27 王都での新しい生活
急きょバルゴア領に帰らないことを決めた私を、テオドール様はどう思うでしょうか?
「あの、ローザ様。ちょっとテオドール様と話してきていいですか?」
「もちろん! 上手く話してね? 可愛くお願いするのよ」
可愛くお願いできるかどうかはさておき、私が勝手に決めてしまったので、テオドール様を困らせてしまったらどうしようと不安です。でも、そんな心配は不要でした。
私から話を聞いたテオドール様は「そうですか。では、そのように手配しますね。もちろん、私も一緒に王都に残ります」と優しく微笑んでくれます。その後ろには、テオドール様を引き留めていた人たちがいたのですが、皆さんから「ありがとうございます!」とお礼を言ってもらえました。
テオドール様は、今後の説明をするために、バルゴアの騎士たちを集めました。
「これからバルゴア領に帰る予定でしたが、シンシア様と私は王都に残ることになりました」
驚いたバルゴアの騎士たちが、ザワザワしています。
「そこで、あなたたちには、このままバルゴア領に帰る者と、王都に残る者の二手に別れてもらいます」
「はいっ、質問です!」とエドガーが元気よく手を上げました。
「どうして分けるんですか?」
「この数の軍隊を1年間、王都で維持するのが難しいからです」
「どうやって分けるんですか?」
「各自の意志を尊重しますが、バルゴア領に妻子がいる者たちには帰ってもらいます。王都に残りたい騎士たちだけ残ってください」
その結果、王都に残る騎士たちは十人になりました。その中には、エドガーもいます。
エドガーは「俺は、シンシア様とテオドール様のために王都に残りますよ! 任せてください!」と胸を張っています。
他の騎士たちが「おまえは、バルゴア領でずっと口説いていた酒場のキャロルちゃんに振られたから、帰りたくないんだろう?」と笑いました。
「う、うるせぇ! 王都で最高にいい女と付き合ってやる!」
涙目のエドガーを見た私は、なんとなく『この人、王都の悪い女性に弄ばれて貢がされそう……』と思ってしまいました。そうならないことを願います。
責任者のアロンには、バルゴア領に帰る騎士たちを率いてもらいます。なので、アロンは残る騎士たちの中で、とても落ち着いている騎士を今後の責任者に指名してから旅立ちました。
騎士たちの背中が見えなくなった頃、テオドール様が私を振り返ります。
「シンシア様。1度ターチェ伯爵家に戻りましょう」
「そうですね。出て行ってすぐに戻ってきたら、叔父様も叔母様も驚くと思いますが、他に行くところもないですもんね」
その言葉を聞いたロザリンド様がニッコリと微笑みました。
「でしたら、王宮にどうぞ」
「えっ⁉」
驚く私とは違い、テオドール様は「それもいいかもしれません」と冷静です。
あれよあれよと、私たちは王宮に連れていかれました。
見たこともないような豪華な部屋に案内され、気分はまるでお姫様です。
「シンシアが残ってくれて嬉しいわ」
そう言ったロザリンド様は、その日から毎日休憩時間に私とお茶をしています。私だけ、こんなにのんびりしていていいのでしょうか……。
とりあえず、バルゴア領にいるお父様とお母様、そして、ターチェ伯爵夫妻には1年間王都で過ごすということを手紙で知らせました。
それくらいしかやることが思いつかない私とは違い、テオドール様は毎日とても忙しそうです。少し寂しいですが仕方ありません。でも、夜には必ず会いに来て、今日あったことを報告してくれます。
報告1日目。
「父はベイリー公爵家の当主に相応しくないとされ、私が当主を継ぎました。国王陛下の許可もいただいています」
「え? それって、テオドール様がベイリー公爵になったということですよね?」
「はい」
呆然としている私に、テオドール様は「一時的なものです。バルゴアに帰る前に別の者に引き継ぎます」と教えてくれました。
報告2日目。
「父、母、クルトをベイリー公爵領の端にある山奥の別荘に行かせました」
「そ、そうなんですか⁉」
「もし、私の許可なく王都に戻り、シンシア様の前に現れたら、貴族籍を剥奪するという契約書にサインもさせました。クルトには、それと同時にシンシア様に害をなそうとしたことを他言しても剥奪すると伝えています」
なるほど。今はテオドール様が当主なので、そういうことが可能なんですね。
家族のことはとっくの昔に吹っ切れているようで、テオドール様はあくまで淡々としています。
「ベイリー公爵領の別荘には監視もつけていますが、両親やクルトは、プライドが高いので貴族の地位を捨ててまで王都に戻ってくることはないでしょう」
「すごい! 完璧ですね」
私は彼らにはテオドール様を冷遇していたことを反省して謝罪してほしいと思っていました。でも、わけの分からない態度を取り続けるクルト様や、そんなクルト様だけを溺愛しているベイリー公爵夫人を見る限りムリそうです。それなら、2度と会わないほうがお互いのためですよね。
報告3日目。
「以前、ベイリー公爵家で働いていた優秀な者たちを呼び戻し、アンジェリカ様に無礼を働いたメイドたちを両親とクルトがいる別荘へ移動させました」
「そうなんですね」
最初のほうで驚きすぎて、私はもう何を報告されても驚かないような気がします。
報告4日目。
「ベイリー公爵家で一番いい部屋を改装しています」
「へぇ、どうしてですか?」
ニッコリと微笑んだテオドール様は、うやうやしく私の手の甲にキスをしました。
「もちろん、シンシア様に使っていただくためです」
「それって、私たちがベイリー公爵家で暮らすってことですか?」
「はい。1年間、シンシア様が心地好く過ごせるように整えています」
「テオドール様……」
そのために、いろいろ準備をしてくださっていたのですね。
「あの、お気持ちは嬉しいのですが、私がそちらに行ってもいいのでしょうか?」
「もちろんです。あなたは私の婚約者なのですから」
テオドール様は、私の手を自分の頬に当てました。
「シンシア様のお側にいることが私の幸せなのです」
「私もですよ」
幸せそうに微笑むテオドール様は、いつものように私に触れるか触れないかくらいのキスをします。何度されても、未だにドキドキしてしまい慣れません。
「テオドール様が育ったお家で暮らせるなんて楽しみです」
「あそこに、いい思い出はありませんが」
苦笑するテオドール様に、私はギュッと抱きつきました。
「でしたら、ベイリー公爵家中をいい思い出に塗り替えないといけませんね」
「そうですね」
そういうわけで、部屋の改装が終わり次第、私たちはベイリー公爵家に移動し、そこで新しい生活を始めることになりました。
5/10にこの小説の【2巻】が発売します♪←※書籍1~2巻(完結)発売済みです♪
『 田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~』
【2巻】では【1巻】で書き切れなかった、アンジェリカやクルト、ベイリー公爵夫妻のその後、シンシアとテオドールのその後もガッツリと書き下ろしさせていただきました。
(『全部なろうに掲載してよ…』と思う方もいるかもしれませんが、書籍化するにあたり、どこでも書き下ろしはほぼ絶対条件なので、書籍内容のすべてを掲載することはできないんです、すみません( ;∀;)
なろうでの次の更新は、コミカライズがスタートしたときになると思います。
気長にお待ちいただけると幸いです…!←連載再開しました♪