3-9
一向は旅を続けた。友人の中では、旅に慣れている方だと自負していた六鹿たちだったが、川で水を浴びたり、足にまめができるほど歩いたりしたのは、久しぶりのことだった。茶々も、小さい体ながら元気についてきていた。
森の中には、ところどころ生活の痕跡があった。又旅は元々拠点を定めず生活していたそうなので、その痕跡だったり、他の誰かが留まった跡だったりした。
「生き物が少ない」
険しい顔で歩いていた又旅が、何度かそう漏らした。憑き物の影響だろうか。
一度だけ、憑き物を見かけた。野生の生き物を食らっているところだった。憑き物が生き物を食べるとは聞いたことがなかった一向は、木の上から、呆然としてそれを見つめた。
しばらく観察して分かったのは、その大きな憑き物たちは獲物を咀嚼せず、口のようにぽっかり空いた入り口から、体の中へ落とし込んでいるようだということだ。それも、殺すのではなく、生きたままだ。
「目的は、連れ去ることか……?」
生き物達がぐったりしているのが気になったが、「あれはハカゼだ」という又旅の説明で、納得した。憑き物とノウマの脅威は、当然人間以外にも及んでいる。憑き物が去るのを待つ間、木の上で辺りを見回すと、意外と近いところに油隠様が見えた。
「あれが二兎山だ」
油隠様がいる方とは別の、青々とした山を臨んで、又旅が言った。
「山の北側に、わしらの暮らしていた村がある。そこまでなら森が続いとるんだが、庵霊院へ行くとなると、このまま山の南側の平原を行かねばならん。その辺は、わしも顔が利かん」
「薬の出番ってことだね」
待ち合わせの場所に到着すると、又旅は焚き火を作り始めた。相手がいつ到着するか分からないため、しばらくここで過ごすとのことだ。目印は、ひと際大きな白い木だ。
食事が終わった頃、奇妙な生き物たちが現れた。長い二本の足で立ち、腰には長い熊手のようなものを刺している。肌は茶色の縞模様の毛に覆われており、脚が長すぎるせいか、歩くたびに体がバネのように浮き沈みしている。
茶々がその生き物に擦り寄って「にゃんすー」と鳴いた。
「虎隠良たちだ」
又旅が紹介した虎隠良という生き物たちは、聞き取れない言葉でなにやら話していたが、やがて先頭の虎隠良が進み出て、四蛇に握手を求めてきた。四蛇がそれに応じると、仲間の方を向いてけらけらと笑った。
又旅が、「初めて人間式の挨拶をしたって、喜んでる」と、説明してくれた。又旅は虎隠良たちの言葉で何か話し、抱擁を交わした。
各々の鞄から大量の整腸剤と風邪薬を出して見せると、虎隠良たちはよほど嬉しかったのか、腕を組んで踊り出した。何がおかしいのか、今度は又旅が腹を抱えて笑っている。そのうち、又旅も虎隠良に混ざって奇妙な踊りを始めた。六鹿と四蛇は、顔を見合わせ、ほっとした。とりあえず、上手くいったようだ。
翌日、改めて荷物を整頓した一向は、各自、虎隠良におんぶされた。鞄の口をしっかり締め、虎隠良の身体の前で、両手を固く掴む。茶々は、又旅の服の中へもぐりこみ、お腹のところに収まった。
又旅の合図で虎隠良たちが駆けだす。身体がぐいっと後ろに引っ張られ、六鹿は必死でしがみついた。虎隠良は、俊足で有名な生き物なのだ。大好物は薬。
庵霊院へ向かって、一行は、風を切って走り出した。




