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訓練場は食堂のある広場からそんなに遠くはなかった。建物に入ると、シャワーや更衣室、武器庫、倉庫などがあった。武器庫では入が女性の翠羽隊に挨拶していたが、もちろん句朗には誰なのか分からなかった。ただ、句朗は巨大な火炎放射器に興味津々だったため、それどころではなかった。
「よく燃える種類の憑き物もいるから」と入が教えてくれた。入は簡単に施設を紹介すると、次の紹介へ向かった。
いったん外に出ると、また別の建物に入った。そこはとても広い空間だった。檻がたくさん置いてある。いや、金網で広い空間が区切られていると表現すべきだろうか。金属のぶつかる音や鎖のじゃらじゃらという音がうるさい。檻の中には、憑き物がいる。
「昔、この本部は学校だったんだ。ここは運動場だね」
入が少し声を張り上げて説明する。
「煙羅国が蒼羽隊を迎える時に、名法師の希望でこの場所が選ばれたらしい」
入が歩き始めたので、辺りを見回していた句朗は慌てて追う。
「この辺の憑き物が一番小さい。ここで訓練しよう」
入が立ち止まった檻の前には、小さな憑き物が何体かいた。句朗の膝くらいの大きさで、四つの足を持つ獣のような形をしている。足は木の枝が集まっており、体は泥が塗り固められたようにすべすべしている。頭はなく、それがあるべきところは、少し盛り上がっているだけだった。
入は分厚い手袋をつけて、鞄から取り出した金槌を持つと、檻の鍵を開けた。憑き物がいるところに入るには、もう一つ扉がある。入に促され、彼女と同じように装備をして、檻の中に入る。句朗はそこで待つように言われ、入は憑き物のいるところへ入って行った。
「気をつけて」と思わず声をかけたが、当然入にとっては、この程度の憑き物であれば、恐れるに足らないのだろう。
「なんだか別人みたいだな」と独り言のように入は言ったが、句朗の耳には、わずかに冷たく響いた。
憑き物たちは、獰猛な勢いで入に襲いかかるが、彼女はいとも簡単に、憑き物を砕いていく。体が砕けても動き回ろうとするので、彼女は丁寧に細かくその体を破壊していく。あっという間に、入の周りには、憑き物の体の欠片の山ができた。残された数匹の憑き物は、他と比べて賢いのか、遠くでうろうろしながら入を眺めている。
「すごい」と呟くと「こんなのに手こずっていたら仕事にならない」と言った。
本当のところ、入が憑き物を砕く時に、目を背けたいような衝動に駆られたのだが、仕事をする上で、慣れていくしかないことなのだろう。
「入ってきて」
入に言われ、句朗は檻の中に入った。
「残りを片付けてみなよ」
入と同じように動いたつもりだが、憑き物への恐怖は簡単にぬぐえなかった。へっぴり腰で、金槌を必要以上に振り回し、何とかやっつける。たった数匹と戦っただけなのに、心臓がどきどきした。足に何度か憑き物の頭突きを食らい、じんじんと痛い。
入は木と土の山から何かをひとつ拾い上げると、句朗に差し出して見せた。
「芯石だよ」
歪な形をした小石のように見える。想像していたよりも小さく、平凡だった。
この芯石は、憑き物の身体に一つずつ入っている。憑き物がひとりでに動くのは、この石に術がかかっているかららしい。この術を解かない限りは、何度も憑き物の身体は再生する。トアリスの仕事は、憑き物を破壊した後に、芯石の術を解くことだ。その解呪の術のことを甘依の術と呼ぶ。
「憑き物はあまり賢くないんだね」
「普通のはね。顔付きだと、全然違うよ。破壊したことあるけど」
顔付きとは、ある種類の憑き物を指した名称だ。知能があり、顔がある個体もいる。身体の作りや材質が、普通の憑き物とは明らかに異なるそうだ。
通常、顔付きが現れた場合は複数の班で対応するらしい。それでも死者が出てしまうほど、恐ろしい存在とのことだった。
「まず、甘依の術を教えるよ。白紙に返ったトアリスは、術が使えなくなることがよくあるから、できなくても落ち込まなくていい」
入はあらかじめそう言うと、両手を前に差し出し、握り拳を作った。「真似して」句朗は真面目な顔で入の動作を真似した。
入は、握り拳を上下に重ねると、右手だけを大きく円を描くように動かし始めた。石臼で粉を引く時の動作に似ている。
「そう」句朗の動作を横目で見ながら、頷く。
「私の場合は、一緒に呪文も言っているんだ。昔、教えてもらったやつ」と説明し、小さな声でなにやら呪文をぶつぶつと呟いた。
句朗は聞こえるがまま、同じように呪文を呟きながら、入の動作を真剣に真似していたが、「まあ、そんな感じ」という期待していない声に気が削がれた。
「呪文は必要というわけではなくて、集中する効果とか力を高める効果があるみたい。一番大事なのは、想像することなんだ……」
その時、急に何かを思い出したのか、入が「そうだ」と顔を上げた。
「私の……」と言いかけて、口にしていいのか迷ったらしく、躊躇ったあと、慎重に言った。
「私の頭の上に、何か見える?」




