表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第五章 六鹿と四蛇
48/124

5-8

「ある日、事故でわしの娘のナミクアが死んだ。川で足を滑らせて、頭を打ち、そのまま溺死したんだ。

 そして、その時に魚冥不を継承した。ずぶぬれになって虫の息だったナミクアを引き上げて、家に連れ帰ると、魚冥不になっていたんだ。私は子供を失う絶望を、初めて味わった」



「ちょっといい?」


 四蛇が遠慮がちに口を挟む。


「ナミクアは、又旅を継承したんじゃなかったの」


 又旅はその疑問を想定していたようで、説明を続けた。


「それは、実はもっと後の話なんだ。魚冥不を継承した後、もう一度命を失い、又旅を継承したんだ」


「ナミクアは、二度死んだということ?」



「そういうことだ。正確に言うと、ナミクアがまず死んで魚冥不を継承し、ナミクアの身体を持った魚冥不が死んでわしを継承した。


 それで、この魚冥不という呪師が、さっき説明した通り、とんでもない悪党でな。邪悪という言葉がぴったりな奴なんだ。それが災いして、ナミクアは魚冥不を継承したことによって、ハカゼになった。

 誰にも本当のところは分からんが、おそらくナミクアの身体と、魚冥不の魂の相性が最悪だったんだろう。魚冥不は生きる気力を失い、わしの周りの人間は、ナミクアの心の清さが、悪を打ち砕いたのだと騒いでいた。わしに言わせればそんなことどうでもよかったがな。


 ナミクアは、村で女神のように扱われておったんだ。わしの腹から生まれたことが信じられんほど、慈悲深く、優しい子だった。

 毎日、世界がより平和になるように祈り、誰かを幸せにすることに、何よりも喜びを感じていた。口癖のように『油隠のために命を使いたい』と言っていた。わしが言うと軽い言葉に聞こえるが、ナミクアは本気だった。あの子と名曳は、村で英雄のような扱いを受けていたんだ。わしは……」



 又旅は、自分が熱くなっていることに気づき、いったん言葉を止めると、冷静にその先を続けた。


「わしは、世界のためだとか、油隠のためだとか、そんなことはどうでもいいから、ナミクアに長く生きてもらいたかった」


 『油隠のために命を使いたい』というナミクアの言葉は、六鹿の心の中に、絡みつくように残った。会ったこともないというのに、ナミクアに対する憧れと劣等感と言い訳がましい気持ちが湧き、それを直視したくないので、意識して別のことを考えた。

 そういえば、まるで知らない人かのようにナミクアの話を聞いていたが、今目の前にいる又旅が、ある意味ではそのナミクアなのだ。



「話がずれてしまったな。ナミクアが魚冥不を継承し、ハカゼになったわけだが、庵或留にはその治療の術があった。

 彼はすぐに魚冥不を引き取りにうちへ来たが、わしは、自分の腕の中で、ずぶ濡れで、震えているあの子を引き渡すことができんかった。

 やつは半ば攫うような形で、ナミクアを連れ去っていった。名曳は、すぐにナミクアが死んだことを受け入れた様子だったが、わしには難しかった。わしは家を飛び出し、庵或留を追った。


 庵或留の屋敷へ行ったが、わしの訪問に応じる気はないようだった。わしは取り乱していた。茶々か誰かがいれば、ムネンコの術で屋敷に侵入できると考えて、屋敷の周りをうろうろしていた。しばらくして、わしは突然意識を失った。


 次に目を覚ました時には、ベッドの中にいた。布団をかけられ、額には濡らしたふきんが乗っていた。気を失いそうなくらい、苦しかった。頭が割れそうで、全身の素肌が痛かった。身体の芯から凍えており、同時に湯気が出そうなほど熱かった。意識が朦朧としている中、庵或留がやってきて、わしに無理やり食事をさせた。抗う力などなく、言葉も発せないまま、それを飲み込んだ。


 数日立ち、身体を起こせるくらいになったころ、わしは部屋にあった鏡の前まで這って行った。鏡に映っていたのは、髪が真っ白に変わり果てた、ナミクアだった。


 そこで、わしは自分が七人呪師に選ばれたことと、娘が確実に死んでしまったことを知った。あの時の絶望と言ったらない。わしはその場から動く気になれず、また死にかけた。ハカゼになるところだったと庵或留にあとから叱られた。あいつからすれば、七人呪師であるわしは保護すべき対象だったのだろう。


 部屋の扉には、外から鍵がかけられていた。目有と名曳のことが気になったが、庵或留には、わしを逃がす気はないようだった。わしのことをアノアとして扱っていたから、あいつには継承されたことがちゃんと分かっていたのだろう。


 ある晩、庵或留のものではない気配を、部屋の外に感じた。わしはその人物に、ここから出してくれないかと、必死に頼んだ。その人物は『アノア?』とわしに尋ねた。声の主は女性のようだったが、すぐには誰だか分からなかった。彼女は、わしの説得に耳を傾け、最後には外から鍵を開けてくれた。


 部屋の外へ出ると、『わたしが逃がしたって、言わないで』と彼女は言った。その人物は手で顔を隠したが、その皮膚が人間のものではない色をしているのが見えた。

 庵或留の次女、ヘドリアだった。わしは固く約束し、心からの感謝を伝えた。ヘドリアは庵或留が恐ろしいのか、すぐにどこかへ行った。まだ体調が優れない状態だったわしは、壁を伝うようにして、なんとか屋敷から脱出した。


 ほとんど這うようにして、明け方まで逃げ続け、偶然見つけた木のうろの中で体を休めた。逃げ出すことはできたものの、熱も上がってきて、意識はまた朦朧としとった。

 わしももうここまでかと、半ば覚悟を決めた時、茶々が現れたんだ。わしは茶々にムネンコの術をかけ、水と食料や、暖をとれるものを探した。しかし、それを見つけたところで、茶々に運んでもらうのは難しかった。途方に暮れながらも、最後の望みをかけて何かを探している時に、五馬、あのボウズに会ったんだ。


 茶々に憑いたわしは、友達が死にそうだと説明して、食料と水を分けてくれるよう頼んだ。ボウズは、それを快諾したが、自分がその友達のところまで一緒に行くと言った。わしはそれを断わり、茶々の身体に水筒を括りつけてもらった。わしは、そこで限界を迎えて、気絶してしまったんだ。


 次に目が覚めた時、わしの身体は布にくるまれていた。わしが目を覚ましたことに気づくと、ボウズは薬と水をわしに飲ませた。自分の着ていたシャツを裂いて、逃げ出す時についた擦り傷の手当までしてくれた。

「これだけしかないけど」と、自分の持参していた食料を全てくれたんだ。それから、興奮した様子で、「この山彦が、言葉をしゃべったんだ。友達を助けたいって。それで、ここへ来れたんだよ」と嬉しそうに教えてくれた。

 当たり前だが、わしが茶々に憑いていたとは全く考えていなかったようだった。


 わしは、意識を失いそうな中で深く感謝の意を伝えると、ある人物に追われていることを打ち明け、すぐに去り、誰にも自分のことを言わないようにと伝えた。ボウズはちゃんとわしの言う通りにしたようだな」



 何度も名前を呼ばれるのを不思議に思ったのか、茶々が又旅の顔を覗き込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ