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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第二章 句朗
11/124

2-4

 扉がノックされる。

 窓を後ろにして句朗が待っていると、扉が開き、桂班の三人が入ってきた。

 先頭で入ってきたのは、長髪の男だ。


「体調は?」


「大丈夫です」


 男は固い表情をしたまま、「桂班の班長になった、史紋シモンだ」と自己紹介をした。


 後ろの二人は物珍しそうな顔で部屋へ入ってきたが、句朗の顔を見るとそっと視線を外し、思い思いの佇まいで班長の陰に隠れた。


「こっちが傘音」


 史紋は、まず隣の女性を紹介した。若い女性だ。その奇抜な見た目については青い手記に書かれていた通りだった。

 驚くのは失礼にあたるかと思い、自然な視線を心がける。前髪が赤く、それ以外の髪は白に近い金髪で、横でお下げにしている。毛先は浅葱色だ。顔の一部が赤く着色されている。左目を丸く縁取る様に、細かい模様が入っている。唇の色も真っ赤。顔の模様のせいで表情は読みづらいが、なんだか不機嫌そうだ。


「こっちが入だ」


 最後に紹介された入は、明るい栗色の髪の少年だった。物怖じしない態度でじっとこちらを見つめる。睨み付けられているような気もする。傘音と同様に黙っている。


 記憶を失うというこの事故が、班員にとってどういうふうに捉えられるものなのか不安がだったが、三人の態度をうかがった限りでは、あまり喜ばしくないということだけ分かった。


「入は、うちの班のトアリスでもあるんだ。句朗も、記憶が戻る前はトアリスだったんだが。トアリスは分かるか?」


「はい。でも、術が使えるか分かりません」


「ああ、心配しなくて大丈夫だ。いったん、入だけがトアリスとして動くつもりだ。ただ、三日間の休暇をもらっているから、どこかで時間を見つけて、術の練習をしてみてほしい。入、頼めるか?」


 入がこっくり頷くのを見て、「お願いします」と形式的に句朗も頭を下げた。


 顔を上げると、三人の表情がわずかに変わっていた。史紋はどこか悲し気な顔をし、傘音は曖昧な笑みを口元に浮かべ、入は苛立った様な表情を浮かべている。


「今は混乱することもあるだろうが、すぐに元に戻るだろう」

 史紋が優しく言う。


 元に戻る?史紋は何のことを言っているのだろう。

 句朗は少し困惑して入を見たが、彼は目を合わせない。


「青い手記はもう読んだか?」


「ええ、かいつまんで読みました」


 ふと、入と目があった。その鋭い視線に、警戒心が働く。句朗は意図的に視線を外した。


「また時間がある時に、ゆっくり読むといい。それと、あまり他人に見せない方がいい。浮文紙は分かるか?」


「はい」


 史紋は手に持っていた紙の束を句朗に渡した。白い方と、黄みがかった方の二冊がある。


「こっちが本部への連絡用で、こっちが班内の連絡用だ。誰かがここに書き込むと、全員の浮文紙に文字が浮かび上がる。新しい木偶が手に入ったら、一番上の紙だけ、その中に入れておくといい。ただ、外部の者の手に渡ることだけは絶対にないようにしてくれ」


「分かりました」


 句朗はそれを引き出しにしまった。


「あの」


 史紋に促され、気になっていたことを尋ねる。

「青い手記に、桂班の班員の一人として、鼓童という人の名前が書いてあったんです」


「ああ、そうだな。句朗が白紙に返ったのを機会に、班員の見直しがあったんだ。それで、俺が鼓童と交代で桂班に入った。鼓童という男は、今は蘇鉄班だよ」


 句朗は少しほっとしたが、三人を立たせているのも、取り囲まれているのも、なんだか居心地が悪くなってきた。それを察したのか、史紋が言った。


「次の仕事までの三日間で、いろいろと説明はするが、取り急ぎすぐに知りたいことはあるか?」


 知りたいことは湯水のようにあるような気がしたが、具体的に浮かんでこない。まずは親しみを込めて、こう質問した。


「みなさんのことはなんと呼べばいいですか?」


「傘音でいいわよ」


「俺も史紋でいい」


「入」

 そう短く答えた入の声を聞いて、句朗は動揺した。女の子の声だったのだ。


「飯にしよう」

 すかさず史紋がそう言った。


「お腹減った」

 ぶっきらぼうに入が言う。耳を赤くしている。もしかしたら、句朗の動揺を見透かされたのかもしれない。謝罪したい衝動に駆られたが、そんなことをするのはなおさら失礼だとは分かっていた。


「よし、食堂へ行こう。ついでにいろいろ案内する」


 部屋を出て階段の方へ向かうと、それを過ぎたあたりに遊戯室があった。この建物の二階の中心にあたる。遊戯室の中は薄暗く、煙草臭い。盤上ゲームや長椅子が無造作に置かれ、何人かがたむろしている。「蘇鉄班だ」と史紋が紹介すると、眠そうな顔をした髪の長い女性が体を起こしてこちらを見たが、何も言わずに元に戻った。彼女の横に鼓童らしき人影が見え、句朗は気づかれないように扉から離れた。


 階段を降りると、風呂場があった。遊戯室の真下にあたる。入り口には暖簾がかかっており、そこで男女に分かれているようだった。脱衣所に入ると、大きな洗濯籠があった。医務室の看護婦が言っていたのはこれのことだろう。洗濯をやってもらえるのは手間が省けるが、自分でやる方が、気が楽だと思った。


 風呂場を出ると、その出入り口のすぐ隣に掲示板があった。渡り廊下からこの棟を見て、正面に位置する。


「ここで仕事を確認するんだ」


 掲示板には大きな浮文紙が貼られ、そこに大きな表が描かれている。縦軸は人の名前、横軸は日付らしい。

 今日から三日間、句朗の欄には『休暇』、他の三人の欄には『待機』と書かれている。その次の日から、四人揃って『鳩車警護』と記載され、その下に集合場所が記載されている。鳩車の警護は三日間あるらしい。その次の日は『待機』『出張 アマビエ』『待機』『雉子車警護』と続く。桂班の四人は、基本的に同じ日程で仕事を組まれているようだった。


「基本的にはこの日程で動くが、当然緊急の任務もある。憑き物は予定通り動いてくれないからな。『待機』の日は、休みじゃなくて、突発的に発生する任務のために本部で待機している日だ。緊急の任務はここにも表示されるが、班内の連絡用の浮文紙にも表示される仕組みになっている」


 史紋が手を差し出すと、どこからか木偶が現れ、その上に乗った。史紋が木偶の上の部分を取り外すと、中に折り畳んだ紙が入っていた。


「ここに表示される」と紙を広げて見せる。

「こいつは優秀だから、紙に文字が浮かんだ時に、俺に教えてくれるんだ」そう言いながら、史紋は木偶を元の状態に戻した。


「木偶は、生きていませんよね?」

 念のため確認すると、「ああ、もちろん。これは全部、名法師様の傀儡だよ」と明快に答えてくれた。


「呪術で動いているということですか?」


「そうだ」


「人ひとりの呪術で、そんなことができるんですか」


 句朗が驚くと、史紋は眉を上げた。


「できてるね」


 日程表の隣には、手配書が貼られていた。女性の呪師の似顔絵が書かれている。句朗の視線に気づいたのか、「戦争もなくなるほどの油隠の危機だと言うのに、悪人はいなくならないのよね」と傘音がこぼした。


 渡り廊下を進み、本館と思われる建物へやってくると、歩きながら、史紋が「敬語を使う必要はない」と言った。

 句朗は顔を綻ばせ、「わかった」と言う。思いがけず本当に嬉しくて、句朗は自分の中の孤独に改めて気づいた。

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