2-11
「句朗、単刀直入に言うが、向こうについても、白駒の中に残っていて欲しい」
史紋が、厳しい顔つきで言った。
「普通の憑き物ならともかく、今回は顔付きが相手だ。今いる桂班と蘇鉄班では、全員でかかっても仕留めることができるか分からない。まだ調子を取り戻していないお前だと、命を落とすかもしれないし、他の人間を危険にさらすかもしれない」
「分かりました」
句朗は短く答えた。
「何かできることがあったら、なんでも言ってください」
聞き分けの良い句朗に、史紋は少し意外な顔をして「分かった」と言った。
白駒は既に速度を上げて走っており、国の外れまであっというまにたどり着いた。しばらく霧雨の中を進み、それが明けると急に白駒が揺れだした。整備された道を外れたのだろう。
白駒は名法師の術で動いているとのことだ。こんな遠くまで呪術で操作できるのは、とてつもない能力の持ち主であることを明確に示している。油隠に存在する呪師は希少だが、その中でも力の強い呪師なのだろう。
やがて白駒が止まると、桂班の三人は待ちきれないように飛び出した。句朗も白駒から降りる。三人は顔付きがいると思われる方向へ、走って行き、その後を翠羽隊の隊員二人が、追いかける。既に怪我人が出ているのだろうか。いずれにせよ、このまま顔付きが街の方へ近づいてきたら、大変なことになるのだろう。
遠くに、顔付きと思われる大きな影が見えるような気がするが、あれがそうなのかは、はっきり分からなかった。戦いを見たい気持ちは強かったが、句朗はひとまず白駒へ戻った。
一人だけ残っている翠羽隊員は、忙しなく浮文紙に何かを書き付けている。連絡係ということだろうか。何か手伝うことがあれば言ってほしいと伝えたが、その言葉すらも邪魔になるのではないかと思うほど、忙しそうだった。
句朗は、白駒の脇から、顔付きと思われる影を見つめることしかできなかった。少しずつ動いているような気がするが、蒼羽隊が劣勢なのか、それとも優勢なのかすら、分からなかった。
やがて、少し離れた位置に黒駒と呼ばれる黒い方の乗り物も到着した。蘇鉄班だろうか、青いスカーフを巻いた人間が数名走っていくのが見えた。
その後から、大きな装置を引いた人間が数名追いかけるのが見えた。火炎放射器か何かだろうか。
「句朗さん」
白駒に残っていた翠羽隊員に声をかけられる。こちらの名前を知っているようだが、彼のことを覚えていないので申し訳ない気持ちになった。
「黒駒の方にいるリオコに、白駒の位置を後ろに二百ほどずらすと伝えてくれませんか」
「リオコ?」
「黒駒の中に残っているはずです」
「分かりました」
句朗はすぐにかけ出したが、翠羽隊の彼は、その足音を聞きながら、どうして浮文紙を使わないのだろうと、内心首をかしげた。彼は、句朗が白紙に返ったことも、木偶を持ち合わせていないことも、知らなかったのだ。
「リオコさん」
リオコは黒駒の中で、浮文紙での対応をしていた。ぼさぼさの金髪をした、女性だった。緑のスカーフは首に巻かず、ねじり上げて腕に巻きつけている。さらには制服ではなく黒いタンクトップを着ている。句朗を軽々と抱っこできそうな、立派な筋肉を持っているようだ。こちらを振り返ったその顔があまりに険しかったので、体に緊張が走った。
「白駒の方に残った翠羽隊員からの伝言で、二百ほど後ろに下がるそうです」
リオコの表情は険しいまま、何も言わなかった。戸惑っていると、彼女は句朗の顔ではなく、黒駒の出口から、さらに向こうを見ているようだ。
突然、句朗を押しのけて外へ飛び出すと、「来い!」と叫んで走り出した。
白駒が倒れているのが見えて、血の気が引いた。白駒のすぐ近くには、白駒の半分ほどの大きさの、四足歩行型の憑き物がいた。顔付きとは、別の憑き物が現れたのだ。
句朗は、自分の責任を感じながら、無我夢中で走った。リオコは憑き物と距離を置きながら、倒れた白駒を起こそうとしていた。残された隊員の名前を叫んでいるが、句朗には返事が聞き取れなかった。
句朗は鞄からナイフを取り出し、獣の形をした憑き物の脇腹に突き立てた。
刃はざっくりと突き刺さったが、憑き物が体を翻した時に、そのまま手を離れ持っていかれてしまった。
すぐに木槌を取り出し、憑き物と対峙する、憑き物が飛びかかってくるのを横にかわし、木槌を打ち付けるタイミングをうかがっていたが、憑き物から逃れるので精一杯だった。それに、小さく短い木槌では、ぶつけること自体が難しく、ぶつかったとしても身体がへこんだ程度では憑き物は止まらないだろう。動きを止めるには、体をばらばらに破壊できるような大きな武器が必要だ。
「句朗!」
名前を呼ばれ振り返ると、リオコが大きな木槌をこちらへ投げた。どうやら白駒に常備してあるもののようだ。
彼女自身も同じ武器を持ち、憑き物を挟んだ反対に回り込む。言葉にならない声を漏らしながら、句朗は憑き物に殴りかかった。




