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次の日の朝、早速二人は翠羽隊の宿舎を尋ねた。翠羽隊の宿舎は、蒼羽隊本部から、訓練場を挟んだ向こう側にある。リオコは寝起きの様子だったが、二人を邪険に扱わず、部屋へ入れてくれた。
部屋を見回した入と句朗は、落胆した。明らかに古井の荷物が運び出された後だったのだ。部屋の右半分にしか、家具が置いていない。入は打ち合わせしていた通りの話を始めた。
「交換日記?」
歯磨きをしながら、リオコが聞き返す。
「うん。人の悪口とか、いろいろ書いちゃってたから、どこへ行ったのか心配で……。古井から荷物とか預かってないよね?」
リオコは手振りでソファへ腰掛けるよう二人に促すと、洗面所で口をゆすいだ。二人の側へ戻り、近くへ寄るよう促すと、小さな声で「お前らが探してるのは、青い手記の写しだろ」と言った。
入と句朗は言葉に詰まり顔を見合わせたが、「そう。どこにある?」入はすぐに尋ねた。
「燃やした」
「燃やした?」
「古井に、自分に何かあったら燃やしてくれって言われていたから。燃やした」
リオコは悪気のない様子でそう言った。
「なんでそんなこと……」
「あんたらが何を企んでいるのか知らないけど、迷惑がかからないようにそう言ったんだと思うよ。あいつの性格を考えると」
黙り込み、帰ろうとする二人を引き留め、せっかくなのでお茶でも飲んでいくようにとリオコが勧めた。句朗が食堂までパンを買いに走り、彼女の部屋で、三人で朝食を取った。リオコの淹れた珈琲は、意外にも美味しかった。
リオコがこの間、古井が捕まった理由を知らないと言っていたが、本当に知らないのだろうか。句朗は気になったが、入に任せた方が良い気がして、黙っておいた。
食事が終わり珈琲のおかわりが注がれると、リオコは「取引をしよう」と言った。何の話かと思ったら「青い手記の写しは、燃やしていない」と言った。
「それを渡す代わりに、古井が捕まった件について、知っていることを教えろ」
急に空気が張り詰める。隣で、入が考えを巡らせているのが分かった。
「燃やしていないという保証はないじゃないですか」と句朗が言ってみた。
「信じないなら、それでもいいけど」
涼しい顔で言う。
「どうして、燃やしたって言ったの?」
「あんたらの反応を見るためだ。燃やしたって言ったらがっかりしただろ。実は、古井が捕まった後にあの写しを見たんだ。まあ、燃やせとは言われていたけど、見るなとは言われてなかったからね。あいつのことは好きだけど、私は私の信条で動くからさ。それで、すぐにあんたらの青い手記だって分かった。初めは、古井があんたらの素性を調べているとか、そういう事情だと思ったんだけど、さっき、燃やしたって言ったらがっかりしてただろ。秘密を握られてるなら、ほっとするはずだと思って。それに、私に中身を見たかどうか、誰も確認しないから、あの写しに何か秘密が書かれているというわけでもない。だからあの写しを消そうとしてたんじゃなくて、守ろうとしていたと考えたんだ」
リオコの淀みない説明は、入の警戒を解くのに十分だったようだ。入はすぐに「信じるよ」と言った。
「でも、古井が何を調べていて、何を知って捕まったのか、私も知らないんだ。今どこにいるのかも、分からない」
「やっぱり何か、調べてたのか」
「うん。名法師の屋敷に忍び込んでいたところを捕まったみたいで」
「噂では、その時お前たち二人が一緒だったって聞いたけど」
入は首をすくめて見せた。
「見張りをしただけだよ。お咎めもなかった」
入の返答は随分と省略されたものの気がしたが、句朗は黙っておいた。
「じゃあ、あの写しはなんなの?」
「ここから先は、現物を見せてもらわないと」
入はにっこり笑う。
リオコは「手伝って」と言うと、立ち上がった。壁にくっつけてあった机の上の物をすべて床に下ろし、机をがばりと抱えると、横に倒す。机の足のうちのひとつの先の方を掴み、くるくると回す。
先が取れた。机の足の中が筒のようになっているらしい。紙が詰め込まれている。リオコが器用に取り出すと、それは丸められた紙の束だった。
「この机って、支給されたもの?はじめからそんな仕掛けが?」
「いや、この机は、古井が捕まった時に、あいつのと交換したものだ。おそらく、あいつが用意したか、仕掛けを作ったか……ほれ」
リオコは句朗に、青い手記の写しを投げ渡した。
「いいの?」
「ああ。いいから話せ」
机を元に戻しながら、入は手短に、青い手記に書き換えがある可能性があると古井が考えていた話をした。
その間、句朗は写しを初めからぱらぱらと見た。自分で書き写したらしく、やはり字が汚い。身近な人物を紹介しているページを開くと、古井の名前が見つかった。これが、本物の青い手記だ。
「そうだ」
リオコが、句朗から写しを取り上げてページをめくると、そこに挟まっていた紙を取り出し、入に差し出した。
「これ、心当たりある?」
浮文紙のようだ。二枚ある。一枚は新しいもので、もう一枚は古びておりカサカサしている。どちらも予備だったようで、文字はまだ書かれていない。おそらく、それぞれ別の浮文紙と術がかけてあるのだろう。古井から写しを受け取った時から、間に挟まっていたらしい。ということは、古井はこれを隠しておきたかったのだと推測できる。相手は、古井の友人か、家族なんじゃないかと見当をつけた。
これまで何度か、この浮文紙に文字を何か書いてみようかと、リオコは迷ったそうだが、結局一度も試していないらしい。これを機会に何か書いてみようという話になり、三人は長いこと考えたあと、両方の浮文紙に『こちらは古井の友人です。彼女が無事か、知っていますか』と書いた。
古井を装い情報を引き出すことも考えたが、もし相手がこちら以上に古井のことを知っていたら、混乱させてしまうかもしれない。嘘だとばれたら、警戒して返事が来ない可能性もある。
しばらく返事が現れるのを待っていたが、文字が浮かび上がることはなかった。
「さっさと照らし合わせを始めな」
リオコは手で払うような仕草をした。これから句朗の部屋へ戻って、青い手記の照らし合わせをするつもりだった。
「リオコさんも、一緒に確認しますか」
「いや、私は遠慮しておく。私が知りたいのは古井のことだけだ。古井が不当に逮捕されているのであれば、助けたいと思うが」
リオコは問いかけるように二人をみたが、「まだ分からない」と答えるしかなかった。
「そうだよな。協力できることがあれば、また声をかけてくれ。古井は今どこにいるんだろうな」
「マルバ監房にはいない」と入は首を振った。
「ああ。私も行って、いないと言われた」
「でも、煙羅で人を収容しておく施設は、他にないんだ」
「名法師の屋敷で監禁されているとか?」
句朗が口を挟んだ。
「まさか」
リオコは否定したが、入はその可能性について、考え込んでいるようだ。
「古井に用があるけど、どこにいるかって聞いてみようか。屋敷で」
「いいかも、それ。私や句朗が聞くよりは、リオコが行く方が良さそうだし。それくらいなら教えてもらえるかもしれない」
二人はリオコの部屋をあとにして、句朗の部屋へ向かった。




