2-5
広場に出た。大きな建物の中をくり抜くように、設計されているようだ。広場には机と椅子が並んでおり、その中心には突き出す様に、厨房と思われる建物が建っている。厨房の外側はカウンターになっており、そこで食べ物を受け取るらしい。
お金を持っていないことに気づいた句朗が、史紋にそう伝えると、今日は奢ってくれるらしい。
カウンターの向こうのおばさんが、にこにこと笑いかけてきた。胸に緑のリボンをつけている。自分とよく知った仲なのかとも思ったが、全員に愛想がいいおばさんなのかもしれない。
「なんにする」
大きな献立表が貼り出してある。句朗は焼いたワイラの肉が乗った粥と、傘音の勧めで、花で作ったお茶を注文した。史紋の木偶が、自らカウンターのくぼみに収まる。それでお金が払えるらしい。
「鍵と同じような仕組みだが、正確には、この木偶は俺のだって証明しているだけだ。金額はちゃんとレジで控えられて、帳簿から差し引かれる仕組みになっている」
お盆を持って席へ向かいながら、句朗は史紋にお礼を言った。粥を食べながら、句朗はやっと空腹と食欲を思い出した。食べているうちに、これでは足りないと思ったが、さすがにおかわりを要求はしなかった。
ふと、入が食事の手を止めて遠くの方を見つめた。傘音がそちらを見て「珍しい」と呟く。
視線の先を追うと、離れて歩く二人組が見えた。ひとりは屈強な巨体を持つ男で、首に青いスカーフを巻いている。もうひとりはしゃなりしゃなりと歩く線の細い男だ。こちらは手に青いスカーフを握りしめている。広場を横切ろうとしているのか、こちらの方へ向かって歩いてくるようだ。顔が見えるところまで来ると、二人とも眉間に深いしわを寄せているのが見えた。先に体の大きな男が歩き、連れだとは思われたくないのか、距離を開けて後ろの男が続く。誰も声をかけられないような迫力があった。
二人が通り過ぎると、傘音が彼らを紹介してくれた。
「忍冬班の二人よ。すっごく仲が悪いの」
「蒼羽隊の中で、一番元帥に近いとされている男たちだよ。火湯と、羅愚来というんだ」
史紋が補足する。
「不死の蒼羽、火湯」
入が冗談ぽく言う。『不死の蒼羽』というのが、火湯という男の二つ名なのだろうか。
「仲は悪いけど、一番仕事ができる班だから、重要な任務や危険な任務の時は、いつも忍冬班が担当するの」
「羅愚来もよく記憶を失うよ」
入が口をもぐもぐさせながら、言った。
「たぶん一番記憶をなくしているのは羅愚来じゃないかな。あの、後ろを歩いていた方」
「僕は……」と言いながら、自分の一人称は『僕』だっただろうか、という考えが過ぎったが、気にせずそのまま言った。
「僕は、一度目?」
「そうだと思うけど」
よく知らない様子で、傘音はなぜか入を見た。
入は飯を頬張りながら小刻みに頷いた。入は自分のことをよく知る仲なのだろうか。青い手記には『馴れ馴れしい』と書かれていたため、懐かれていたのかもしれない。入と目が合うと、ぷいと逸らされてしまった。
お盆をカウンターに返しながら、句朗は懸念を口にした。
「史紋、申し訳ないんだけど、いきなり仕事ができる自信がないよ。仕事が始まるまでに道具を見たり、使ったりしてみたい」
「ああ、それなら、入。甘縒の術を教える時に、訓練場の案内もしてやってくれ」
入は指で肯定の印を作って見せた。
「真面目ね」と意外そうな顔で傘音がこちらを見た。
食事のあと、日用品の売り場へ向かった。史紋は誰かに呼び出されてどこかへ行ったため、女性二人と行動することになった。街で買い物をする予定があると言って、入も去ろうとしたが、傘音に引き止められ彼女も渋々ついてきた。
本部に常設された小さなお店には、日用品が一通り揃っていた。品揃えは少ないが、生活する分にはこれで十分だと思った。私物の少ない自室を思い浮かべる。「ここで買えないものは街へ買いに行ってね」と傘音が言った。
売り場の傍には、『ムラサキ屋』という仕立て屋があった。店の外から中を覗くと、数人の女性が忙しそうに働いているのが見えた。日用品の売り場よりも忙しそうだ。入り口の側にいた女性がこちらに気づき、傘音に手を上げて挨拶した。
「蒼羽隊と翠羽隊の制服はここで仕立てているの。指定された生地を使っていれば、自分の好きな形に注文できるよ。強度の面で口出しはされるけど」
傘音は手を広げて自分の服を見せた。傘音の少女のような振る舞いが少し意外で可愛らしいと思った。
彼女は、襟がひらひらしていて、袖が膨らんでいる変わった形の白いブラウスの上に、胸の上まで体に沿った、ぴったりしたワンピースを着ている。こちらは句朗の上着と同じ素材だ。スカートの丈は短く、腿まである靴下を履いている。あまり興味を持っていなかったが、かなり個性的で、おしゃれな服だ。
「たいていは、並んでいる服から形を選んで、自分の体に合わせて作ってもらうけどね」と入が説明した。
「クロちゃんはどうしていたのかしら」
遅れて、『クロちゃん』というのが自分のことを指しているのだと気づく。
「この人も、自分で考えて作っていたよ」
「まるで女房ね」
傘音のからかいの滲んだ言葉に、入は何も答えなかったが、句朗は動揺した。
そこで傘音とは別れ、入と二人になった。本部を抜けて外へ出ると、街の方へ向かう。丘の上から道が伸び、遠くの方が賑わっている。瓦や石の壁の色のおかげか、柔らかく温かい色味の街だ。
「街と呼ばれているのはマルバの宮のことなんだけど、国の中心で、宮殿もそこにあるよ」
入は立ち止まると、気怠そうに指さした。橙色の瓦屋根と白い壁の街が見える。
入は、町を見下ろしてしばらく思案する。何を考えているのかと思ったが、急に「買い物はやめる。君の部屋で話そう」と言って、句朗の返事も待たずに歩き出した。
句朗は口を挟もうかと思ったが、特にそれを断る理由が思い浮かばなかったので、黙ってついて歩く。
入は歩くのが早い。言葉を発さずに黙々と歩くため、途中で自分のことを忘れられているのかと不安になったが、入はまっすぐ句朗の部屋へ向かったので、そういうわけではないらしい。
躊躇うことなく扉をあけると、自分の部屋のようにベッドに腰掛けた。




