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23 後始末①【テオドール視点】

 シンシア様と私を乗せた馬車は、王宮を出てターチェ家へと向かっていた。


 シンシア様と離れがたく、私は手を握ったまま図々しくも隣に座っている。


 すぐ側でシンシア様の体温を感じていると、『無事で良かった』という思いと『未然に防げたのではないか?』という思いが交錯して、私の心を重くする。


 王宮で人目を忍んで会場から抜け出すクルトを見たとき、私は嫌な予感がした。


 陛下に少し場を離れることを告げてから、クルトのあとを追った。途中で見失ってしまっていたところ、ジーナと鉢合わせた。


 そのとたんに「誰かっ!」と女性の叫び声が聞こえた。

 その声はシンシア様のように聞こえたが、まさか……。


 ジーナが「こっちです」と叫び、声のほうに走り出した。その先で見た光景に、私は頭が真っ白になった。


 シンシア様を押し倒しているクルトを見て、とっさに自分がどういう行動を取ったのか覚えていない。


 クルトの理解できない言葉を聞きながら、『もっと早く手を打っておけば良かった。そうすれば、シンシア様を守れたのに』とずっと自分を責め続けていた。


 私の考えが甘かった。ここは安全なバルゴア領ではないのに。


 それにシンシア様は、バルゴア領を一歩出れば引く手あまただということを、私は理解しているようで、正確には理解していなかった。


 過保護な面々が集まっているバルゴア領内では、シンシア様は守られる存在だった。


 でも、一歩、領内から出てしまえば、シンシア様の魅力と才能を隠し切れず、その美しく高潔な心に誰もが惹かれてしまう。


 それは、私だけが知っていれば良かったことなのに……。


 王都に来たせいで、どんどんシンシア様に心酔する者たちが増えてしまっている。


 私の元同僚たちも、シンシア様は立派な方だと称えていた。シンシア様を慕うロザリンド様だけでなく、国王陛下すらシンシア様に一目置いている。


 そして、おそらくアンジェリカ様も。


 向けられるのが好意ならまだいい。しかし、クルトのように悪意を持ってシンシア様に近づく者もいる。


 そういう者たちからシンシア様を守るのが、私の役目なのに。


 今が幸せだから、復讐なんてしなくていいなどという甘ったれた私の考えが、シンシア様を危険な目に遭わせた。


 その罪は償わなければならない。


 二度とこんなことが起こらないようにしなければ。私はもうどうなってもいい。どんな手を使ってでも、クルトはもちろん、ベイリー公爵家もろとも消してやる……。


 ベイリー公爵家が、王家への反逆を企てているように偽装するのはどうだろうか? それならば、関わった者は全て処刑される。シンシア様に危害を加えようとしたのだから、それくらいの罰は当然だ。


 全身が怒りに蝕まれていく中、私の名前を呼ぶ声がした。


「テオドール様」


 シンシア様が、なぜか私を見つめながら、涙を浮かべている。


「どうして、ベイリー公爵家に行くなんて言ったんですか? 危ないことは止めてください。もし、テオドール様に何かあったら、私はどうしたらいいんですか?」


 シンシア様の瞳から涙がこぼれたので、慌てた私は濡れてしまった頬に触れた。私の手のひらを濡らす涙は温かい。


 それは燃え盛る怒りの炎に、清らかな水が注がれているかのような不思議な感覚だった。


 以前、シンシア様が倒れたロザリンド様を抱き留めたとき、その体を張った行動に私は血の気が引く思いをした。お願いだから、二度とこんなことをしないでくださいと懇願した。


 今はそのときと逆なのかもしれない。


 私がシンシア様を大切に思っているように、シンシア様も私を大切に思ってくださっている。だから、私が自分をないがしろにすると、シンシア様が悲しむ。そんなこと、あってはならない。


 私は深く息を吸うと、長く吐き出した。


「ご安心ください。無茶はしません」

「でも、ベイリー公爵がテオドール様に何をするか分かりませんよ?」

「大丈夫です。父はさばき切れない仕事を私に任せようとしているので、決して命を取るようなことはしません」


 まぁ、閉じ込められて二度と外には出さないくらいはやりそうだが。


 シンシア様は、私の腕にぎゅっとしがみついた。


「なら、私も一緒に行きます!」

「いえ、危ないので……」

「連れて行ってくれるまで、私はずっとテオドール様にしがみついていますから!」


 必死な様子が愛らしい。先ほどまで感じていた激しい怒りが、もうウソのように消え去っている。


「私としては大歓迎ですよ」


 そう言いながら、シンシア様の額にキスをすると、白い頬が赤く染まった。


「ど、どうして、そんなに嬉しそうなんですか⁉」

「だって、シンシア様が私の心配をしてくださるから」

「そんなの、当たり前じゃないですか!」


 困っている人を助けるのは当たり前。

 苦しんでいる人を心配するのは当たり前。


 そんなことはただの綺麗ごとで、少しも当たり前じゃない。


 でも、当たり前じゃないことを当たり前のようにしてくれるから、皆がシンシア様に惹かれていく。


「シンシア様。愛しています」

「わ、私もですよ。えっと、じゃあ、ベイリー公爵家には一緒に……」

「それはできません」


 きっぱりと断ると、シンシア様の頬が不服そうに膨らむ。本当にこの方は、何をしても愛らしくて感心してしまう。


 でも、この愛らしさに負けて、シンシア様を危ない目に遭わせるわけにはいかない。


「前にカゲがシンシア様の護衛を外れていましたよね?」

「あ、はい。ロザリンド様のお茶会に参加する前くらいのときですよね?」

「そうです。そのとき、カゲにベイリー公爵家のことを調べてもらっていたのです」


 あのときは、クルトがアンジェリカ様と離婚して、シンシア様と再婚したいと言ったことが、ベイリー公爵家の総意なのか気になった。


 なので、現状のベイリー公爵家をジーナに調べてもらったら、ひどい有様だった。


 まず公爵家のような高位貴族のメイドは、身分がはっきりしている者ではないとなれないのに、人手不足という理由であっさりとジーナが潜入できてしまった。


 人手不足の原因は、クルトが兄の婚約者を奪って結婚したことで、ベイリー公爵家の評判が著しく落ちたこと。

 そして、私がバルゴア領へ行ったことで、ベイリー公爵家がバルゴア領と敵対しているのではないかと思われたこと。


 それらの要因で、優秀な者たちは『ここで働いていたら、自分の家門にまで害が及ぶかもしれない』と思い、ベイリー公爵家からあっという間に去っていったそうだ。残っているのは、いろんな事情があり、ここ以外に勤め先がない者たちだけ。


 調べているうちに分かったが、結婚当初、アンジェリカ様はひどい扱いを受けていたらしい。今は改善されているようだが、この事実だけでベイリー公爵家を攻撃できる。


 でも、貴族が元王族を冷遇していたという事実は、王家にも影を落としてしまう。それに、これだけでベイリー公爵家を潰すことはできない。


 他に使えそうな情報は、ベイリー公爵の執務机には、書類の山ができていたということ。


 ジーナの報告では、それはあちらこちらからの苦情や、領地からの嘆願書だったそうだ。


 これらを利用すれば、わざわざ私が手を汚さなくても、ベイリー公爵やクルトに罰を与えることができる。


 まだ心配そうな顔をしているシンシア様に私は微笑みかけた。


「本当なら、ベイリー公爵家を潰してやろうと思っていたのですが……」

「サラッとすごい発言をしましたね⁉」

「公爵家がなくなると、私たちの婚姻に反対する者が出てくる可能性があるのでやめました」


 両親に愛情を注いでもらったことは一度もない。でも、シンシア様と釣り合う身分である公爵令息として生んでくれたことだけには感謝している。


「ご安心ください。穏便に解決してきますよ。護衛も連れて行きます」

「でも……」


 シンシア様の表情は曇ったままだ。そんな顔をさせたくはないが、心配してもらえることがくすぐったくて心地好くもある。


「シンシア様。1つお願いがあります」

「なんでしょうか?」

「3日……いや1週間後に、ベイリー公爵家に私を迎えに来てくれませんか? そのときに――」


 私がお願いごとを伝えると、ようやくシンシア様の表情が明るくなる。どんな表情も素敵だが、やはり笑顔が一番好きだ。この笑顔を守るためなら、私はなんでもできる。


「そういうことなら、任せてください!」


 満面の笑みでそう答えるシンシア様を、私はそっと抱きしめた。

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