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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第五章 六鹿と四蛇
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5-12

 ナラの挑戦的な言葉に一同は黙り込む。話があまりに突飛で信じられないが、一笑に付すことはできないと思った。


 又旅だけが、「名曳が、そんなことを許すとは思えない」と吐き捨てるように言った。


 その仮説が事実であるとしたら、あまりに大きな収穫だった。そして同時に話の大きさに、六鹿は尻込みした。少なくとも、次の目的地は明確になる。六鹿と四蛇は、すぐにでも煙羅国へ発つべきだと考えた。


 仮説について、庵老師に問いただすという方法もあったが、それは却下された。推測に過ぎないことを訴えても、庵或留はもちろん、その恩恵を受け商売している門前市の人間にも、相手にされないだろう。

 たとえ五馬の墓を暴いたことを告白して、遺体がなかったと主張しても、自分で隠したということにされるかもしれない。人殺しを厭わない強力な呪師である庵或留を敵に回したり、又旅や目有に関する情報が洩れたりするような危険性を考えると、別の方法を取るべきということになった。


 煙羅国へ行って、五馬本人か、もしくは彼に繋がる情報を探し出すという方向で話はまとまった。五馬のことだけではなく、名曳についても、煙羅国へ行けば事情が分かるかもしれないし、場合によっては名曳本人に会えるかもしれない。又旅はしばらく難しい顔をしていたが、やがて迷いが決心に変わった様子だった。問題は、そこへ行く方法だ。


「ノウマと憑き物について、何か知っていることは?」

 夕飯の席で、又旅がどんこに尋ねた。


「ノウマはおそらくフッタチだろう。少なくとも、魂が見えるんだと思う。私は、ハカゼを治すことができるが、ハカゼにすることもできる。魂が見えるのであれば、ハカゼにするのもたやすいんだ」


「ノウマを見たことは?」


「まだない。姿を見られれば何者なのか分かるんだがな。私は長い間隠居していたんだ。今回はナラに呼ばれたんで、アノアの顔を見に来たんだ」


 又旅がナラにお礼を言ったが、ナラはふんと鼻を鳴らした。


「隠居って、いったいどこにいたんです?」


 四蛇が尋ねた。油隠に安全な場所があるのであれば、聞いてみたい気持ちがあった。


「イクチの巣穴だ」


 イクチとは、海に住む、巨大な生き物だ。体長が非常に長く、出くわすと、通り過ぎるのに数日かかるらしい。実際に目にしたことはないが、油隠の地下に、イクチが冬を過ごすための巣穴があるのだと聞いたことがある。人間からしてみれば、それは巣穴というより巨大なトンネルのようなものだろう。おとぎ話の類かと思っていたが、どんこの話によれば、どうやら実在するみたいだ。


「イクチの巣穴の中には、何百年も使われてなかったり、はるか昔に崩落して、出入り口がなくなったりした穴がある。私は人間と違って食事や日光はそんなに要らないから、そこそこ快適に過ごせたよ。人間じゃ耐えられないと思うがね」


「なるほど……」


 四蛇はどこまでも続く真っ暗な洞穴を想像して、顔を曇らせた。


「だから、実は憑き物というのもほとんど見たことがない」


 又旅は、憑き物が油隠でどういう影響を及ぼしているのかと、庵或留との関連の可能性について説明した。


「顔付きと呼ばれる、多少の知能を持つ憑き物もいるそうです」


「ほう」


 憑き物の存在は、油隠に暮らす生き物にとっては脅威であり、非常に大きな関心事のはずだが、どんこの反応は鈍かった。人間以外の、とくにセンポクカンポクのように長寿の生き物にとっては、その程度の感覚なのかもしれない。


 六鹿はどんこと話していて、心に引っかかるものがあった。

 もし私がどんこだったら、すぐにでも九頭竜国や煙羅国へ行って、ハカゼで苦しむ人たちを救うのに。しかし彼女はどうやら、数日経ったらまたイクチの巣穴に戻るつもりらしい。


「どんこを説得して、ハカゼの治療をしてもらうべきかな」


 就寝前、ひとり焚火の前で座っていた四蛇に、六鹿は相談した。


「やめとけよ」


 そう言った四蛇の声に苛立ちが混ざっていたので、六鹿はわずかに動揺する。思わず、強い口調で「どうして?」と言い返してしまった。


「善意は他人から強要されるものじゃない」


「強要なんてしないよ。説得」


 四蛇に自分の意図が伝わっていない気がして、六鹿は慌てる。


「五馬を失った時、本当に悲しかった。同じような気持ちになる人が他にもいるのであれば、できることはしてあげたいじゃない」


「どんこにはどんこの考え方、生き方があるんだ。何が正しいかとか、良いことかとか、六鹿が決めることじゃない」


「良いことかどうかなんて関係ない。誰かを助けるのにできることをしたいだけ」


「傲慢だね。自分が気持ちよくなりたいだけだ」


 六鹿は言葉を失い、四蛇の顔をまじまじと見つめた。四蛇は目を伏せたまま、焚火にちぎった葉っぱを投げ入れている。沈黙に耐えられなくなったのか、四蛇は小さな声で「ごめん、言い過ぎた」と言った。


「ううん……ごめん」


 六鹿は適当にごまかして部屋に戻っていったが、その場に残った四蛇は、自己嫌悪で舌打ちをした。

 最悪だ。完全に八つ当たりだ。どうしてこんなに苛立つんだ。


 しばらくして、暗がりからナラが出てきた。四蛇は内心びっくりしたが、決まりが悪くて無視していると、ナラの方から声をかけてきた。


「又旅の身の上の話を聞いたか?」


「……ああ」


「お前、ナミクアのことが嫌いだろう」


 四蛇が草をちぎる手を止めた。何も答えずにいると「私も好かん」とナラは言った。


 二人の間に沈黙が下りた。四蛇は火を眺めながら、又旅の話を聞いたとき、どうしてナミクアのことを不快に思ったのだろうと考えた。そして、それは六鹿に対する苛立ちと似ていることに気づいた。


「お前がナミクアを嫌いなのは、自分が善人じゃないからだろ」


 四蛇は片頬を上げて笑い、「いじわるだね」と言った。

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