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「お前たち、よう来たの」
その声に聞き覚えがあることに、六鹿も気づいた。顔を正面からまともに見ると、第一印象よりも随分若いようだ。
「私の名前は又旅だ。ついておいで」
又旅と名乗る彼女に続いて森の中へ進むと、洞窟があった。その入り口の近くには、服が干してあったり、焚き火の後があったり、生活の形跡があった。
「この森にいれば、憑き物が来た時にみんなが教えてくれる」
洞窟は短く、一番奥まですぐに着いた。家具はなく、お菓子の箱や缶が隅に積み上げられており、そこに食べ物が備蓄されているようだ。食器や服は敷物の上に並べられている。人間が生活するには、随分と野生的な環境だ。目有はその光景に、衝撃を受けているようだった。
又旅に勧められて腰を下ろすと、彼女は洞窟を出ていった。入り口の焚き火でお湯を沸かしているようだ。入れ違いで、山彦が入ってくる。首輪の色が茶々と同じものだ。「茶々」と目有が囁くと、目有に近づき体をこすりつけて、「にゃんすー」と鳴いた。
「あの人は?」
六鹿がそっと尋ねると、目有は言葉を詰まらせながら、説明した。
「あの人は、私と同じ村の出身なの。私の……説明が難しいのだけど、家族よ。他の生き物に取り憑く呪術を使えるの。六鹿の家に茶々が来た時も、さっきの波山も、又旅が取り憑いていたの」
六鹿と四蛇は顔を見合わせる。
「そんな呪術があるなんて……」
「あの人とは、長い間会えなかったから……。ちょっと取り乱しちゃったけど」
目有は笑顔を見せる。
「連れて来てくれて、ありがとう」
考えてみれば確かに、憑き物がいる以上、目有がひとりでこの森へ来るのは無理だろう。同様に、又旅が一人で九頭竜国まで行くのも難しいだろう。今回のような方法で森へくることはできたかもしれないが、他の生き物の体を借りて会いに行ける以上、危険を冒す必要はないと判断していたのかもしれない。
「無茶しおって」
又旅が戻ってきた。彼女は、六鹿と四蛇の頭に、親しみを込めてぽんぽんと一度ずつ手を置いた。ずっしりとした重さを感じる。彼女の手は不思議と心地が良い。又旅は最後に、目有の頭もぽんと撫でる。目有がまるで子供のように見えた。
又旅の備蓄していた肉や野菜でスープを作り、夕飯を食べた。六鹿と四蛇には、又旅たちに聞きたいことがたくさんあったが、目有と又旅が熱心に話し込んでいるので、少し離れた場所で、二人の邪魔をしないように過ごした。
六鹿と四蛇は持参したテントで眠り、目有は物好きなことに、又旅と一緒に枯れ枝のベッドで眠った。憑き物が恐ろしくて寝られないかもしれないと思っていたが、目を閉じると、案外すぐに眠りに落ちた。
次の日、又旅はいつの間に術を使ったのか、茶々の姿で現れた。目有は六鹿と同じように、後ろで髪を編み込んでいる。門を通るときに、六鹿のふりをするのだそうだ。口元には布を巻いた。万が一、門番が六鹿の知人の場合は、茶々に憑いた又旅が、六鹿の声を出すことで対応するのだという。悪知恵があれば、悪用できそうな呪術である。六鹿は、上手くことが運ぶのを祈った。
再会を約束し、目有は数匹の波山と又旅と共に、そこを発った。
又旅が戻ってくるのを待つ間、六鹿と四蛇は彼女の言いつけで、薪を集めて燃やす仕事をした。洞窟から少し離れた場所に、広場がある。そこで、波山の好物の燃えかすを作るのだ。波山は口から火を吹くが、その炎は手で触れられるほどの暖かさのため、自ら燃えかすを作ることができないそうだ。
作業を始めると、時々、知らない生き物が、二人の様子を見にきた。二人も興味津々で、しばしば作業の手を止め、きょろきょろと見回す。彼らは六鹿たちのことを又旅の友人だと分かっているのか、危害を加える様子はなかった。
作業に慣れてきた頃、突然、あたり一面に白い花が咲いた。
驚いた二人は、声を上げ飛び上がる。よく見てみると、それは花というよりも、半透明の白い手のように見える。地面を覆うように生えてきたそれは、森のある方向を指し示すように、一体となって波打つような動きをしている。
「これが、細手か!」
憑き物が近くに来た時は、細手という生き物が、危険を教えてくれると、今朝、又旅が言っていたのだ。
「細手の指す方に、憑き物がいるんだよね」
短く確認し合うと、二人は細手の示す方とは逆に走り始めた。足元には無数の細手が咲き乱れている。細手を踏みつけてしまうのではないかという懸念が頭をよぎったが、そんなことを気にする余裕はなさそうだ。
しばらく走ると、細手がいつのまにか前方を指していることに気づいた。挟まれてしまったのだろうか。四蛇が六鹿の手を引き、素早く横に曲がる。風のように木々の合間を走り抜けると、前方の木の上に縄梯子がかけてあるのを見つけた。通常の憑き物であれば、縄梯子を認識する頭はないだろう。二人は縄梯子に飛びつき、木の上へ登った。登り慣れていないため、足が縄に絡む。ようやく、太い木の枝が別れている部分に腰掛けると、息を整える。
遠くの方に、憑き物と思われる影を確認する。音を立てないように気を付けながら、じっとその影を見つめる。影はゆっくりこちらへ近づいてくるようだ。一体だけだろうか。
突然左の肩を叩かれ、六鹿は硬直した。
四蛇は今右側にいるため、手が届かないはずだ。ゆっくり首を回して振り返ると、そこにいのは、木の幹から生えた細手だった。細手は、「あっちと、こっち」と示すかのように、二方向を指す。二体の憑き物がいるという意味だろうか。六鹿は手で感謝の仕草をしたが、伝わったのかは分からなかった。
やがて、憑き物はこちらに気づかないまま、どこかへ去っていった。危険は去ったようで、細手の姿は、地面に吸い込まれていくように見えなくなった。
「又旅が心配だ」
洞窟へ急いで戻ると、又旅の姿は今朝と変わらずそこにあった。壁に背を預け、眠っているように見える。これが、ムネンコの術と呼ばれる、別の生き物に取り憑く術を使っている時の状態らしい。意識は茶々の体に憑依しているが、体は意識を失ったままになる。
燃えかす作りに戻ってしばらくすると、洞窟から又旅が出てきた。術を解いたらしい。目有が無事に帰れたと聞いて、二人はひとまずほっとした。茶々は、波山たちと一緒に帰ってくるらしい。
「あの、今更なんだけど、又旅は目有とどういう関係なんです?」
四蛇が尋ねる。
「ああ、あの子の母親、兼、姉だね」
「というと……?」
又旅の言う意味を掴めず、四蛇が重ねて尋ねたが、「言葉通りさ」とあっさりした返答が返ってきた。
又旅は、どう見ても、目有の母親の年齢には見えない。本当は目有の姉で、親がおらず、母親の役目も担っていたという意味だろうか。もしそうだとすれば、素直に姉だと言いそうなものだ。呪師のことだから、複雑な事情があるのかもしれない。又旅か目有が、話す気になった時に、教えてもらおう。
言ってしまえば又旅は、怪しい術を使う、出会ったばかりの女性だが、目有のあの態度のこともあってか、又旅に対する不信感はなかった。昔、波山に憑いて助けてくれたことについて、深く感謝してもいた。




