29 カフェデート
それ以降、ドレスカタログは寝る前にベッドの上で、こっそり一人で見ることにしています。
恋愛小説のほうは、自分たちの王都デートの参考にしています。なぜなら、私は王都のことをよく知らないからです。
テオドール様も王都にいた頃は、仕事ばかりしていて遊んだことがないそうなので、物語の主人公たちが行った場所に行くことにしています。
「テオドール様、今度のお休みはカフェに行ってみませんか?」
「いいですね。店の希望はありますか? 貸し切りにするよう手配いたします」
「い、いえ、貸し切りにはしないでください!」
私は慌てて手に持っていた恋愛小説をテオドール様に見せます。
「ほら、こんな感じで、ふらりとお店に入って、二人でお茶をしたいんです」
「なるほど。これを再現するには、護衛の仕方に工夫が必要ですね」
そう言ったテオドール様は、恋人とは程遠い、補佐官のような顔をしてしまっています。
「カフェの客に護衛を紛れ込ませることができるのか、バルゴアの騎士たちと一度検討しますね」
可愛いカフェに、厳ついバルゴアの騎士たちが客としていたら、悪目立つして仕方ありません。
「そ、そこまでしていただかなくても……」
「シンシア様の安全が最優先ですから」
「あの、護衛が大変でしたら、貸し切りで大丈夫です」
こんな感じでデートの度に、なぜか毎回大事になってしまうのは、テオドール様の立場や性格上仕方ないのでしょうね。
私は、そんな真面目なテオドール様が大好きです。
カフェデートの当日。
私はテオドール様が贈ってくれた素敵なワンピースを着ました。お揃いでイヤリングやネックレス、靴まで買いそろえてくれています。
バルゴア領の服飾士たちが作ってくれたワンピースも大好きですが、やはり王都で売られているワンピースは洗練された雰囲気です。
着飾った私を見たテオドール様が「シンシア様、素敵です」と褒めてくれました。
頬を赤く染め、どこかうっとりとしているようなテオドール様は、今日も眩しいくらい輝いています。
「テオドール様も、とっても素敵ですよ」
貸し切りにしてくれたカフェは、上品な雰囲気が漂っていました。私たちを出迎えてくれたカフェ店員たちも、皆、どこか優雅です。
私の耳元でテオドール様が「王室御用達のカフェだそうです」と教えてくれました。
「王室……え?」
王室御用達のカフェを貸し切りにしたんですか?
それはさすがに、やりすぎでは?
でもテオドール様は公爵家の当主なので、王都ではこれが普通なのかもしれません。私が思っていたカフェデートとはだいぶ違いますが、あまり深く考えないことにします。
案内された席は、大きな窓から光が差し込んでいました。開放的な空間に、花や植物が飾られていて、華やかなのに落ち着きがあります。
「素敵なカフェですね」
そうテオドール様にささやくと、私を見つめる赤い瞳が嬉しそうに細くなりました。
「シンシア様に気に入っていただけて嬉しいです」
なんですか、その少年のような笑みは⁉
デートは始まったばかりなのに、私はもうすでにときめきすぎて苦しいです。
そうしているうちに、芸術品のように美しいケーキが運ばれてきました。
「わぁ、すごいですね」
「ここのシェフは、以前、王室に勤めていた者だそうです」
「王室……」
あれ? それだと、私が王宮でロザリンド様とお茶をしていたときと、あまり変わらないのでは?
「シンシア様」
考え込んでいた私は、名前を呼ばれてハッと我に返りました。見ると、テオドール様がケーキを刺したフォークを私に向けています。
「はい、あーん」
「え?」
驚く私にテオドール様は「見せていただいた小説ではこうしていましたよ?」と微笑みました。
「いや、それは、ヒロインがヒーローにしていてですね。これでは逆……」
「では、シンシア様が私にしてくださるのですか?」
「ええっ?」
こんな上品な空間で、そんなことを⁉
「店員さんたちがいるから、恥ずかしいです」
「どこに?」
「どこにって、そこに……」
きょろきょろと辺りを見回しても誰もいません。店員さんも護衛騎士もいなくなっています。
「いつの間に⁉」
「さすが王室御用達ですね」
「そ、そういうものなんですか?」
ニコニコしているテオドール様は、まだフォークをこちらに向けています。これを食べなかったら、テオドール様はまたしょんぼりしてしまうのでしょうか?
覚悟を決めて差し出されているケーキをパクッと食べましたが、緊張して味なんて分かりません。
顔が熱くて仕方ない私とは違い、テオドール様は涼しい顔をしています。私だけこんなに意識していて恥ずかしいです。
「わ、私には恋愛小説の真似は、まだ早かったようです」
テオドール様は、私の手をギュッと握りました。
「そんなことはありません。私もシンシア様がお好きな恋愛小説を熟読するなどして、しっかり学びました。今後は、どんな希望にも対応できます」
キラキラと瞳を輝かせているテオドール様。
「希望?」
戸惑う私の手のひらに、テオドール様はキスをします。
「君を他の男に渡すくらいなら、この場で君を攫ってしまおう」
「⁉」
どこかで聞いたことのあるセリフに、私の心臓が飛び跳ねます。それは、昨日私が読んでいた恋愛小説のヒーローがヒロインに言っていた言葉です。それをなぜか、テオドール様が再現してくれています。
「俺だけを見つめてくれ」
テオドール様の『俺』‼
「君の全てがほしい」
こ、声がよすぎる‼
ダメです、このままでは私の心臓が破裂してしまいます。
「そ、そういうのは求めていません!」
すごく上品なカフェに、私の必死な声が響きました。
「お気に召しませんでしたか?」
「そうじゃなくて……」
テオドール様は、私を喜ばせようとしてくれたのに、こんなことを言うなんて申し訳ないのですが……。
「その、他の人のセリフじゃなくて、私はテオドール様の言葉が聞きたいんです。だって、私にとってのヒーローはテオドール様だけだから。あなたの言葉じゃないと意味がないんです」
しばらく待っても返事がないので不思議に思い顔を上げると、テオドール様は片手で顔を押さえながら真っ赤になっていました。
「あなたの前では、常に余裕がある男でいたいのに……。どうしてこんなに難しいんだ」
そんな呟きが聞こえてきます。深いため息をついたテオドール様は、私を見つめました。
「愛しています。シンシア様」
その言葉は、先ほどのどのセリフより私をときめかせます。
「私もですよ」
テオドール様は、「実は」と照れるように視線をそらしました。
「私にとってもシンシア様は、ヒーローなのです」
「そうなんですね……って、ヒーロー⁉」
「はい」
え? ヒロインではなく?
なんだかいろいろ気になりますが、テオドール様がとても幸せそうなので、私はまぁいいかと流しました。
「えっと、では、私も言いましょうか? 私だけを見つめて、とか。他には、あなたの全てがほしい……でしたっけ?」
ガタッとテオドール様が椅子を鳴らしました。驚いて見ると、テオドール様の顔は、湯気が出そうなくらい赤くなっています。
「テ、テオドール様?」
コホンと咳払いしたテオドール様は、「やはり、こういうのは、自分の言葉で言うのが大切ですね」と言いました。
「そうですよね!」
「そうだと思います」
キリッとした表情が素敵です。
素敵なカフェデートを堪能しながら、私はこんな日がずっと続いてほしいと思いました。
もう二度とテオドール様がつらい目に遭いませんように。
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