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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第四章 句朗
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4-10

 翌朝、一行は素早く荷物をまとめ、出発した。森に入ってしばらくしたところで、しんがりを歩いていた鼓童が、叫んだ。


「憑き物だ!」


 振り返ると、人の三倍ほどの大きさの、獣型の憑き物が、すごい速さでこちらへ向かってきている。上半身が異常に発達しているようで、あの巨大な手で薙ぎ払われたら、ひとたまりもなさそうだ。手で地面を叩くようにして、走って来る。


 はじめに狙われた鼓童が身を躱すと、朧が鎖付きの鉄球を使い、憑き物の足に絡めようとした。注意が逸れると、鼓童は棘のついた大きな槌で、憑き物の横腹を、殴打する。憑き物の身体にぼこんと穴が空く。憑き物の身体が倒れると同時に、朧の鉄球がその上半身に打ち込まれ、憑き物は粉々になった。


 蘇鉄班のその鮮やかな立ち回りに、句朗は見とれたが、すぐに同じ形の別の憑き物がやってきたので、そちらへ向かった。


 憑き物は走ってきた勢いを殺さないまま、史紋のところへ突っ込む。

 史紋は槌を盾にするようにして、その攻撃を受け流した。

 入と句朗は、かぎ爪のついた縄を憑き物の腕に巻き付け、小さなつるはしを手に持ち、憑き物の体によじ登る。

 憑き物は史紋に頭突きを繰り返し、その反動で句朗は転げ落ちた。

 傘音が憑き物の頭部目掛けて、鉄球を振り下ろす。句朗はもう一度憑き物の身体によじ登ると、反対側に降りてから憑き物の身体の下をくぐり、入と互いの縄を交換するようにしてねじり上げた。

 憑き物は自由に腕を動かせなくなり、もどかしそうに身をひねる。その隙に、史紋と傘音が憑き物の身体を破壊する。

 入と句朗は、また器用に憑き物の身体によじ登ると、ひびが入った個所につるはしを立てて破壊する。


「甘依の術はあとだ。こっちに引け!」


 狛季の大きな声が聞こえ、素早くそちらを確認する。狛季は翠羽隊と夜味をかばいながら、一人で憑き物と戦っている。蘇鉄班が憑き物の相手を引き取ると、狛季は翠羽隊を木の上に避難させ、戦いに加わった。


 憑き物はその後も数体やってきたが、狛季の的確な指示で、確実に一体ずつ仕留められていった。数が減ったところで、入と夜味が甘依の術をかけていく。句朗はやっと、自分の腕から血が流れていることに気づいたが、興奮しているためか痛みはなかった。


 数名の翠羽隊が木から降り、蒼羽隊の手当を始めた頃、狛季の声が聞こえた。


 その声は、絶望を伴って、みなの耳に確かに届いた。


「ノウマだ」


 全員がそちらを見る。


 木と木の間から、句朗にもそれが見えた。一つの大きな目玉。


 そして目の前を、すごい勢いで何かが通りすぎた。それは潰れるような音を立てて木にぶつかると、ずるずると滑り落ちた。


 息絶えた朧だった。


「撤退!!!」


 狛季の命令で、一斉に、隊員がノウマと逆方向へ走り出した。

 鼓童はそれに逆らい、大声を上げながら、朧を薙ぎ払った憑き物に飛び掛かる。狛季が名前を呼び制止しようとしているが、鼓童は言うことを聞かない。

 夜味が鼓童の足にしがみつき、鼓童がそれを振り払った衝撃で地面に放り出されると、やっと彼は攻撃をやめ、夜味を抱えて走りだした。


 先頭の方を翠羽隊が走っているのが見える。桂班は全員無事だろうか。風にのって、後ろから、鼓童の呻きとも叫びともとれぬ苦しい声が聞こえてきて、句朗は胸が詰まる思いだった。


 素早く後ろを振り返ると、まだノウマが見えた。ノウマは、破壊された憑き物を労わるように、傍に寄り添っている。まるで人間のようなその仕草に、見てはいけないものを見たような、ぞっとした気持ちになった。


 ノウマはこちらに顔を向け、その周りに、重たく濃い風が巻き起こったのが見えた。


 ハカゼだ。


 句朗は必死で足を動かし、その風から逃れようとした。ハカゼにより木々は靡き、バリバリと音を立てる。いつの間にか、前方を走っていた狛季が、両肩に人を担ぎ上げている。そこに浅葱色の髪が見えた気がして、どきりとする。傘音が怪我をしたのだろうか。


 一行は森を抜け、川を越え、岩場へやってきた。ちょうど良く、身を隠せる岩陰を見つけたので、そこに怪我人を寝かせる。憑き物やノウマは、追いかけて来てはいないようだった。


「鼓童」

 狛季が鼓童を呼び出す。


「元帥」

 すぐに史紋が前に進み出たが、「分かっている」と、狛季がそれを制した。


 狛季と鼓童は二言三言、言葉を交わすと、鼓童はどこかへ姿を消した。


 怪我人の様子を見に行くと、傘音が横たわっていた。彼女の腹部は、真っ赤に染まっている。意識を失っており、出血のためか顔は青ざめている。翠羽隊は、腹部に草の詰まった袋のようなものを押し当てる。強力な回復効果のある、呪術のかかった薬品だ。リアが作っているものらしい。貴重なので、基本的には蒼羽隊にしか使われない。句朗にできることはないため、そこを離れた。


 遠くから、雄叫びが聞こえてきて、みな一瞬静まったが、それが鼓童の声だと分かり、また顔を下げた。


 史紋は隅の方に座り、険しい顔でじっと俯いている。すぐ傍には、夜味が横たわっている。怪我はないように見えるが、起き上がる気力もないようだ。


 句朗は入の隣に腰かけた。


「朧は……」


「死んだ」


 言葉に出すことで、二人はその事実を改めて認識した。


「翠羽隊の人が、もう一人死んだらしい」と入が言った。


 句朗の腕の傷が、じくじくと痛み始めた。


 しばらくして、仮の拠点に雉子車が到着した。怪我人から先に、全員がそれに乗る。雉子車が出発すると、車内には沈黙が下りた。句朗は考えることを止め、眠ることに決め込んで、瞼を閉じた。浅い眠りについていたらしく、庵霊院に到着することには、腕の傷の手当てが終わっていた。


 蒼羽隊員と翠羽隊員は、先日と同じ宿に泊まることが決まった。翠羽隊の担架に乗せられて、傘音が宿の一室へ運ばれていく。


「診療所かどこかへ、運ばなくていいんですか?」


 句朗が担架を持つ翠羽隊に尋ねると、「大丈夫よ」と傘音が答えた。


「呪術の力はすごいわね。随分楽になったわ」


 明日には、歩けるようになるだろうと言うので、句朗は驚いた。


 翌朝、集合場所には傘音が現れなかった。同室だった夜味もいないようだ。

 狛季は隊員に待機を言い渡し、彼女らの部屋へ向かった。鼓童は命令を無視してそれを追うと、鼓童を止めるために史紋も彼を追って行った。その場に残っているのは、句朗と入と、翠羽隊だけになった。


 少し迷った後、句朗と入も向かうことにした。

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