4-2
奇妙な三人だ。一人は地味でチビな少年、一人は引き締まった体を持つ女性、一人は鮮やかな青髪が目立つ褐色肌の少年。
句朗に記憶がないため、食事をしながら、まずリオコと少年が自己紹介した。
リオコは、翠羽隊の技術班に所属しており、蒼羽隊の仕事の補助と、武器の手入れや発注などをやっているらしい。リオコのように腕の立つ人間は、翠羽隊であっても、前線で蒼羽隊と一緒に戦うこともあるのだそうだ。煙羅の生まれで、実家は田舎の方にあるらしい。翠羽隊なので、記憶を消す呪術を受ける必要はないそうだ。リオコと共に戦い、彼女の実力を知った句朗としては、蒼羽隊と翠羽隊をそこまで明確に分ける必要性が、分からなかった。
「あんたはカシャンボだっけ」
リオコが『ハルバ』と名乗った少年に、問いかける。
「半分ね。母親がカシャンボなんだ」
句朗は驚いた。髪の色でカシャンボを連想してもおかしくないものの、あまりに突飛な考えなので、思いつかなかった。
カシャンボは、妙丸の里で暮らしている生き物だ。暗い肌に明るい青の髪が特徴的で、決して人間とは親交を持たないと言われている。
「じゃあ、姿を消せるの?」
「残念ながら、俺にはできない。血が薄いのかもしれない。大人になったら、できるようになるのかも」
ハルバは美味しそうに麺を啜る。
「あの、ここでの生活で大変なこととか、ない?」
「うん、楽しくやってるよ。カシャンボは人間を嫌うから訊いてるんだろうけど、人間は俺に優しいし」
「こいつの父親、エノキなんだ」
リオコが句朗に言った。
「本当?」
また驚く。
エノキと言えば、たしか、浮文紙を作った人だったはずだ。その功績を認められ、煙羅国の大臣か何かになり、皇帝とも懇意だったと記憶している。そうか、それで煙羅国で暮らしているのか。
「父さんのおかげで、こうして仕事をもらえているんだ」
「でもさ、あんたもただ者じゃないだろ。皇子に気に入られているそうじゃないか」
「皇子が気にかけてくださるのは、俺にカシャンボの血が流れてるからだよ」
その話には興味を引かれたが、急にハルバが遠い存在に感じられた。同年代の男の子だから、勝手に親近感を抱いていたのだ。
現在の皇帝であるシキツ六世は、優しい人物ではあるものの、かなり保守的だった。それと対照的なのが、皇子であるミマツ一世だ。彼は大瑠璃という呪師の組織を蒼羽隊として受け入れたり、エノキを迎えて浮文紙を普及させたり、煙羅国に大改革をもたらした。もちろん、実際に政治をするのはシキツ六世だが、ミマツ一世の働きであることはみな知っていた。
「父親もあんたもすごく忙しそう」
「まあね。でも、ただの成り行きだよ。俺が何か成し遂げたわけじゃない。だから、すごくもなんともない。そういえば」とハルバはリオコに顔を寄せた。
「古井さんのことって、訊いていいの」
「訊いていいって、何を」
リオコは平然とした態度だ。
「リオコさん、古井さんと同室だったよね」
「ああ」
「ただの好奇心なんだけど、古井さん、何をして捕まったのかなって」
「知らん、私が知りたいくらいさ」
リオコは空になった皿に匙を置いた。食べるのが早い。
リオコは本当に何も知らないのだろうか。それとも、ハルバの前だからとぼけているのだろうか。句朗は余計なことを言わないように、黙っておくことにした。
「自分こそ、名法師さんたちの傍にいて、何か知ってるんじゃないのか」
「俺、屋敷じゃ仲間外れなんだよ。いつも三人べったりでさ。だから、古井さんのやろうとしたことに興味があるんだ」
「ふーん」
リオコはすでに興味を失った様子で、唇を尖らせた。
翌日、ハルバから浮文紙に連絡が入った。木偶の用意ができたらしい。部屋で待っていると、彼は嬉しそうな様子で訪ねてきた。
「早く任務に行きたいだろうと思って、急いで準備したんだ」
そう言って、握っていたものを句朗の手の上に置く。
木偶は手のひらの上にコトリと倒れる。ゆっくり時間をかけて縦方向に直ると、笠の部分をくるりと回した。木偶はこちらを見上げるように静止すると、ふわりと浮かび上がり、くるくると回りながら、句朗の顔の周りをぷかぷか漂った。ちょっとだけ鬱陶しい。
ハルバは困惑した様子だ。
「どうしたんだろう。こんな木偶の様子は、初めて見た。名法師様が、からかっているのかもしれない」
木偶はまるで頬ずりするように、句朗にくっついてくる。
「名前を」
句朗は、自分が思わず口にしようとした言葉を飲み込んだ。
「ん?」
「名前をつけるのって変かな」
自分でも不思議なことに、この動く木の欠片に対して、さっそく情を感じてしまったようだ。
「変じゃない。つけるひともいるよ。と言っても踊り木偶をもじった、あだ名みたいなもんだけど」
句朗は少し名前を考えてみたが、ハルバの興味津々の目と視線が合い、照れくさくなってやめた。
「こいつ、どこにしまえばいいんだろう」
先ほどから顔に笠がぶつかるので、句朗は手で掴んで、それを手のひらに置いた。木偶は大人しく手のひらに乗ったが、興奮を止められないかのように、カタカタと体を震わせている。
「これ、不良品かも」
ハルバが不安げに呟くと、まるでそれを聞いていたかのように、木偶が大人しくなった。
「しまうのは、どこでも。放っておいてもついてくるし、鞄の中でも、ポケットの中でも」
とりあえず机の上に乗せておいた。
「こいつは生きてないから、苦しみはないよ。窮屈な場所だって平気さ」
言われなくても分かっている、と思った。
「そういえば、班の連絡用の浮文紙は、君も書き込めるんだね」
「うん、名法師様の屋敷に、全部の班の浮文紙があるんだ。みんなの浮文紙は、その紙とも合わせて術がかけてある。屋敷へ行けば、だれでも書き込めるよ」
なるほど、あまり変なことには使えないということか。個人的な用事であれば、別の浮文紙を用意した方がよさそうだ。
「貸して、鍵の呪術をかけないと」とハルバが立ち上がった。
「ハルバがかけるの?」
木偶にかかっている鍵の術は、元々エノキとハルバが持ってきた呪術とのことだった。鍵の術も、浮文紙の術と通じるものがあるそうで、本部の木偶の術は基本的にハルバが担当しているらしい。
「浮文紙が急に必要になったら言いなよ。俺に言えばタダですぐに作ってあげられる」
扉の窪みに木偶を嵌め込むと、ハルバはその上に薄い紙を貼った。紙には見たことのない文様が描かれている。ハルバは何かを確かめるように、手をかざしたり、扉の裏側を覗き込んだりしている。しばらくして何かぼそぼそと呟くと、「終わった」と笑顔で報告した。
「その紙はなに?」
「これは、呪術の効き目を助長させる紋様なんだ。俺の父さんとか、呪術が上手い人だとこういうものや、呪文はいらないんだけど」
「誰でも同じ効果があるようなものじゃないんだね」と言って、甘依の術を自分が試した時、全くかからなかったことを思い出した。
「うん、人だけじゃなくて、時間や場所によっても変わるんだ。普通は、真っ昼間より夜中の方が、呪術の効き目は強いしね」
木偶がふわふわと浮かび、句朗の肩に着地した。すりすりと、耳のあたりに擦り寄るのがこそばゆい。




