5-13
又旅は、魂に夢中になった。どんこにムネンコの術をかけ、その目を通して魂を見たのだ。どんこの重たい瞼を見開いて、又旅はみなの頭上をしげしげと眺める。
六鹿と四蛇は、なんだかすべてを見透かされているような気持ちになり、そわそわした。又旅は「ほお」だの「はあ」だのため息をつきながら、魂を熱心に見つめる。
「どんこの言う通りだ。頭の上に、でっかい魂がぷかりと浮かんどる。こりゃ街なんかに行ったら大変だな」
確かに、ひとりひとりの頭上に大きなものが浮かんでいたら、九頭竜国の都なんかでは、空が見えなくなるだろう。
又旅は、気を失っている自分の身体の前に腰かけ、随分長い時間そうしていた。自分の魂であっても面白いらしく、何時間でも見ていられるそうだ。
翌日の昼間に、憑き物が村に現れた。細手がその存在を教えてくれたため、予め、又旅の家の二階に避難することができた。身を寄せて静かにしていると、どんこが又旅に、自分にムネンコの術をかけ、憑き物を見るようにと指示をした。その意図が分からないまま、又旅は彼女にムネンコの術をかけ、窓の傍で憑き物が現れるのを待った。
憑き物が遠くの方に見えると、又旅が「どういうことだ」と、一度呟いた。
憑き物は近くまで来たが、家の中に人がいるとは気づかなかったようで、そのままどこかへ立ち去った。小さな四足歩行の獣型の憑き物で、頭があるはずの部分は大きく突き出しており、顔はなかった。土でできているのか、表面がところどころ崩れていた。
憑き物が去ったあと、又旅はみなに告げた。
「魂が見えた」
その不可解な事実に、六鹿と四蛇は眉を顰める。
「憑き物は、作り物の傀儡じゃなくて、生きているということ?」
六鹿は腕を組む。これまでの旅で、初めて見る生き物はたくさんいた。憑き物の材質が木や土に見えるため、人間の手で作られたものだと思い込んでいたが、そういう生き物がいてもおかしくないのかもしれない。ただ、そうなると、やはり庵或留が作って名曳が操っているという線はなさそうだ。
「いや、それが……」
又旅は否定も肯定もせず、次の言葉を告げた。
「野干の魂だったんだ」
言葉の意味を、すぐに理解することができなかった。野干と言えば、森にたくさんいる獣だ。ここ最近、六鹿たちも捕まえては干し肉にしていた。
「憑き物の魂が、野干のものだったんだ」
又旅はもう一度言った。六鹿は困惑する。又旅が術を解き、どんこの意識が戻った。どんこはみなの顔を見回し、どういう話になっているのかを悟った。
「私も、地上に出て初めて憑き物を見た時に驚いたさ。別の生き物の魂がくっついていたからね。そんな生き物は見たことも聞いたこともなかった。長く生きてきた私でも、恐ろしいと思った。不可解だからね。生き物が憑き物に変わってしまったのか、憑き物が魂を奪って存在しているのか、もしくは他の原因なのかは分からない。私が知っている限り、昔は、あの生き物は油隠に存在しなかった。あの生き物は、どこかおかしい」
それから、どんこは又旅に言った。
「私が口で説明するより、実際に見てもらった方がいいと思ってね」
憑き物の件は、六鹿たちを大いに驚かせたが、憑き物への恐れが強まっただけで、それ以上のことを解明することはできず、またそうする気もなかった。五馬のことと名曳のことで手一杯だったからだ。憑き物に別の生き物の魂が紐づいているという話は、少なくとも九頭竜国では公になっていない情報だった。誰かに伝えようにも、そもそも魂というものについて信じてもらえるかが疑問だ。
煙羅国へ行く方法について、みんなで知恵を絞った。ナラは憑き物を嗅ぎ分けることができ、どんこは憑き物の魂を遠くから見ることができる。もしナラとどんこが来てくれるのであれば、心強いと思ったのだが、二人とも一緒に来る気は全くないようだった。六鹿はがっかりしたが、又旅にも、二人についてきてもらうという選択肢は、端からないようだった。
最終的に、どんこの提案が採用された。それは、今は使われていないイクチの巣穴を通って行くというものだった。ちょうど、この近辺から妙丸の里あたりまで行く巣穴があるらしい。煙羅国には届かないが、近づくことはできる。
旅の準備のために、雨の日を迎える必要があった。早く出発したい気持ちもあったが、この先、ナラやどんこと会うことがないかもしれないと思うと、雨を待ちながら、蕪呪族の村での最後の暮らしを惜しんだ。
ただ、先日の四蛇との小さな言い争いが、六鹿の心をざらつかせていた。人とぶつかることがほとんどない六鹿にとって、あの出来事は大きな事件だった。四蛇に言われた言葉を一つ一つ何度も思い返してしまい、寝つきの悪い日が続いた。
四蛇と意見が食い違うことは、これまでほとんどなかった。五馬のことがあってからは特に、互いを思いやって、同じ方を向きながら過ごしていたと思う。それに、自分たちはよく似ていると思っていた。
五馬が死んだと思った時、もっと素直に悲しみを表現してもよかった。庵老師に泣きついたり、シャン坊が迷惑そうにしても、最期の瞬間まで、五馬に縋りついたりしてもよかった。しかしそうしなかったのは、あの時まで、その役割は五馬のものだったからだ。
六鹿と四蛇はいつも素直になれなかった。嫌われるのが怖くて感情を表に出せなかったのもあるし、かっこ悪いと思っていたのもある。しかし、二人とも、間違いなく五馬に憧れていた。だからあの時、二人は庵霊院で、途方に暮れてしまったのだ。どちらかが大声を上げて泣きだしてくれたら、少しは救われた気持ちになっただろう。
ふと、門前市で見かけた蒼羽隊の子らを思い出した。男の子はクロウという名で呼ばれていたっけ。あの子の家族も、あの子がハカゼで死んでしまったと思っており、悲しんでいるかもしれない。本当に、蒼羽隊の隊員が、治療されたハカゼ患者だとしたら、事実を暴くことでその悲しみから救えるかもしれない。六鹿の中に、小さな使命感が生まれた。




