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翌日、吊るしたままだった野干二匹を解体し、干し肉にした。それから付近の家の畑を掘り起こし、野菜を集めてきた。また育つように、食べられる状態のもの以外は、そのままにしておく。野菜は家に持ち帰り、それぞれ保存が利くように加工した。
その晩、又旅は名曳のことを語った。
「私の夫が名曳を継承したのは、子供の頃だった。だから、私は初めから名曳が好きで、一緒になったんだ。
名曳、わし、ナミクア、目有の四人で暮らしていた頃、ある日目が覚めると、名曳がベッドの中で冷たくなっていた。わしらは狼狽えたが、急なことだったから、名曳が継承された可能性の方が高いと考え、やつを探した。
名曳を継承したのは、キヌアラだった。庵或留を継承したアゾルの兄の妻にあたる女性だ。
美人で華奢なキヌアラが、うちの扉の前で、『俺ぁ女になっちまった!』と叫んだときは、面白いやら嬉しいやらで、わしと目有は涙が出るほど笑ったもんだ。ただし、当然この継承は、キヌアラが命を落としたことを意味しとった。名曳が生きていたにも関わらず、ナミクアがどこか悲しそうだったのを覚えておる。
名曳は女になったが、わしと名曳の関係性はほとんど変わらなかった。夫から大親友になったわけだ。女四人で、仲良く暮らしたよ」
又旅は満足そうに、果物のしぼり汁の入った、甘酸っぱい茶をすすった。
「それがどうして、今は煙羅国に?」
「そこにたどり着くには、わしらがこの村を去った日の話をする必要がある。少し早いが、今日はここまでにしよう」
翌日、三人はそれぞれ身を守るものを持ち、庵或留の屋敷へ向かった。
屋敷の玄関の扉には、鍵が掛かっていた。扉の脇についている小さな鐘を鳴らし、その後ノックもしたが、人の気配はない。
回り込むと、窓が開いていて、あっさり侵入できた。家の中も、外見と同じく白い石でできている。又旅の家とも似ていたが、それよりもずっと凝った内装だった。壁や柱には、美しい模様が刻まれている。先日の話を聞くに、後から掘っているのではなく、呪術の力で創り上げたということなのだろう。
建物の構造は分かりづらく、迷子になりそうだった。廊下には、いろんな生き物の像が並べられている。又旅の表現は誇張ではなく、いずれも今にも動き出しそうな出来だ。興味を引かれるのは、像だけではない。箪笥、水瓶、椅子の足など、どこを切り取っても惚れ惚れするような出来栄えだ。
「売ったら、とんでもない値段がつきそうだな」と四蛇が呟いた。
「四蛇、これ」
六鹿は、とある像を前に四蛇を呼んだ。廊下の端で、厚いほこりをかぶっているその像は、まるで本人のようだ。
「シャン坊?プー坊か」
像は一つしかないようだ。実在の人物を元に、像を作ることがあるのであれば、もしかしたら、又旅や目有の像もあるのかもしれない。六鹿はあたりを見回した。
「誰もいないみたいだな」
いつのまにか姿を消していた又旅が、戻ってきた。
「ちょっとこっちへ来てくれ」
又旅に連れられて、迷路のような通路を進むと、薄暗く丸い部屋についた。壁にはぐるりと棚が置かれており、棚の中身はほとんど空っぽだ。ただ、下の段の方や床に、木のくずのようなものが散らばっている。
又旅が部屋の隅にある袋を持ってくると、その中を二人に見せた。二人と茶々はそれを覗きこんだが、木の破片が詰まっているだけで、何か分からなかった。茶々が大きなくしゃみをして、自分でそれに驚いたように、どこかへ行った。
「壊れたアヌ人形だ」
もう一度よく見てみると、木片に、細かい装飾が凝られているのが分かった。
「アヌ人形は、庵或留が作っとったんだ。これは、アヌ人形に書かれた名前の主が死んだ後のものさ。対象者が死んだ時に、人形はこんなふうになる」
六鹿は、慌てて五馬のアヌ人形を取り出した。木くずと比べると、よく似た材質ということが分かる。
「目有やわしのが残っていたらと思ったんだが、全部持ち去られているみたいだ」
又旅は肩を落とす。
「庵或留はここで、この村の呪師の生死を管理していたんだ。村で子供が生まれると、かならず人形を作らせとった。確かこの辺に……」
又旅はいくつかのごみ袋を横にどけ、その後ろの戸棚を開く。そこにはアヌ人形が数個並んでいた。手に取って見てみると、五馬のものと良く似ている。まだ名前が書かれていないようだ。
「これらが、まだ呪術の対象が決まっていない状態の人形だ。これに名前を書けば、呪術の効果が発生するだろう。わしはここから一つ持ち出して、五馬に渡したんだ」
「これ、貰ってっていいかな?」
四蛇が言った。
「わしが駄目だと言う筋合いはないわな」
四蛇はにっこり笑って、人形を懐に入れた。
それから三人は手分けして屋敷の中を探索したが、それらしい手がかりのようなものは見つからなかった。そもそも、家の中のものはほとんど持ち出された後だった。
「仮に隠し部屋のようなものがあったとしても、胎児の術で塞いでしまえるからの。見つからんかもしれん」
又旅が半ば諦めた様子でそう言ったが、すぐに何かに気づいた素振りを見せた。耳を澄ませているようだ。六鹿と四蛇も同じように耳を澄ませてみると、茶々の鳴き声がどこからか聞こえた。
「茶々が、何か見つけたらしい」
又旅は姿勢を低くして、きょろきょろしながら部屋を出て行く。その後をついていくと、やがて、隣の部屋の隅に、穴が空いているのを見つけた。通気口だろうか。網のようなものがかぶせてある。そこから、茶々の声が聞こえる。
「地下室を見つけたらしい」
通気口の網を取り外すと、茶々が顔を出した。
「悪いのう、わしが行ってみてもいいか?」
又旅の言葉を聞き、茶々はぴょんと飛び出すと、又旅の足元で身体を伏せた。又旅は茶々を跨ぐようにして立つと、目を閉じる。手を不思議な形に組み、小さく鼻歌を歌いながら、ゆっくり時間をかけてしゃがんだ。
ふっと彼女の身体から力が抜け、そのまま尻もちをついた。四蛇がそれを支え、壁際まで運ぶと、壁にもたれさせる。
「どこか、入れるところがないか見てくる。ここで待っててくれ」
茶々に憑いた又旅がそう言って、通気口の中へ入っていった。




