に入った。茶々は又旅と一緒に入り、よく洗ってもらい、まっ白な山彦に戻った。
眠りに落ちる前、六鹿はふと、この家でエノキと一緒に暮らしていたのは誰なんだろうと思った。
翌朝、六鹿は蓑火が消えていることに気づいたが、ザムザも近くにあることだし、代わりになる道具は手に入るだろうと判断した。
三人はマツとマイの手伝いや、村の人の手伝いをしながら、情報を集めた。ここから煙羅国までは憑き物がうろうろしているため、直接向かうことはできない。イクチの巣穴から、蒼羽隊の本部へ乗り込むことはできるかもしれないが、無計画に向かっていいものかと迷い、決心がつかないままだった。
何より、イクチの巣穴に戻ることを考えると、気分が沈むので、あまり考えたくなかったのだ。巣穴を行って、蒼羽隊本部に着いたとしても、そこから外へ出られるのかどうかも分からない。もし別の手段があるのであれば、いったん探してみたいというのが、三人の総意だった。




