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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第三章 六鹿と四蛇
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3-7

 その夜、六鹿は小さな焚き火を前に、膝を抱えていた。どうしても眠れなくて、テントから抜け出してきたのだ。又旅と四蛇は寝息を立てていた。


 暗闇が恐い。

 六鹿は火を起こしたが、周りの暗さが一層濃くなり、恐ろしさも濃くなった気さえする。旅は過酷で、しっかり寝ておく必要がある。身体はくたびれているはずで、昨日まではあっさり眠れたのに、なぜか眠れない。六鹿は焦る。


 恐ろしいのは、暗闇だけではない。憑き物とノウマが恐ろしい。知らない場所で眠るのが恐ろしい。夜の森のざわめきが恐ろしい。目有にもう会えないことを想像すると恐ろしい。四蛇までも、失うことを想像すると恐ろしい。五馬の死が、恐ろしい。


 再び五馬の死を目の前につきつけられてからというもの、自分の中に、大きな恐怖が残っている。旅の始まりに、少しでも向き合うのが良いかもしれない。六鹿は、五馬のことを少し思い返してみることにした。


 五馬は、魅力的な弟だった。彼の周りにはいつも人がいて、誰とでもすぐ仲良くなった。彼は、好きなことに没頭するところがあった。遊型車が大好きで、寒空の下でも、炎天下でも、時間を忘れて遊型車を触っていた。遊型車での仕事が形になったのは、五馬の功績だ。また、私と違って妬んだり僻んだりしなかった。いつもにこにこしており、人の悪口を言っているのを見たことがなかった。計算して人付き合いをすることも、おそらくなかっただろう。そう考えると、ちゃっかりしている四蛇と私は、少し似ている気がする。


 私は、もう一度五馬に会えるのだろうか。


 もし会えるなら。六鹿は自分の膝を抱く。


 一人にしてしまったことを、まず謝りたい。尊敬していること、感謝していること、生きている間に伝えられなかったことを、言いたい。でもきっと、本人を前にしたら、照れくさくなって、また今度でいいかと思うのだろう。


 五年前、しゃべる波山の助けを借りながら、門前市へ着いたときのことだ。庵霊院の前には門前市という小さな町があり、そこを通り過ぎると、庵霊院がある。あの日、六鹿と四蛇は、門前市のはずれに車を乗り捨て、やっとの思いで庵霊院を尋ねた。


 六鹿らに、庵霊院を見物する余裕はなかったが、予想を遥かに超えた見た目に、あの時は足を止めそうになった。新聞などで見たことはあったものの、実物の迫力はひとしおだった。九頭竜国の建物とも、煙羅国の建物とも、似ていない。白壁に木の柱が通っており、屋根や窓は、鮮やかな緑と赤で装飾が施してあった。近づけば近づくほど、それが精巧な作りであるということが分かった。いったいどのように彫ったのか、壁、屋根、柱、窓枠、全てに細かい装飾が施されていた。地面までもだ。


 五馬は四蛇が背負って運んだが、まだ身長が低かったので、大変な作業だっただろう。庵霊院ではシャン坊という少年が二人を迎えた。自分たちよりも幼く見えるシャン坊を客かと思ったのだが、彼はそこの案内係のようだった。変わった形の白い衣装を着ていた。幼い笑顔は可愛らしかったが、立派に仕事を全うしている様子がうかがえた。五馬のことで頭がいっぱいだったが、ほのかに好感を覚えたのを覚えている。


 庵老師は、想像していた通りの風貌だった。彼は五馬の側に寄って五馬の顔にそっと手を当て、しばらく何かを窺っていたが、やがて首を横に振った。


「残念じゃが、もう助からない」


 庵老師にそう告げられたあと、シャン坊に連れられて部屋から出た。シャン坊は、五馬の遺体を庵霊院で引き取り、供養することができるという話を、てきぱきと説明した。

「引き取りを希望の場合はこちらへ」と二人を案内しようとしたが、六鹿はそれを無視してふらふらと外へ出た。四蛇も五馬を背負ったまま、固い表情でそれに従ったが、シャン坊は慌てて、故郷に連れて帰る方法がないのではないかと尋ねた。


 死んでしまった五馬を九頭竜国まで連れて帰る方法どころか、自分たちが帰る方法すらなかった。しかし六鹿は、五馬を渡す気になれなかった。


 それは、死を受け入れたくないという縋り付くような気持ちではなく、なんとか連れて帰ってあげたいという優しさでもなく、家族を自分の手から離すことの恐怖からの気持ちだった。こんなことになるとは、思ってもみなかった。何かがおかしい。何か、どこかで間違ってしまったのだ。


 臆病な六鹿は、その場で決断できなかった。逃げるように、庵霊院をあとにして、門前市を抜けて、車まで戻ってきた。四蛇は何度か休憩しながら五馬を運び、無言で六鹿に従った。五馬を、後部座席に座らせた際に、身体がぐにゃりと前に傾き、四蛇がそれを押し戻した。その仕草が自然だったのを覚えている。六鹿はその時、少しほっとしたのだった。壊れ物を扱うようだったら、ひどく動揺してしまったと思う。


 六鹿は、自分が何をしたいのか、どうすべきなのか、まるで分からなかった。運転席に座り、長い間、そのままでいた。木彫りの人形から寒気が伝わってきたので、ポケットから取り出して助手席に置いた。四蛇は口を挟まなかった。まだ幼い彼には、姉の判断に従うしかなかったのだと思う。六鹿は四蛇のことも、五馬のことさえも、目に入っていなかった。何かが通り過ぎるのを必死で待つような心地だった。人形の冷たさが、まだ五馬が死んでいないという証拠のように思えて、祈るように両手で握り、胸の前で抱えた。


 日が暮れた頃、四蛇が腹持ちの良さそうな食べものを少し買いに行った。その夜は、運転席から助手席に移り、アヌ人形を握ってじっとしていた。人形が氷のように冷たいこともあり、眠くなかったが、それでもいつの間にか眠っていたらしく、夜中に目を覚ました。四蛇は五馬にもたれて眠っていた。星のわずかな明かりで見ると、二人仲良く居眠りしているようにしか見えなかった。それからしばらくして夜が明けた。これからのことを考えようとしても、少し思考するだけで強烈な怠さに襲われた。何も考えたくなかった。


 シャン坊が車の窓をノックした時、ほっとする気持ちがあった。シャン坊は丁寧な口調で、五馬を引き取ることを提案した。


 それに応じることを六鹿が口にしても、四蛇は何も言わなかった。再び五馬を背負ったとき、その身体が冷たかったのか、彼が顔を強張らせたのを覚えている。


 庵霊院までの道は、とても美しかった。前の日に見た景色とは全く異なっていた。シャン坊が先頭を身軽に歩き、すこし離れたところを、五馬を背負った四蛇が一歩ずつ丁寧に歩いてゆく。四蛇の身体は交代で運んだ。朝日ががらんとした門前市を照らしていた。朝焼けによって、視界は橙一色だ。空は白に近い澄んだ青。夜が二度と訪れないと思わせるような黎明。

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