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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第三章 六鹿と四蛇
20/124

3-1

 五馬が生きている。


 それを聞いた六鹿の中に、希望が生まれるのと同時に、それを拒絶する気持ちも生まれた。

 気持ちの整理がつかないまま、「どうして五馬が生きていると?」と問う。


「いや、その前にこいつは誰で、どうして五馬のこと知ってるんだよ」

 四蛇が山彦を指さしながら、目有に尋ねる。


 目有は説明しようと口を開いたが、いったいどこから話すべきかと迷ったあげくまた口を閉じた。話すことは用意してきたはずだが、予定外の展開にすっかり混乱してしまったのだ。


「こいつが、五馬の言ってたしゃべる山彦か?」


「わしは、茶をいただこうかな」

 山彦が、誰の言葉も聞こえないかのように、お茶を要求した。六鹿はその奔放な態度に驚きつつも、山彦の前に平皿を出し、熱いお茶を注いでやった。山彦はまるで人間のように、それに息を吹きかけて冷ますと、ぺろぺろと飲む。


 いくらか落ち着きを取り戻した目有は、説明を始めた。この山彦は、昔五馬が会ったしゃべる山彦であること。目有と山彦は同じ村の出身であること。木彫りの人形はアヌ人形といい、その村で作られたものであること。人形が本物であるか確かめるために、山彦を招いたこと。もし人形が本物ではなかったら、何も言わず帰るつもりだったこと。


「それならそうと、話してくれれば良かったのに」

 四蛇が言う。


「そういうわけにはいかなかったの。私たちは、訳あって村を追われて出てきた身で、不用意にあなたたちを巻き込むわけにはいかないと思ってた。だから、そのときの詳しい事情は今も話せない。でもね、私がここにいることがばれたら、本当に、命を落としかねないの。冗談みたいな話だけど、冗談じゃないの」


 目有が嘘を言っているようには、見えない。想像以上の話の重さに、四蛇と六鹿は思わず黙り込む。


「だから、わしとこの娘のことは、口外無用だ」


 二人は頷くのを見て、目有は説明を続けた。


「アヌ人形には、二つの特徴があるの。一つ目は、この人形に書かれた名前の人の命に危険が及ぶと冷たくなる」


「それは知っているな」と四蛇が言う。


「ええ」


「二つ目は、その対象の人が命を落とした時、粉々に砕けるの」


 沈黙が降りる。

 目有は、六鹿と四蛇がその事実を理解するのを待った。


「その呪術が、すでに解けている可能性は?」と六鹿が言う。


「呪術については、その小娘よりずっと詳しいが、その呪術がかかっているとみて間違いないようだ。呪術の対象となるには、自分の手で自分の名前を人形に書くことが条件になるが、わしはあのボウズがその手で名前を書いているのを見た」

 山彦が、拍子をとるように尻尾を動かしながら、言った。


「まあ、お前たちがわしを信じるなら、だが」


「すみません、私、まだお名前もうかがっていませんでした」


「……茶々(チャチャ)だ」


 なんとも可愛らしい名前だ。「ちゃちゃ」と四蛇が復唱する。


「山彦って、ばーさんみたいなしゃべり方なんだな」


「誰がばーさんだ」


 四蛇のように軽口を叩く余裕が、六鹿にはなかった。


「庵老師が嘘をついたということ……?」


 六鹿はひとり呟いたが、「五馬が生きているなら、そういうことになるな」と茶々が答えた。その辺の事情について、既に目有から聞いているようだ。


 六鹿と四蛇は、五馬の罹ったハカゼという病の治療のために、庵霊院という場所にいる庵老師という人物を訪ねたことがある。残念ながら、五馬は既に治療できる状態ではなく、庵霊院で息を引き取ったのだった。ハカゼは不治の病と言われており、庵老師という呪師が唯一の希望だった。


「五馬は今、どこにいるんだろう」


 四蛇がそう言うのを聞いて、五馬が生きていることを前提に話を進めることに、なぜか焦りを感じた。


「庵霊院にいて、帰れずに困っているのかな」


「それは一番楽観的な考え方だな」と茶々。


 目有は時計を気にしていた。何度もジュースを口に運び、六鹿と四蛇を見守る。六鹿は先ほどから、深刻な顔で俯いている。彼女なら、すぐにでも探しに行くと言うかと思ったが、五馬のことは、彼女の中ではまだきちんと向き合うことができていなかった部分なのかもしれない。六鹿は、他人のためなら、自分を犠牲にしてでも助けるような人だ。目有はそんな彼女に対して、少しだけ嫉妬の気持ちがあった。目有が選ばなかった生き方をしているから、羨ましいのだ。


 六鹿は、必死に考えていた。五馬は本当に生きているのだろうか。目有が嘘をついている可能性はないとしても、この茶々という山彦が嘘をついているのかもしれない。もしくは、何か勘違いをしている可能性もある。人形に呪術なんてかかっているのだろうか。本当に、希望を持っていいのだろうか。


「五馬が生きているというのは、どのくらい確かなのでしょうか」


 六鹿に興味深い視線を送っていた茶々が、「半々だな」とあっさり言った。


「いくらでも可能性がある。この土地には呪師もいるし、わけのわからん憑き物だとかノウマだとかもいるからな。説明のつかん事象だらけだ」

 困り果てたようにそう言う。


 思いの外、小さい可能性だったので、六鹿は拍子抜けした。そして、拒絶の気持ちが生じた原因に気づいた。私は、もう一度五馬を失うのが怖かったのだ。五馬がハカゼに罹った時も、五馬を庵霊院へ連れていく時も、恐ろしくて仕方がなかった。生命力にあふれる五馬のすぐ傍に死が忍び寄っているという、強烈な違和感に、六鹿は耐えがたいほど恐怖していたのだ。


 ノウマから、六鹿と四蛇を庇うようにしてハカゼに罹った五馬。自分の行動によっては、もしかしたら救えたのではないかと考えると、真っ暗な世界に叩き落されるような心地になった。五馬が帰らぬ人となった時、六鹿はその身体を庵霊院に置いてきたのだ。あの時は、そうするしかなかったはずだが、本当にそうだったのだろうか。五馬の死から、逃げただけではないだろうか。


 私は今、彼が生きている可能性を通して、五馬の死を目の前に突き付けられ、その恐怖を思い出したのだ。自分の臆病さに怒りが湧き、唇を噛む。ほんのわずかでも生きている可能性があるなら、探しに行くに決まっている。


「探しに行こう」

 六鹿がそう言うと、四蛇がしっかりと目を見て頷いた。四蛇への感謝の気持ちが湧く。


 思えば、命の危険がある場所に住み、危険な仕事を続けているのは、自虐的な気持ち良さがあった。自分を責め、悔いる気持ちが中和されるからだ。生まれつきの性格なのか、何かに償いたいという抽象的な気持ちはずっとあったが、五馬の件でそれが増幅したように思う。


 その生き方に、長いこと四蛇を付き合わせてきたのだ。自分とは対象的に、四蛇は立派に育ったと思う。たまに、彼の中に五馬の面影を見ることがある。彼は私とは違い、強く優しく育った。


「今の生活を捨てることになるかもしれんぞ」

 茶々が、静かに言う。


「分かってます」


 二人の決意を確かめると、目有が言った。

「じゃあ、もう少しだけ詳しく、私たちのことを説明するわね」

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