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結局、目有が森へ行きたがる理由は、分からないままだった。彼女の強い希望があって、半ば押し切られるような形で、準備は進められていった。
六鹿と四蛇は、仕事に使っている丈夫な鞄をいくつも並べて、旅に必要なものを家中からかき集めた。それからひとつずつ、本当に必要かどうかを二人で話し合いながら、丁寧に詰めていく。六鹿は一番好きな小説を、四蛇はおしゃれな重たいベルトを諦めた。
荷造りが大方済んで家の中を見回した時、なんでもできるような、自由に満ち溢れた気持ちになった。荷物を厳選するときはあんなに迷ったのに、今なら、手ぶらでどこへでもいけるような気持ちだ。それでも、荷物を背負ってみたら、こんなに重たい荷物を持って、果たして旅を続けられるものかと、不安になった。それで、紙一枚でも減らせるように、六鹿はまた初めから荷物を見直した。
浮文紙帳と呼んでいる、親しい人の浮文紙をまとめた帳簿についても、六鹿は厳選した。旅の途中で連絡する必要性がある人以外を抜いていくと、最後にはわずか数枚になった。
出発の日、六鹿は目覚めるまでに何度も夢を見た。早朝にはっきり目を覚ますと、夢の内容はもう覚えていなかった。気が昂っているのを感じて、準備をしながら何度も静かに深呼吸をする。四蛇も、まじめな顔をして起きてきたきり、ずっと無口だ。今日は出発の日にふさわしい、からっとした晴れだ。
六鹿の家の居間に三人が集まると、しばらくして玄関の扉がノックされた。目有が扉を開けると波山が立っていた。
「ほんとにきた」
四蛇ががたりと椅子を鳴らす。波山は両足を揃えてぴょんぴょんと部屋の中へ入ると、目有に抱かれて机の上に乗せられた。大きなため息と同時に長い嘴から炎がちらつき、六鹿と四蛇は慌てて身を引く。
「あの、お久しぶりです。あの時は、本当にお世話になって……」と六鹿は話しかけたが、波山にはまるで聞いているそぶりがない。機嫌が悪そうだ。本当に以前出会った波山だろうか。波山の見分けはつかないので、六鹿には分からなかった。
「本当は来たくなかったんだが」
「すみません」と六鹿が謝る。
「お前たちが悪いのではない」
波山は怒りをぶつけるように、目有の方へ向かって、嘴から炎を吐いた。六鹿と四蛇は椅子から落ちそうになるほど身を仰け反らせたが、目有は平気な顔で「えへへ」と笑った。どういうわけか、すごく嬉しそうだった。
四蛇は、波山がやはり茶々に似ていることが気になったが、今それを言及する時ではない気がして、黙っておいた。
家の前には、目有が借りてきた車が停まっている。燃料代と車を借りる代金は、目有が負担してくれるらしい。六鹿も負担すると申し出たが、目有は頑固に断った。運転席には六鹿、助手席には四蛇が乗った。車のエンジンをかけると、波山が飛び立つ。
窓から車庫に置いていく遊型車を見ると、なんだか申し訳ないような気持ちになる。留守の間、家を頼むね。六鹿は遊型車をじっと見つめた。
一行は、北へ向かって二時間ほど街を走った。何か大切なものを忘れているような、そわそわした気持ちが不快だ。家に帰れるのはいつになるか分からない。整頓や掃除をもっときちんとしてきた方が良かったのではないか。挨拶し忘れた人がいるのではないか。六鹿はさっそく、うじうじした。
途中で軽食を取り、やがて白壁の門にたどり着いた。門を通過する際、目有は後部座席の足元に体を隠し、やり過ごした。門番は珍しく女性で、六鹿の顔見知りだった。二言三言交わし、通り抜ける。目有が帰る際は、門番が彼女ではないことを祈った。
門を出てしばらく行くと、前方の上空に鳥のような影がいくつか見えた。先ほど家に来た波山と、数羽の仲間たちだろう。空は白っぽく、ひどく眩しく感じた。
運転を交代しながら、波山の先導に従って進み続ける。道はやがてなくなり、車の揺れは激しくなった。憑き物が現れたらすぐに逃げられるよう、林や岩場を避け、できるだけ開けたところを走る。途中で何度か波山が降りてきて、右に大きく回れだの、しばらく停止しろだの、指示を出した。おかげで、憑き物に出くわすことは一度もなかった。
国の北の方へ仕事で来たことはあったが、こんなに遠くへ来るのは初めてだ。助手席に座って遠くの空を眺めていると、前方に油隠様が見えた。どうか、私たちを守ってください。本物の油隠様に会ったことはなかったが、勝手にそう願っておいた。
日が傾きかけた頃に、森の端に着いた。車を停めて荷物を下ろし、波山の先導の元、さらに奥へ進んだ。道のないところを無理やり進んだため、鞄や服に、何度も小枝が引っかかる。いったいどこまで進むのかと疲労を感じ始めた頃、少し開けた場所に到着した。誰かが滞在した跡がある。
「みんな、ありがとう」
しゃべる波山が、他の波山にお礼を言った。他の波山は人語を話せないらしい。波山たちは、嘴をゆっくり上下させると、思い思いの場所に散った。
「ありがとう」
目有がその後ろ姿に深く頭をさげたため、六鹿と四蛇もそれに従いお礼の言葉を口にした。波山たちはどこかへ行くのかと思ったが、少し離れた場所で佇んでいる。
六鹿と四蛇は荷物を下ろすと、木の根にこしかけた。いつのまにか、しゃべる波山がいなくなっていることに気づく。目有はなぜか、立ったまま森の中を見つめている。その横顔がひどく緊張しているように見えて、六鹿は不安になった。様子が変だ。
がさがさと木々をかき分ける音がしたので、ぎくりとそちらを見ると、人間が現れた。
二人が思わず腰を上げるのよりも先に、目有が飛びつくように近づいた。目有はその人物の肩を両手で掴み、顔を食い入るように見つめると、その場で泣き崩れる。六鹿と四蛇は、初めて見る彼女の姿に、言葉を失った。
ぼさぼさの白髪、土で汚れた肌、色褪せた薄い服。一見性別すら分からなかったが、よく見ると女性のようだ。その女性は、目有の肩を優しく叩く。目有は嗚咽を上げながら膝を立てると、その人物を強く抱きしめた。




