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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第三章 六鹿と四蛇
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3-6

 三人は、森の中を通り二兎山の辺りまで行く予定だった。又旅たちの故郷があるその辺りまでであれば、森の生き物と又旅との間に親交があるらしい。そのため、細手たちなどの手を借り、憑き物と出くわすことなく進んでいけるとのことだった。


「個人的な事情だが、今の油隠のことをもう少し知りたくてな。暇つぶしと言ってもいい。ただ、興味があったから同行することにしたんだ」


 又旅は独り言のように説明すると、六鹿を見上げた。


「同行する理由が分からないと、不安かと思ってな」


「いえ、これから、よろしくお願いします」

 六鹿が頭を下げ、四蛇もそれに倣った。


「わしは、十年前、身内の問題が起こった時に、一度死んだようなものなんだ。今生きているのは、五馬のボウズのおかげさ。それも、協力する理由のひとつかな」


「前の時は、本当にありがとうございました」


「あの時は、助けられなかったからの」

 又旅は目を伏せる。


 六鹿は五年前のことを思い出す。


 夢の中のような、不思議な時間だった。六鹿は五馬の死という恐怖により、それ以外の感覚が麻痺してしまっていたのだと思う。九頭竜国を飛び出し、無我夢中で車を走らせた。アヌ人形を左手に握りしめ、見慣れない土地の、初めて見る景色の中を走った。憑き物が蔓延る油隠では、国外へ出ること、ましてや車一台で出ることは狂気の沙汰ではなかった。特に、夜に屋外で過ごすなんて、裸で水の中へ放り出された赤子のようなものだった。六鹿は夜通し車を走らせた。四蛇が何度も運転を代わると申し出た気がするが、六鹿は頑なに断った。


 そんな時に、人語を話す波山が現れたのだ。気が立っていた六鹿は、窓を激しくつつく波山に感情の高ぶりを増長させられ、癇癪を起こしたような態度をとった。あの時は、邪魔をする波山を、排除することしか考えられなかった。四蛇も後部座席から応戦し、しばらく格闘していたが、「ばかもん」の怒鳴り声で、少し我に返った。


「北から憑き物が来ている。この場にいったん留まれ」


 六鹿は困惑しながら車を停めたが、すぐにまた発車した。波山が人語を話すなんて、聞いたことがない。たちの悪い呪師のいたずらかもしれないし、憑き物の仲間かもしれない。


 しかし、車を進めると、また狂ったように窓をつつかれる。こんなにうるさくされては、憑き物に気づかれるかもしれない。やむを得なく停車し、波山の許可が下りるのを待っていると、はるか前方にうごめく黒い影が横切るのが見えた。


 それからは、波山の指示に従って進んだ。波山はたまに来て、迂回しろだの、止まれだのと指示をして、また空に舞い戻っていった。憑き物に後ろから追われた時には、勇敢にも囮になってくれた。


 なんとか庵霊院のある門前市へたどり着き、ハンドルから手を離した時、あまりに固く左手を握り、また人形が氷のように冷たかったので、指が凍ってしまったように動かなかったのを覚えている。四蛇に擦ってもらって、ようやく人形を手から離すことができたのだ。


 しゃべる波山は、別れの言葉も言わず、いつのまにかいなくなっていた。お詫びもお礼も言えなかったと気づいたのは、ずっと後のことだった。その時は五馬のことで必死だったからだ。


「もうここへは帰ってこれないかもしれないよ」

「にゃんすー」


「お腹が空いて、喉が乾くかもしれないよ」

「にゃんすー」


 六鹿と四蛇は、又旅と茶々とのやりとりを見つめる。四蛇は、又旅が自分たちをからかっているのかもしれないと思ったが、又旅と茶々は、先ほどから長い時間話し込んでいる。他の生き物の体に憑く呪術があるのだから、仲の良い山彦と話ができても、おかしくないのかもしれない。


「茶々が一緒に行きたいんだと」

 又旅が困ったように言った。


 又旅の旅の準備を、二人は手伝った。洞窟の奥の箱や缶をひとつずつ開け、必要なものを選択して巾着に詰めていく。必要なものを全て詰めても、目有の用意した大きな鞄にはまだ随分余裕がある。六鹿には、若い女の人がこの生活を続けていたことが、なんだか信じられなかった。又旅は気にしていない様子で、目有の持ってきた非常食を鞄いっぱいに詰め込んだ。入らない分は、上着のポケットなどに入れた。


 次の日、三人と一匹は出発した。茶々は赤い巾着を背中に背負い、胸を張って歩いている。実に可愛らしかったが、六鹿は心配だった。


「危険な目に遭うかもしれませんよ」と又旅に念を押すと「本人の意思だから、わしは止められん」と言った。


「それに、こいつは役に立つかもしれない。人間じゃ目立ちすぎる時に、わしがこいつに憑くことができる」


「その術って、誰にでも使えるんです?」

 四蛇が、ずっと気になっていたことを尋ねる。


「例えば、俺に取り憑くとか……」


「できないよ」

 又旅はからっと笑った。

「わしに心を許してくれた生き物にしか、ムネンコの術は使えないんだ」


 四蛇はほっとしたように「なるほど」と呟いた。


 森の中の旅は、想像の何倍も過酷だった。初めのうちは木々の合間から見える空を見上げたり、出くわす生き物をじろじろ観察したりする余裕があった。しかし、所々木の根が飛び出しており、よそ見をしながら歩くのは危険だとすぐに思い知った。どろどろのぬかるみがあったり、よじ登ることができないほどの大きな段差があったり、憑き物に倒されたのか、巨木が横たわったりしており、なかなか思い通りには進まない。二人はやがて、又旅と同じように、黙々と足を進めるようにした。

 はじめのうちは、波山が数羽ついてきていたようだが、やがて数は少なくなった。最後の一羽に、又旅は大きく手を振った。


 日が暮れると、開けた場所で焚き火をして、テントを張った。足が痛くて仕方がない。六鹿は靴を脱ぎ、指伸ばしたり丸めたりした。干し肉を炙り始めると、火が目立つためか、それとも美味しそうな匂いにつられてか、いろいろな生き物がまた姿を現し、去っていった。その中に憑き物がいるのではないかと、六鹿は神経を尖らせていたが、又旅はくつろいだ様子で、いろいろな生き物に、親しげに挨拶をした。


 食事が終わると、四蛇が「又旅は、どうやって眠るんです?」と尋ねた。


「どういう意味?」

 六鹿に質問を返され、四蛇はたじろぐ。


「どういう意味?」

 六鹿の声を真似した茶々が、さらに重ねて尋ねる。


「いや、どこで眠るのかなって」


「同じテントじゃ、まずいかな」

 深く考えずに六鹿が言う。


「そうしてもいいなら、助かるのう」と又旅は呑気に言う。


「了解」


「了解」

 また茶々が真似した。六鹿と又旅はそっと視線を交わし、笑った。

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