6-7
翌日、元々シャグに常駐していた蒼羽隊が帰ってきた。
桂班は朝の内に、忍冬班と一緒に、マルバの宮へ戻ることになった。白駒などは動かせないらしく、丸二日ほど歩いて帰る予定だった。
聞いた話によると、名法師らは定期的に本部を開けるらしい。その期間は長い時だと一週間以上なのだそうだ。
今回は、ちょうどその期間と重なっているそうだ。羅愚来たちの不機嫌に付き合わされるのかと思うと、少し気が重かった。
一行は、荷物を平等に分担して背負った。
空はからっと晴れている。道中は乾いた平地のため、木陰などは少なく、きっとのどが渇くだろう。
日が高くなるまでに、二回、憑き物の群れと出くわしたが、火湯と羅愚来の強さには目を見張るものがあった。
忍冬班は二人だけであるにもかかわらず、桂班の五人と比べて、倍の早さで憑き物を破壊した。鮮やかな分担と息ぴったりの立ち回りに、句朗は心から感心した。彼らが元帥に選ばれたのも、頷ける。
「ノウマを殺した方が早いのにと思わない?」
昼食の後、傘音が火湯の隣を歩きながら、尋ねた。
句朗と入は、二人のすぐ後ろを歩いていたが、火湯がどういう風に考えているのか気になったので、黙って話を聞いていた。
「俺は、規則に従うだけだ」
火湯は、言葉を発する体力がもったいないとでも言うように、そっけなく言った。
傘音はめげずに、説明をする。
「蒼羽隊の本分は、憑き物やノウマから市民の安全を守ることでしょ。任務の過程で、死んでいった仲間は多くいる。それなら、多少の犠牲があっても、なるべく早くノウマを殺すべきじゃないかしら」
「お前はそう思うのか」
そう問い返され、傘音は何と言うべきか迷っているようだった。名法師たちの意向と違う考えを持つのは、蒼羽隊に籍を置く以上、危険かもしれない。
「そういう考え方も、一度検討する意味があると思っただけ。もちろん、規則は分かっているわよ」
火湯は、それきり何も言わなかった。
「羅愚来が見えないよ」
入が警告する。
羅愚来は、気に障ることがあったのか、一人で突き進み、声が届かないほど遠くを歩いている。
反対に後ろを振り返ると、一番後ろを鼓童がのんびり歩いている。
入は火湯に伝えたつもりだったが、火湯は何も言わない。
誰も呼び戻したり追いかけたりする素振りがないので、句朗は「僕、追いかけてくる」と言った。
羅愚来のところまで走り、やっと追いつくと、隣に並んで歩く。羅愚来はちらりともこちらを見ないが、歩調を緩めたのが分かった。おっかない顔をしていたので、なんと声をかけるべきか分からず、何も言わないまま、隣を歩いた。
小一時間経ってから、羅愚来は「すまない」と一言だけこぼした。句朗は無言で首を横に振った。
暗くなる頃、予定していた場所についた。巨大な一枚岩の下だ。岩の上に順に見張りを立て、テントで眠った。
翌朝は曇り空だったが、雨は降りそうになかった。昨日よりも快適に旅を進めることができそうだ。歩き続けて陽の光が強くなる頃には、遠くに街の影が見えた。
ただし、見えたのは街だけではない。憑き物の群れが、遠くにいる。それも大型のものが数体混じっているようだ。
憑き物がこちらに気づいているのかは分からないが、このまま街へまっすぐ向かうと、ちょうどぶつかりそうだった。
小さな林や丘が遮って何度か見失いかけたが、進むにつれて、確実に近づいてきているのが分かる。暗闇の中で戦うのは望ましくないが、もし既に気づかれているのであれば、マルバの宮から遠い場所で早めに戦ってしまった方が良いだろう。火湯はそう判断した。
久しぶりに、骨の折れる仕事になりそうだ。一行は全ての憑き物を討伐するつもりで、戦いの場所を選んだ。
足の長い草の生えている平原へ向かい、ある大きな木を目印にして、そこに荷物をまとめる。できるだけ身軽になると、敵に適した武器を選んで身に着けた。
まず、羅愚来が一人で憑き物の近くへ向かい、おびき寄せた。憑き物は羅愚来を追ってこちらへやってくる。
戦いが始まる。
大型の憑き物が五体、小型の憑き物が多くいるようだ。
事前の火湯からの指示で、句朗はまず、小さな憑き物をなるべく早く破壊するよう努めた。その間、大きな憑き物の注意を、忍冬班の二人ができる限り引き付けてくれているはずだ。
大きな憑き物の動きに注意を払いながら、素早く移動する。句朗は腰をかがめて草に隠れながら、次々と憑き物に木槌を叩きつける。
「入!」
傘音の叫び声が聞こえた。
入が何に気をとられたのか憑き物を見つめており、その隙をついて、憑き物が殴りかかってきたのだ。
傘音がそれをかばい、負傷する。句朗が小さな憑き物にとどめを刺しながらそちらを見ると、傘音が倒れているのが見えた。
入は自分を叱るように悪態をつくと、傘音を守るように憑き物を蹴散らす。
史紋が二人をかばうように、新しく近づいてきた大きな憑き物との間に入る。
鼓童が素早く傘音を抱え、大きな憑き物から遠ざける。
「火湯、いったん引こう!」
「引くな」
史紋の提案を火湯は却下した。ここで退却しても、逃げ切れるか分からない。それに国へ連れ帰ったら、もっと被害者が出るかもしれない。たとえさらに怪我人や死人が出ても、ここで倒し切るという選択が最善なのだった。
「鼓童、戻れ」
鼓童は傘音を抱え、荷物の場所まで戻ろうとしていた。こんな場所に寝かしておいては、踏み潰されてしまう。しかし、火湯はそれさえも許さなかった。荷物を置いておいた場所は、ここからあまりに遠すぎる。
鼓童は、火湯の命令を無視して、少し離れた場所まで傘音を運んだ。なるべく草の背が高いところに寝かすと、戦場へ戻る。
短い間でも二人の人間が欠けたのは、戦況を悪化させた。
火湯と羅愚来が大きな憑き物を二体破壊したが、その頃には初めに数を減らした小さな憑き物の数が、元に戻っていた。新しく加わったものだけではなく、再構築が始まった個体もいるかもしれない。
なんとか全ての大きな憑き物を破壊し、甘依りの術をかけ終わった頃には、長い時間が経過していた。
辺りはもう薄暗い。一行は疲れ果て、肩で息をしている。
しかし、火湯と羅愚来は気を抜いていなかった。てきぱきと役割分担を行い、次の仕事に移る。
火湯は鼓童に、傘音を連れてくるよう指示したが、鼓童が足を引きずっているのを見て、自分を傘音の場所に案内させた。
傘音を抱えた火湯はすぐにマルバの宮へ発とうとしたが、鼓童の傷の具合を見た史紋が、火湯を引き留めた。平気なふりをしているが、鼓童の怪我の具合は深刻のようだ。
怪我人の治療を最優先することにして、火湯は鼓童を、史紋は傘音を抱えると、足早にマルバの宮へと向かった。
残された羅愚来、句朗、入は、小さな憑き物を片付けながら、破壊された憑き物に、素早く甘依の術をかけていった。
憑き物の破壊が全て終わると、残りの作業を入に任せて、羅愚来と句朗は荷物の場所へ急いだ。全員分の荷物を持ち、すぐに火湯たちを追う予定だった。
暗さで方向が分からなくなりかけたが、羅愚来は正確に覚えているらしく、彼について行くと、やがて荷物の場所に戻って来られた。
手あたり次第、荷物を肩にかけていると、ふと視界が暗くなった気がした。
何者かが、傍で、こちらを見下ろしている。羅愚来かとも思ったが、それにしては影が大きい。
顔を上げるまでの時間は、ひどくゆっくりに感じた。
木の後ろから、ぬっと、憑き物が顔を覗かせている。
「顔付きだ」
羅愚来が呟く。
自分の喉が、恐怖で引きつり、ひゅーっと息を吸い込むのを聞いた。




