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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第四章 句朗
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4-11

「ああああああああ……」


 部屋に着くより先に、鼓童の呻き声が聞こえた。そっと部屋の中を覗くと、鼓童が頭を抱えてしゃがんでいる。史紋はその傍で立ち尽くしている。


 ベッドには夜味が横たわっており、傘音と狛季が必死で声をかけている。


「夜味、もう大丈夫よ」

「もう恐ろしいことは終わりだ。私が守るよ」

「負けちゃだめ」

「朧の仇を取ろう」


 励ましと叱咤の混ざった、一貫性のない言葉をかけ続ける。二人はそうしながら、夜味の手や肩をさする。


 句朗はすぐに悟った。夜味は、ハカゼになったのだ。そして、そうなってしまったら、どんな言葉をかけてもその耳に届かないということを、句朗は知っていた。


 史紋が鼓童の肩に手をかけた。鼓童は反射的に、伸びあがるようにして、史紋の顔を殴る。そのまま、爆発するような勢いで鼓童は部屋を出て行った。入や狛季が怒りの声を上げたが、史紋は「いいんだ」とそれを制した。


 鼓童はすぐに戻ってきた。ベッドに近寄ると、何も言わず夜味を抱え上げる。


「庵霊院へ連れていく」


「それはだめだ」


 狛季が、いとも簡単に夜味を奪い返す。暴れる鼓童を、史紋と狛季が抑える。鼓童に殴られた時に口が切れたのか、史紋は口の端から血を流している。


「俺が、連れていくよ。お前が行ったら暴れるだろう。俺が、夜味を連れて帰るから」


 史紋の言葉を聞いて、鼓童は空気を抜かれた風船のように大人しくなった。史紋と狛季が夜味を連れて行くと、鼓童は床に座り込んだ。手で顔を覆う。


「俺が代わりに死ねばいいのに……」


 句朗にはかける言葉が見つからなかった。傘音の、鼓童を見る目がひどく冷たくて、句朗は目を伏せた。


 帰りの雉子車に、夜味は乗っていなかった。朧の死が、彼女のハカゼの進行を著しく進めたようだった。


 傘音はこっそり泣いたのだろうか、目の周りを赤くして、誰とも話す気はなさそうだった。句朗は行く時と同様に、入の隣に座った。彼女は句朗の手に、自分の手を重ねた。慰めようとしてくれているのか、たまにぽんぽんと叩く。通路を挟んだ隣には、史紋が座っている。疲れ果てた様子だ。出発すると史紋はすぐに目を閉じたが、彼の癖なのか、左手の親指で、薬指の付け根をずっとこすっていた。


 句朗は入と手を重ねたまま、木偶を取り出し、膝の上に置いた。木偶を見ていると、気が紛れる気がした。木偶は雉子車の振動で、カタカタと体を震わせている。まるで心配しているかのように、腕の怪我に擦り寄る。句朗が包帯を取ってみると、怪我はもうほとんど治っており、傷口には白い膜が張っていた。




 亡くなった人の葬儀は、煙羅国へ帰るとすぐに行われた。三つの空の棺には、多くの花束が供えられた。軍隊以外の一般の人からも多くの献花があった。


 朧の列の方に並ぶ羅愚来を見つけたのでなんとなく眺めていると、小さな花束を供えた後にこちらへやって来て、「剣を教えたことがあるんだ」と、言い訳のようにそう言った。


 今回の任務中に、話をしたいと朧に声をかけられたのを、句朗は思い出した。結局話をできなかったことが悔やまれて、非常に重要なことを逃してしまったような気持ちになる。


「私、朧に助けてもらったことがある気がするんだ。思い出せないけど……」

 入が不思議そうな顔で考えていたが、結局思い出せなかったのか何も言わなかった。




 アマビエの任務からしばらく、鼓童の気持ちは落ち着かないようだった。ちょうど句朗らが食堂にいる時、狛季にかみついている彼を見かけた。


「なんで撤退した?」


 ノウマが現れると、蒼羽隊は撤退する決まりになっている。それは狛季のせいではないのだが、あの時戦っていれば仇を取れたのだと、鼓童は怒っているのだ。しかし、あの時ノウマと戦っていれば、鼓童をはじめ多くの人間がハカゼになっただろう。


 鼓童の怒鳴り声に、食堂に居合わせた人たちの注目が集まった。あまりにおっかなくて、誰も止めようとはしない。数人が、史紋を呼びに行ったようだった。


「句朗、止めに入ったら」


「僕?」


 入によると、意外なことに、鼓童は白紙に返る前の句朗に懐いていたらしい。白紙に返ってから初めて目が覚めた日に、鼓童に頭を撫でられたのを思い出した。


 句朗は鼓童に近づき、おずおずと、もう止めるようにと宥めてみた。彼は喚くのを止めなかったが、句朗が腕を引っ張ってみると、案外うまく引き離すことができた。なんとか食堂の端まで連れてきたが、まだ注目を集めていたため、さらに人気のない廊下まで引っ張っていく。大声を上げて疲れたのか、鼓童は少し大人しくなった。しかしまだ何かを言い続けている。


「朧は、死にたくなかったんだ。夜味も」


 何を言っているのか聞き取れなかったり、文脈がめちゃくちゃだったりして、句朗には話が理解できなかったが、鼓童の背中を撫でながら、うんうんと頷いた。


「死ぬのが怖いんじゃないんだ」


 鼓童は、感情をむき出しにして、ほとんど泣いている。句朗の肩に額を預け、声を震わせている。


 句朗は、鼓童の自分に対する態度に動揺した。この縋りつくような、自分の弱さをさらけ出すような、身も心も預けるような気持ち。自分にも、同じ経験があった気がする。橙色の景色が思い浮かぶ。


「駒として死ぬのが怖いんだ。自分が誰だかわからないまま、死ぬのが怖いんだ」


 あれは、誰だった?恐怖、孤独、執着、渇望、懐かしい気持ち、泣きたい気持ち、逃げたい気持ち。過去の感情がのどにせり上がり、句朗は混乱する。


「俺はいったい何者なんだ?」


 鼓童が句朗の両肩を掴み、問う。句朗は感情を振り払うように、首を振ると、鼓童の背中に手を回し、優しくさすった。


「怖いんだ……」

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