28 公爵邸での暮らし
テオドール様と私が王都で暮らし始めてから数週間が経ちました。
部屋の改装がようやく終わったとのことで、今日、私たちは王宮から出て、ベイリー公爵家に移り住みます。
見送りに来てくれたロザリンド様は「ずっと王宮にいていいのに」と言ってくれましたが、一方的にお世話になり続けるわけにはいきません。
ロザリンド様は「シンシアは、私とお茶をしてくれているじゃない。一方的じゃないわ」と微笑みます。
「あれは私も楽しいからお返しになりませんよ。今まで王宮でお世話になったお礼に、私からローザ様にお返しできることはありませんか?」
「それなら、毎日王宮に遊びに来てほしいわ」
「えっ、ローザ様は勉強でお忙しいのに、お邪魔するわけには……」
少し悩んだロザリンド様は「じゃあ、一緒に勉強するのはどう?」と提案しました。
「勉強、ですか?」
「そう、私と一緒にシンシアも授業を受けるの。あなたと一緒だったら、私も勉強がもっと楽しくなるわ」
「いいですね、それ!」
さすがに帝王学などの難しいものはムリですが、王都のマナーやダンスなど、ぜひとも私も学ばせてほしいです。
週に2回王宮へ行き一緒に学ぶことを約束してから、私は馬車乗り場に向かいました。
私をエスコートしてくれているテオドール様が「さすがロザリンド様。しっかりシンシア様と過ごす時間を確保しましたね」と苦笑しています。
馬車に乗る前に、私は専属メイドであるジーナを振り返りました。
「ジーナも私たちと一緒の馬車に乗りますよね?」
ベイリー公爵家からお迎えに来てくれた馬車は一台しかありません。バルゴア領から乗ってきた馬車は、私たちの荷物を積んで先にベイリー公爵家に向かっています。
テオドール様が私の耳元で「ジーナは馬に乗れますよ」と教えてくれましたが、メイド服姿のジーナがスカートのまま颯爽と馬に跨るわけにはいきません。
心配する私に、ジーナは礼儀正しく頭を下げました。
「私はのちほど一人でベイリー公爵家に向かいます。お二人のお邪魔は、決していたしません」
「邪魔だなんて、そんなことありません。馬車は三人で乗っても広いくらいですよ?」
テオドール様は、私たちの様子を見ながらニコニコしています。それを見たジーナが「ひっ」と小さく悲鳴を漏らしました。
「シ、シンシア様。私のためを思うなら、馬車はお二人で乗ってください。お願いですから!」
ジーナに涙目でお願いされてしまい、私は「え? あ、はい」としか言えなくなってしまいました。彼女は未だになぜかテオドール様が怖いようです。
戸惑っている私にバルゴアの騎士のエドガーが話しかけてきました。
「お嬢、何かお困りで?」
「えっと、ジーナが私たちと一緒の馬車に乗るのを遠慮してしまっていて……」
「ジーナさんが⁉」
コホンと咳払いをしたエドガーは、ジーナをチラチラ見ています。
「あーその、シンシア様。俺でよければ、馬で相乗りしてジーナさんをお送りしましょうか?」
私がジーナに「どうしますか?」と尋ねると、ジーナからは少しの迷いもなく「結構です」と返ってきます。
「だそうですよ」
「ええっ⁉ いや、でも」
「結構です」
ジーナに2度もきっぱりと断られたエドガーは、がっくりと肩を落としました。彼は今、明らかに新しい恋の始まりを求めていましたね? まぁ、ジーナは性格がいいし美人だし優秀なので、気持ちは分かります。
エドガーが助けてほしそうに私に向かって「お嬢」と腕を伸ばしました。ジーナにその気がないのに一体どうしろと?
私に触れそうになったエドガーの腕を、テオドール様が叩き落とします。
驚くエドガーを無視して、テオドール様は私に微笑みかけました。
「シンシア様。お嫌いな虫がいたので排除しておきました」
どうやらエドガーの腕に虫が止まっていたようです。
「ありがとうございます」
「えっ虫? どこに?」と戸惑うエドガーを、ジーナが冷たい目で見ています。この目……ジーナが無礼な銀髪野郎に短剣を突きつけていたときと同じような……。
私は何も見なかったことにして、ジーナに「じゃあ、気をつけて来てくださいね」と伝えました。
「はい、シンシア様もお気をつけください」
そう言ったジーナの口元には微かに笑みが浮かんでいます。最近、ジーナが前より笑ってくれるようになったと思うのは、私の気のせいでしょうか?
テオドール様と私を乗せた馬車がゆっくりと走り出しました。
隣同士に座った私たちの手は、しっかりと繋がれています。
以前、バルゴアの騎士たちを引きつれてベイリー公爵家に向かったときは、テオドール様が無事でいるか心配で仕方ありませんでした。でも、今は隣でテオドール様が微笑んでくれているので、私は安心感に包まれています。
あっという間にたどり着き、馬車はベイリー公爵家へと入っていきました。王都に残ったバルゴアの騎士たちも、馬を走らせ馬車のあとをついてきています。
馬車から降りた私たちを、ベイリー公爵家の使用人たちが出迎えました。
「お待ちしておりました。ベイリー公爵様、そして、バルゴア辺境伯令嬢様」
テオドール様が事前準備をしっかりとしてくださっていたおかげか、使用人たちの雰囲気がとてもいいです。
私の肩を優しく抱き寄せたテオドール様は、使用人たちを見渡しました。
「シンシア様は、私の大切な方です。誠心誠意お仕えするように」
一同が礼儀正しく頭を下げます。
その様子から、テオドール様が当主として尊敬されているのだと分かり、私は嬉しくなりました。
こうして始まったベイリー公爵家での生活は、とても穏やかに過ぎていきます。
忙しいはずのテオドール様は、バルゴア領にいたときと同じように、私と過ごす時間を作ってくれました。
朝の散歩は、相変わらず私たちの日課です。
バルゴア領にいた頃との違いは、取り寄せなくても流行っているドレスカタログや、大好きな恋愛小説をすぐに読めること。でも、気をつけないといけないことができてしまいました。
私がドレスカタログを見る度に、テオドール様がドレスをプレゼントしてくれるのです。
この前、思い切って「そ、そんなにたくさんいりませんよ」とお伝えしたのですが、なぜかテオドール様に「シンシア様を不快な気持ちにさせてしまいすみません」と謝られてしまいました。
「えっ、不快な気持ちではないですよ⁉」
「でも私は、シンシア様のお気持ちを無視して、ドレスをまとった愛らしいシンシア様が見たいという欲で押しつけていました。シンシア様以外に、こんな気持ちになったことがなく……自分でも戸惑っています。大変申し訳ありません」
そんなことを言いながら、しょんぼりしてしまったので、私は慌てて「わ、わぁ、嬉しいです! 本当はすごくほしかったんです! ありがとうございます」と、結局ドレスを受け取ってしまいました。
まぁ、そのドレスが素敵だなと思っていたのは本当ですものね。ちなみに、しょんぼりしていたテオドール様を可愛いと思ってしまったのは内緒です。
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