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昼時に、食堂で羅愚来を見かけた。眉間に深いしわを刻んで、早足で歩いている。歩き方が気取った女性のようで、少し特徴的だ。顔付きから助けてもらったお礼を言おうと、「羅愚来さん」と声をかけた。
羅具来は冷たい視線をこちらへ向けると、何も見えなかったかのように、通り過ぎた。無視されたのだと気づくと、想定しなかった対応に、句朗は呆然とした。
ふと、こちらを見ていた女性を目が合う。量の多い長い髪を下ろし、顔の周りの毛が内側に巻かれている個性的な髪型だ。彼女は句朗から視線を逸らさず、ふっと笑った。句朗は馬鹿にされた気がして、より混乱する。
眠そうな顔をした彼女は、たしか蒼羽隊の一員だったはずだ。鼓童と同じ蘇鉄班だったか。ふらふらと席に戻り、ぼんやりしていると、「クロちゃん」と声をかけられた。
顔を上げると、こちらを見ていたさっきの女性だ。
「どんまい」
気づけば、女性の隣に小柄な少女もいる。自分や入も若いが、さらに幼く見える。どうしてこんなところに子供がいるのだろう。少女も小さな声で「どんまい」と言って微笑した。
「クロちゃん、白紙に返ったんだってね。あたしは朧。この子は夜味。蘇鉄班だよ」
「…夜味だよ」
少女は小さな声で自己紹介をした。「こっちはでんでん」と、夜味は自分の木偶を紹介する。名前を付けているらしい。
「この子も、蒼羽隊ですか?」
「うん。優秀なトアリス」
驚いて、改めてまじまじと少女を見る。夜味は目を伏せて、黙っている。
「あとは、前はじっちゃんが蘇鉄班だったんだけど」
「じっちゃん?」
「史紋、じいさんくさいでしょ。だからじっちゃんって呼んでるんだ」
なるほど、言われてみればそうかもしれない。句朗は曖昧な笑みを浮かべる。
「今は代わりに……」
朧は、彼女の癖なのか、右手を左の袖に突っ込んでいる。彼女が顎で示した先を見ると、後ろを向いた鼓童が見えた。
「鼓童さんでしたっけ」
「あ、鼓童のこと知ってんのか。まあ、目立つしね」
「嫌い?」
夜味が上目遣いでそう尋ねる。
「え」
句朗は返答に困り、鼓童を見た。彼は机の端にいた木偶を、手で叩き落とした。机から弾きだされた木偶は、地面に転がったが、やがてゆっくり浮かび上がって机に戻った。
「んー、まあ普通」
次の日の夜に、桂班の三人は帰ってきた。句朗は朧に誘われて、遊戯室にある盤上ゲームで遊んでいるところだった。
記憶を失う前、句朗は自分の部屋よりも遊戯室にいる時間が多く、蘇轍班の人とよく盤上ゲームに興じていたらしい。久しぶりにやったせいか弱くなったらしく、朧にがっかりされた。鼓童は負けそうになると盤上ゲームをひっくり返す癖があり、初めは呆れ果てたのだが、夜が更けてくると、なぜだかその滅茶苦茶な振舞いを愉快に感じるようになって大笑いしてしまった。蘇鉄班の朧と鼓童はたくさん煙草を吸い、任務から帰ってきた史紋がそれに加わった。
句朗はしばらく史紋の仕事の話を聞いていたが、風呂に入るためそこを出た。風呂に入った後自分の部屋に戻ると、ノックが聞こえた。
「入だけど」
入と二人で話すのを、この三日間待ち侘びていたのだ。句朗は心が踊った。
「まず、これ」
入から、浮文紙の束を受け取った。
「私と直通でやりとりするための浮文紙。前にも持ってたけど、他の紙とさらに術をかけられていないか心配だったから、九頭竜国で新しいのを買ってきた」
「これが欲しかったんだ。ありがとう」
句朗はさっそく一枚ちぎって、木偶の中に入れた。浮文紙の代金を半分支払うと申し出たが、面倒くさそうに断られた。
「あのさ。入のこと、疑ってごめん。信じるよ」
入は短く「そう」と言って、顔を横に向けた。頬が赤くなっている。
「僕も、この青い手記に、作為があるように思える。古井さんだけではなく、リオコさんのことも書いてなかった」
入は「そうか、リオコか」と呟いた。彼女は見せようと思っていたのか、持参してきた一枚の写真を取り出すと、句朗に差し出した。
「これが、古井。忘れたままなのは寂しいから」




