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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第六章 句朗
55/124

6-1

 宮殿に来たのは、久しぶりだ。


 羅愚来は、そっと視線を上げて、石造りの雅やかな柱や天井に描かれた鮮やかな絵を見た。興味を引かれたが、きょろきょろ見回すようなことはしない。高貴な場所に来ると、自然と気が引き締まる。


 羅愚来は今、ヨアのすぐ後ろを歩いている。

 隣には火湯がいる。三人を先導するのはエノキだ。


 宮殿は非常に広いため、自分たちがどのへんにいるのか、分からなくなりそうだ。自分たちがヨアに付き添う意味が、果たしてあるのか分からなかったが、仕事なので仕方がない。元帥になってからというもの、余計な仕事が増えた気がする。


 エノキが会議室の扉を開けると、羅愚来と火湯は中に入らず、顔色の良くないヨアが、一人で入っていった。中には大臣らがいるはずだ。もしかしたら皇帝や皇子もいるかもしれない。


 エノキは次の客人を迎えに行くため、すぐにどこかへ行った。

 羅愚来と火湯は、行儀よく壁沿いに並び、気を付けの姿勢で待機した。とくに会話をすることもないので、ただ時間が過ぎるのを待つ。


 火湯は、いつにも増してむすっとしている。

 大方、蒼羽隊の本分ではない仕事をさせられるのが不満なのだろう。この男は、異常なほど蒼羽隊の仕事が好きなのだ。何かを破壊することに幸せを感じる変態なのかと思ったこともあるが、そういうわけでもないらしい。むしろ、蒼羽隊の仕事が正義だから、好きなのだろうと思う。冗談のひとつも言えない石頭らしい考えだ。


 視線を落とし、横目で火湯の大きな靴を見る。無骨で味も素っ気もない靴。羅愚来は無償に、その足を踏んづけてやりたいと思った。気に入らない。絶対に負けたくない。そしてまた唐突に、自分の大人げなさに、吐き気を感じる。羅愚来は、精神を統一することを意識し、無表情を作った。


 次の客はすぐにやってきた。九頭竜国の執政官と、そのお付きの人間が二人。執政官が会議室の中に入り、お付きの二人は、羅愚来たちと向かい合う形で廊下に立った。

 一人は人間だが、もう一人は手の目だった。人間の方は見覚えがある。たしか九頭竜国の久遠組の人物のはずだ。四人は目礼を交わすと、黙り込んだ。


 手の目の男は、人間であれば目がある部分に、布を巻いていた。顔だけ見ると、目隠しをしているように見える。両手を脇にだらりと垂らし、手のひらを正面に向けている。手のひらには、穏やかで冷静な瞳が一つずつついていた。


 ふと、手の目には上下が逆さに見えているのだろうかと、気になった。もう一人の男は、火湯ほどではないが屈強で背が高く、眉間にしわを寄せている。


 羅愚来は、がたいの良い男が嫌いだった。かと言って、弱弱しい男も好きではない。うるさい女も嫌いだ。そう考えると、静かな女も嫌いだ。結局何もかもが、気に食わないのだ。


 羅愚来は、自分の中に、制御できない苛立ちを飼っている。これを消せたらどんなに楽になるだろうか。自分のことを、いつ爆発してもおかしくない爆弾のようだと思うことがあった。羅愚来は再び固く瞳を閉じ、精神を統一する。


 最後の客人がやってきたらしい。しかし、目に見えたのは、エノキだけだった。彼の後ろの方の床に目をやると、シミのような足跡が、三人分、ぺたりぺたりと現れた。一人分の足跡はエノキのあとに続いて、そのまま会議室へ入っていく。後ろの二人分の足跡は会議室に入らず、羅愚来の隣に並んだ。


 足跡の主は、妙丸の里のカシャンボだ。こんなところまで出張ってくるのは珍しい。皇帝がいるのであれば、姿を現さないのは失礼ではないかと思ったが、きっとあの皇帝は容認するのだろう。羅愚来も、皇帝を熱心に尊んでいるわけではないため、どうでもよかった。


 向かいに立つ手の目と、目が合う。羅愚来は相手にするまいと目を伏せたが、いつまで経っても見てくるので、また眉間にしわを寄せる。


「元春」


 手の目の隣の男が、たしなめる口調で名前を呼んだ。手の目の名前が元春というらしい。手の目は視線を下ろした。


「すみませんね」と謝る人間の男は、火湯の方を見ている。火湯の方が、立場が上だと判断されたのだろうか。

 羅愚来は苛立ち、二度と火湯の顔を見たくないという気持ちになった。


 会議室の中の様子は分からなかった。最近はだいだらぼっちの転倒があったり、憑き物とノウマの被害の問題が山積みだったりで、話すことは多いのだろう。


 きっとまた、ヨアは、名法師が来ない愚痴を言われているに違いない。名法師は、こういう政治に関わる集まりをはじめとして、人前へ出るのを極端に嫌う。それがまかり通っているのも不思議な話だが、それほどまでに名法師と蒼羽隊の存在が、油隠にとって大きいということだろう。


 そういえば、羅愚来はまだ名法師を目にしたことがなかった。自分は、蒼羽隊の中でも特に白紙に返りやすいらしい。屈辱的だが、自分ではどうしようもない。だから過去に名法師に会ったことはあるだろうが、記憶に残る形では見たことがないのだ。


 名法師だけではなく、リアとヨアも滅多に表には出てこない。また、三人は長期間に渡り仕事を休むことがよくあった。どういう事情なのか全く興味が湧かないが、急な襲撃の対応が難しいことがあった。そういうときのために、隊長や自分たち元帥がいるのだから、文句を言うわけにはいかない。


 いつのまにか、隣のカシャンボが姿を現していた。鮮やかな青い髪が視界の端に写る。じろじろ見るのも下品かと思い、やめておいたが、九頭竜国の二人は興味深そうにそちらを眺めていた。


 政治には興味はないが、わが国の皇子の、常識に囚われない政治は、興味深いと思っていた。蒼羽隊を受け入れたのも、エノキを招いて浮文紙を作らせたのも、皇子の方の提案らしい。

 ただ、皇子には慢心が見えるような気がする。なんとなく、保守的な今の皇帝の方が好きだった。火湯がどう考えるか気になったが、聞く機会はなさそうだった。


 会談が終わり、カシャンボたちはすぐに帰ったが、残りの人間はそのあとの食事会に参加した。何事もなく食事会が終わり、羅愚来と火湯は、ヨアを屋敷まで送った。火湯とは一言も口を利くことがなかった。

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