5-4
「話の始まりは、わしがここを出た時よりも、ずっと昔だ。当時、ここに住んでいたのは、父親である名曳、母親であるアノア、娘のナミクア、その妹のラドメア。この四人だった。次女のラドメアが、目有だ」
又旅は立ち上がり、紙とペンを持ってくると、そこに家系図を書いた。
「ややこしいから、ラドメアのことは『目有』と呼ぼう。父の名曳は豪快な男で、いつも大声で笑っていて、挫けることを知らなかった。母のアノアはのんびり屋だが、自分の家族と友人を守るためなら、いくらでも戦えると、好戦的な性格だった。長女のナミクアは、献身的で、他の生き物の幸せのためなら自分を犠牲にするような子だった。次女の目有は、姉より現実的でちゃっかりしていて、よく笑い、人に好かれる子だった」
又旅自身が登場していないことに気づいたが、六鹿は黙って耳を傾けた。
「元々、この村はあまり明るい場所ではない。詳しいことは後から話すが、少なくとも噂にはなっとるようだ。ナラから聞いた話だが、他の生き物たちの中では、生まれた子供を食う村だとか、別の生き物を合体させる忌まわしい術を使うだとか、そういうとんでもない噂が回っているらしい」
「子供を食うって、でも掟が……」
油隠には、『朋の骨身を食うべからず』という掟がある。自分と同じ種類の生き物の肉を、食ってはいけないという意味だとされている。
「噂話は背徳的であるほど面白いからな。とにかく、そんな暗い村の雰囲気を壊すほど、楽しい家族だったという話だ」
その日は、名曳、アノア、ナミクア、目有の、愉快で幸せな生活の話を聞いた。又旅の話を聞いていると、まるでこの部屋に四人がいるような気分になった。
六鹿は、これまでの自分の人生にはなかった、家族が仲良く暮らす景色を思い浮かべる。又旅がその四人のうちの誰なのか、もしくはその四人に含まれないのかは、まだ分からない。
夜は埃っぽいベッドでそれぞれ眠り、翌日、又旅は近所の家へ二人を連れて行った。
「今日は、庵老師の話をする。あいつはこの村で、庵或留と呼ばれておった。今後は、庵老師ではなく庵或留と呼ぼう。まずこの家は、庵或留の兄のものだ」
又旅の家と同じくらいの大きさの家だ。誰かが生活しているようには見えない。
「庵或留の兄は、キヌアラという美しくて病弱な女性と結婚し、二人で暮らしとった。庵或留の兄は、いつもイライラしている偏屈なじーさんだったな」
それから又旅は小道を行き、別の家へ案内した。
「あれが庵或留の家だ」
六鹿はその存在感に、たじろいだ。
その家は、非常に大きかった。家というより、屋敷と言うべきかもしれない。この建物も、全体がひと繋ぎなのだろう。箇所ごとに素材が分かれておらず、すべて同じ色だ。白と灰色と茶色が混ざり合って模様を描いている。
目を見張るのは、その装飾の細かさだ。屋根には尖った装飾がいくつも立っている。玄関までの道の脇には、油隠にいる生き物には分類し難い謎の生き物の像が、ところ狭しと並んでいる。まるで美術館のようだ。なんとなく、庵霊院と似た雰囲気がある。この村には、彫刻の得意な人がいたのかもしれない。
「庵或留には、二人の娘がいた。姉のスムヨアと、その妹のヘドリアだ。他にも子供はいただろうが、わしが知っている範囲で言えば、ここで暮らしていたのは主にその三人だった。ここへは、後日ゆっくり来よう」
又旅は家に帰る道中、庵或留の二人の娘について話した。
「二人とも、不憫な子だった。わしにできたことが、もっとあったんじゃないかと、悔やまれて仕方がない。あの子たちにとったら大きなお世話かもしれんがな。
まずスムヨアは、精神的に不安定な子だった。名曳とアノアの長女、ナミクアと同じ年で、幼い頃はよく一緒に遊んでいたものだ。しかし、あの子はナミクアに対して、憎しみと言っていいほどの感情を抱いておった。わしにはあの子の考えがすべて分かるわけではないが、一番簡単な言葉で表現するなら、嫉妬だった。表面ではナミクアの友達を演じ、心の底では、嫌悪と劣等感に苦しんでおった。随分生きにくそうな子だと思ったが、わしは大人になれば、収まるんじゃないかと思っとった。
それに、スムヨアの気持ちにも、少し分かるところがあった。ナミクアは、なんというか、よく出来すぎとったんだ。ナミクアと話していると、自分が恥ずかしくなってくるんだ。わしにも、身に覚えがある。情けないことにな。同じ歳のスムヨアには、特に苦しいものだったのだろう。
スムヨアの話はこれくらいにして、次女のヘドリアの話をしよう。ヘドリアは、庵或留と、どんこという女性との間に生まれた子だ。どんこは人間ではなく、センポクカンポクという生き物だ。人間とは姿が異なる。だから、ヘドリアも、少し変わった姿をしとった。
この村で、人間に囲まれて育った彼女は、自分の姿を気にして、ほとんど家から出てこなんだ。そして、家ではスムヨアに厳しく当たられていたようだった。スムヨアが、外で溜めた苦しみを家に持ち帰り、ヘドリアにぶつけているような状況だった。わしはヘドリアと、何度かしか話したことがなかったが、少しぼんやりしている誠実な子だという印象だ。
そうだ。言うのを忘れていたが、もしかしたら、ヘドリアは今もあの屋敷で暮らしているかもしれない」
三人はその日、狩りをした。六鹿と四蛇も、昔又旅が使っていた道具を借り、教えてもらいながら挑戦した。茶々がいるとやりにくいかと思ったが、又旅に倣い、気配を消して獲物に近づく様子を見ると、六鹿や四蛇よりはずっと筋が良いようだった。
時間はかかったが、又旅の活躍で、野干という獣を一匹捕まえることができた。普段から肉や魚を口にしてはいるものの、六鹿には自分の手で命を奪う経験がほとんどなかった。正直、気が重かった六鹿だが、それでも、野干を仕留めることができた時は、嬉しかった。
いったん家に帰り、干肉にする準備を行うことにした。
血抜きして、水で全身の汚れを落とし、腹を裂き、内臓を取り出す。そして皮を剥ぎ、部位ごとに分割した。小さな獣の処理ならやったことがあったが、この大きさの獣は初めてで、大変な作業だった。
三人は一休みしてから、また作業に戻った。大きな骨を取り外しながら、肉を小さく切っていく。途中で茶々が食べてしまわないかと気を配っていたが、あまり興味を示さず、森の小さな生き物を追いかけるので忙しそうだった。
食べられる部分を家の中へ運び入れると、又旅の指示で味付けを行った。調味料は、畑の跡でのびのび繁殖している香草や、廃屋に残っていた塩を使った。
その日は眠ることにして、翌朝、昨日の肉を高いところに干すと、三人はまた狩りの道具を持って、家を後にした。




