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屋敷へ向かう道中、句朗は見つかった時の言い訳を考えながら歩いたが、上手い言い訳は思い浮かばないまま屋敷に着いた。
屋敷の門は閉まっていた。なんらかの術がかかっている可能性があると思ったが、入は、躊躇わずにそれを軽々と乗り越える。門が思ったより高くて、上るのに少し苦労したが、なんとか句朗も乗り越えることができた。
入は素早く屋敷に近寄ると、壁沿いに歩き始める。当てがあるのか、彼女の足取りには迷いがない。屋敷の横手に周り、少し行くと、壁の低い位置に窓があった。半地下のようになっているらしい。入は懐中電灯でその中を照らしながら、ひとつひとつ覗き込む。
短い悲鳴を漏らした句朗の口を、入の手が塞いだ。
懐中電灯で照らしたまさにその場所に、人の顔があったのだ。向こうも驚いた顔でこちらを見返している。鮮やかな青。その人はすぐに姿を消した。
「行こう、こっちの顔は見えていないかもしれない」
入はすぐ立ち上がったが、句朗はまごついた。ハルバならあるいは、言いつけたりはしないのではないか。
句朗の予想通り、ハルバは明かりを持って元の場所へ戻ってきた。彼はこちらの顔を確かめると、いたずらが見つかった子供のような笑顔を浮かべ、唇に指を当てた。静かにしろ、ということだろうか。
入は、すぐに逃げなかった句朗にぶつぶつと文句を言っていたが、ハルバが地下室の窓の鍵を開けたので、口をつぐんだ。
「さあ、入って」
二人が躊躇っていると、「そこじゃ人目につく」とハルバは急かした。地下室の中へ入ってみると、中は思いの外明るかった。
「君たちも、古井さんを探しに来たの?」
「君たちもって、どういうこと?」
「俺も、探してみようと思って。本当はこの屋敷にいるんじゃないかと思ったんだ。でもこんなところヨア様に見つかったら本当に、本当に、大変なことになるから。お互い、秘密ということにしよう」
入はハルバを信用できないようだったが、ハルバが黙っていてくれるなら、二人にも異存はない。それに、彼がいれば地下を見て回るのに役立つだろう。入は何も言わないことに決めたようだ。
地下室は、そんなに広くはなかった。いくつかの通路と、いくつかの部屋があり、三人は順に部屋を回った。鍵がかかっている部屋もあったが、ハルバの呪術でかけたものだったため、彼の呪術で簡単に開くことができた。ほとんどの部屋は使っていないか、倉庫にされているようだ。まだ呪術がかけられていない踊り木偶が保管されているのを見つけ、少しだけ興味を惹かれたが、それ以外に気になるものはなかった。古井の姿や、彼女がいるような痕跡は見つからない。
鍵がかかっている部屋のひとつを開けたところ、ちょっとした広間が見つかった。入って正面に大きな衝立があり、ハルバがその裏に扉があるのを見つけた。他の扉とは別の木を使っているのか、色が黒い。同様に鍵がかかっていたため、ハルバが解呪に取り掛かったが、やがて小さな声で二人を呼んだ。
「ここ、俺のじゃない、別の術がかかってる」
「開けられないってこと?」
ハルバは緊張した面持ちで頷いた。ここに、古井がいるのかもしれない。
三人は扉の前でしばらく頭をひねってみたが、いい考えは思い浮かばない。扉に耳をくっつけて音を聞いたり、ノックしてみたりしたが、何も反応はなかった。
入と句朗は、肩を落として自室へ戻った。入は難しい顔をして、あの扉の突破方法を考え込んでいるようだったが、古井に関する記憶がない句朗は、些細な別のことが気になっていた。地下室の窓のところでハルバを見つけた時に、自分の口を塞いだ入の手から、強い匂いがしたのだ。あれは、なんの匂いなのだろう。
翌日、句朗は寝坊しないか心配だったが、きちんと目を覚ますことができた。今回の仕事は、雉子車に乗って庵霊院まで行き、そこから徒歩でアマビエという生き物の棲み処を訪ねるというものだ。
アマビエは昔から病に詳しく、ハカゼについての意見を賜りに行くのが目的だ。ただし、彼らは人間嫌いで、これまでの遠征で会えたことはないらしい。また、今回の仕事は、アマビエを訪ねるという目的だけではなく、雉子車の護衛も兼ねている。
蒼羽隊から参加するのは、桂班、蘇鉄班と、元帥の狛季だ。狛季には、白紙に返ってから初めて会った。女性に対する言葉として適切ではないかもしれないが、獣のような人で、ひと睨みで人を黙らせる迫力があった。身体も大きく、今回参加するどの男よりも逞しいと感じた。
他に雉子車に乗るのは、翠羽隊と一般の乗客だ。雉子車についても、白紙に返ってから初めて見たが、白駒の五、六倍くらいの大きさだろうか。こんなに巨大なものをはるか遠方まで動かせるという名法師の呪術に、改めて驚かされる。
雉子車の中は窮屈で、昼を回った頃には、体のあちこちが痛くなった。やることがないため、木偶の不思議な動きを観察しながら時間を潰す。たまに車は止まり、休憩時間が設けられていた。みんな車外に出て、身体を伸ばしたり動かしたりした。
辺りが暗くなった頃、「向こうにあるのが、だいだらぼっちの通り道だ」と入が教えてくれた。窓の外に目を凝らすと、遠くの方にうっすら塀のようなものが見えた。
やがて車内の明かりが消され、句朗と入は眠った。次に目を覚ましたのは、明け方だった。「今、妙丸の里のある森の横を通り過ぎたあたり」と、入がまた教えてくれる。
庵霊院に着いたのは、さらに暗くなってからだった。ここからアマビエのいる場所へは、徒歩で向かう。句朗は歩きたくて仕方がない気分だったが、その日は門前市で一泊することになっていた。狛季が庵霊院に挨拶しに行くのを待ち、それから宿に向かった。庵老師は蒼羽隊の元帥でさえも滅多に会えないらしく、今日も会えなかったらしい。
「庵老師ってどんな人なのかな」
句朗が入に訊いてみると、「男の老人だった。会ったことあるよ。句朗もね」と言った。句朗が白紙に戻る前にも、何度か任務で庵霊院へ来たことがあるらしい。
句朗は、史紋と同じ部屋に泊まることになった。蒼羽隊が泊まるのは、いつも同じ宿らしい。
そろそろ寝ようかという頃に、入が句朗を訪ねてきた。入は史紋に聞かれたくないのか、部屋の外まで句朗を連れ出すと、手に何かを押し付けてきた。黒くて太いゴムの管だ。さっぱり用途が分からなかったので、怪訝な顔で「これ何?」と聞く。
「それを握ったまま、今日は寝て」
名法師の屋敷に忍び込んだ日に、入の手からゴムの匂いがしたことを、句朗は思い出した。入は何も教えてくれなかったが、大人しく彼女の言葉に従うことにした。




