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青い手記の写しに挟まっていた、例の浮文紙には、それぞれ返事が来ていた。
新しい方の浮文紙には、『あなた、誰?』とあった。
「このひらがな、どっかで見た字なんだよなあ」
入が首を傾げながら、浮文紙を両手でつまんでまじまじと見ていたが、「気のせいかも」と、ぽいと紙を戻す。
古い方の浮文紙には、『あなたは、入もしくは句朗ですか?』とあった。
こちらのことを知っているようだ。二つの可能性が考えられる。相手が、自分たちの身近な誰かである可能性と、古井があらかじめ二人のことを話していた可能性だ。
二人は悩んだ挙句、両方の浮文紙に、『入と句朗です』と返した。
古い方の浮文紙に、返事はすぐに来た。
『私たちは、蒼羽隊の出自の秘密を知っています』
朧と夜味が亡くなったため、蘇鉄班は解体された。鼓童は、桂班に入ることになった。鼓童と傘音は昔から仲が悪いらしく、句朗が白紙に返った機会に班の構成が変わったのも、それが原因のひとつらしい。入はうんざりした顔でそれを説明した。
傘音の手の甲には、新しい模様が増えた。緑と赤の植物の模様だ。綺麗だとは思ったが、消えない模様を次々と体に刻み込んでいくのは、彼女の消化できなかった苦しみが傷として残っているようにも思えて、句朗は少し心配だった。
蒼羽隊に、白紙に返る呪術がかけられているという話について、史紋、鼓童、傘音の三人にも話すべきかと入に相談してみたが、入は渋った。
「史紋かあ。告げ口はしないだろうけど、私たちが子供だから、危険なことはやめるようにと言われるかもしれない。朧と夜味と、それから鼓童のことで疲れているだろうし、悩み事を増やすのは気の毒な気がする」
確かに、相談するのはもっと後でもいい気がした。
「鼓童と傘音は、強くないから、やめた方良いと思う」
足手まといという意味ではないと、入は言った。鼓童と傘音は優しく素直で、だからこそ不安定だと言う。
「傘音が鼓童を嫌いなのは、自分自身に似ているところがあるからだと思う」
入が意外なことを言った。
「傘音も、鼓童も、自分がどこの誰だか分からないことが、すごく怖いんだよ。自分らしさがないと、不安なんだ。だから、たぶん傘音は、個性的な格好を好んでいて、鼓童は反発するような言動ばかりとるんだ」
句朗は、白紙に返ったあと、自分の記憶への執着や、白い手記への渇望があったのを思い出す。自分が何者であるかというのは、蒼羽隊にとって、ものすごく大きなことなのかもしれない。それにしても、入の達観した観察眼には驚かされる。
「まあ、前に朧がそう言ってたんだけどね」と入は種明かしをした。
新たに桂班が組まれると、鼓童は班員を集合させた。集合場所はなぜか、マルバの宮にある酒場だった。
酒場にやって来た史紋は慣れているのか、堂々とした様子だったが、幼い見た目の入と句朗は、他の客にじろじろ見られた。
「あ、これ。古井が好きなやつだ」
入が指した果実のジュースを注文してみると、さっぱりしながらも喉に刺激があり、とっても美味しかった。句朗はまた注文できるように、しっかりその名前を覚えておいた。
鼓童がみんなを呼び出した理由には、見当もつかなかった。もう落ち込んではいないようで、意外と元気な様子だったので、いったい何を企んでいるのかと、逆に不安になった。
「お前らを集めたのは、あらかじめ話しておきたいことがあるからだ」
鼓童は、口を湿らせる程度に酒を飲むと、話し出した。
「これから俺たちは、一緒に戦うことになった。つまり俺たちは命を預け合う関係になる。だから、俺のやろうとしていることを先に伝えておく。俺は、名法師たちを信用できない。そして、ノウマを殺すつもりだ」
句朗と入は、素早く視線を交わした。
「とは言っても、蒼羽隊を抜けるんじゃない。ノウマと会うまでは、これまで通り仕事をするさ。任務の過程でノウマを見つけたら、その場で俺は抜ける。俺は死ぬだろうが、気にしないでくれ」
「いいだろう」
史紋が即答したので、句朗は驚いた。
鼓童は満足げににやりと笑う。入の心はもう決まっているのか、彼女は他の人の反応を伺っている。句朗が言葉を選んでいると、傘音が静かに尋ねた。
「死ぬのが怖くないの」
鼓童は傘音の発言についてしばらく黙っていたが、半笑いを浮かべ、偉そうな態度で、本心を言った。
「死に方を自分で決められないのはもっと怖い」
傘音はグラスの酒を、時間をかけて飲み干すと、テーブルに音を立てて置いた。
「乗った」




