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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第二章 句朗
17/124

2-10

 名法師とヨアとリアの三人は、本部の裏の大きな屋敷で暮らしているらしい。裏口から出て、大きな階段をのぼると、その建物はあった。その屋敷の周りは、なぜかとても静かに感じた。


 屋敷の扉は堅固な作りで、鍵が閉まっている。事務員がベルを鳴らすと、しばらくして扉が開いた。


 突然、鮮やかな青が目の前に現れる。くりんとした澄んだ瞳と目が合い、句朗は一歩後ろに引いた。扉を開けてくれたのは、同じくらいの身長の少年だった。褐色の肌に明るい青の髪。あまり見たことのない人種だ。どこか遠い土地の人だろうか。


「どうぞ」と少年は二人を招き入れると、しっかりと扉を閉めた。


 ホールはがらんとしていて、やはり人気を感じなかった。家具らしい家具もない。住居というよりは、研究所や博物館のような様子だ。


 二人は青い髪の少年に続いて、屋敷の奥へと進む。少年はある扉の前で止まると、脇へ避けて気をつけをした。

 この先に名法師たちがいるようだ。事務員は素早く句朗の身だしなみを確認すると、扉をノックした。「どうぞ」という声を聞き、ゆっくり扉を開ける。


 そこは広い応接間のような場所だった。正面に三人の女性が離れて座っている。


「失礼いたします。先日白紙に返った句朗を連れてまいりました」


 事務員と句朗は、部屋の中央に進み出た。句朗は挨拶の言葉を準備しておらず、とりあえず深々とお辞儀をした。


「そう」と呟くような声がしたが、三人のうち、誰が発したのかは分からなかった。


 顔を上げたが、誰も言葉を発さない。なにかまずいことをしてしまったのかと、句朗は不安になる。


 中央の女性が名法師様なのだろう。想像していたよりも、随分若かった。髪が長く、華奢で、鮮やかで細かい作りの装束から除く手首は、とても細かった。顔は表情に乏しく、不気味にさえ感じた。この厳かな雰囲気は、彼女が作り上げているに違いない。


 左右の女性は、顔がよく似ていた。その二人がヨアとリアなのだろう。たしか、ヨアが姉でリアが妹だったはずだ。

 右の女性は生真面目そうに見えた。装束をきっちりと着こなしている。わずかに眉を寄せているが、これが彼女の普段の表情なのかもしれない。

 左の女性は、若く美しかった。唇と頬には赤みが刺し、緊張に満ちる空間の、唯一の救いのように見えた。三人とも、軍隊の総督と副総督にはとても見えなかった。


「どうぞ、かけて」


 そう言ったのは右側の女性だった。二人が椅子にかけると、「この方が名法師様、あちらが妹のリア、私がヨアです」と紹介する。いつのまにか、先ほどの青髪の少年が名法師の横に現れて、こちらをじっと見つめている。


「大変だったでしょう、記憶をなくされて」

 リアが言った。心から気の毒に思っているようだ。


「ここの人たちは、親切な人ばかりだから、安心してね」


 リアの言葉には優しさを感じたが、ヨア、名法師、後ろの青髪の少年が無表情なのが気になって、なんだか居心地が悪かった。気をつけてという入の言葉を思い出す。


「はい」とだけ硬い表情で返事をする。


 また沈黙が降りる。こっそり名法師を観察していると、ゆっくり瞬きをし、目が合った。思わず目を伏せる。名法師がやっと口を開いた。


「今日、あなたを呼んだのは……」


 名法師が言葉を止めたのは、事務員の木偶が高く舞い上がったためだ。事務員は目の前に浮かび上がった木偶をぱっと掴んで引き寄せると、小声で「後にしなさい」と呟いた。木偶はすごすごといった様子で、事務員の髪の中へ戻っていく。


 視線を戻すと、名法師は横を向いていた。気分を害したのかと心配したが、そうではなく、青い髪の少年の様子をうかがっているようだ。少年は浮文紙を掲げて読んでいる。


「煙雨街の北に、顔付きが現れたようです」


「大変だわ」とリアが悲痛な囁きを漏らし、名法師はさっと席を立った。

 こちらを見もせず、後ろの出口から姿を消す。軍隊の乗り物は、名法師が呪術で動かしているため、その準備を急ぐのだろう。事務員の木偶が反応していたのも、おそらく同じ知らせを受けたからなのだと察した。


「今待機しているのは、彼を除いた桂班と蘇鉄班だけですか」

 ヨアが句朗を指して、事務員に尋ねる。


「え、ええ。そうです」


「忍冬班が到着しないと危険ね」

 そう独り言を言いながら、ヨアも立ち上がる。


「私も失礼するわ。また今度ね」

 リアがこちらに手を振ると、扉のところで待っていたヨアと共に、その先へ消えた。仕方がないので、事務員と句朗もその部屋を出る。


「僕も、行ってもいいですか」

 事務員に言ってみると、彼女は首を振り言う。


「あなたは白紙に返ったばかりなので、やめた方が良いでしょう」


「でも、行きたいんです」


「足手まといになるかもしれませんよ」


 事務員には彼女の仕事があるのだろう。急ぎ足で歩きながら、多少鬱陶しそうに対応する。


「お願いします。傍で待機しているだけでもいいです」


「班長が許すのなら、勝手に行くのは構いませんけど」


「ありがとうございます。どこへ行けばいいですか」


「俺が案内しますよ」


 そう声をかけてくれたのは、青髪の少年だった。事務員は何か言いたそうにしていたが、自分の仕事の方を優先し、足早に立ち去った。


「走って、部屋へ道具を取りに行くんだ。俺は、渡り廊下を渡った先の、一階の広場の前で待ってる」


「ごめん、ありがとう」


「走って!」


 句朗は、一度自分の部屋へ戻り、仕事道具の入った鞄二つをむんずと掴んで引き返すと、青い髪の彼の後について、駒乗り場へやってきた。

 四足歩行の動物を模した大きな乗り物が二つある。一つは黒、もう一方は白く塗られていて、胸と胴の横に装飾があしらえてある。足の部分には巨大な車輪が取り付けられている。二匹の動物は首を凛々しくそらして、遥か彼方を見つめている。


「句朗!」


 白駒と呼ばれる、白い方の乗り物の脇腹あたりから、史紋が顔を出して手招きした。

 中に乗り込むと、すでに桂班の他の三人が揃っており、他にも翠羽隊の隊員が三人乗っていた。みな緊張した顔つきをしている。青い髪の彼にお礼をするのを忘れていたと気づいたとき、白駒が動き出した。

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