16 正式に婚約できました
ロザリンド様のお茶会から2週間後。
私は、なぜかまた王宮に呼び出されてしまいました。
しかも、今回はロザリンド様ではなく国王陛下からの呼び出しです。それなのに、今の私はワンピース姿という軽装で王宮に向かっているのですが大丈夫でしょうか?
王宮に向かう馬車の中、あまりの緊張で震えてしまっている私の手を、隣に座っているテオドール様が握ってくれています。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。今日は正式な呼び出しではありません。陛下はシンシア様に感謝の気持ちを伝えたいだけですから」
いや、その状況が理解できないんです!
どうして陛下が私に感謝を?
「す、すみません、今の状況をもっと詳しく説明していただけませんか?」
私が涙目になりながらお願いすると、テオドール様は少しも嫌な顔をせず教えてくれます。
「どうやら王宮では、王女殿下たちの教育に問題があったようなのです」
「そうらしいですね」
ロザリンド様のお茶会で、嫌な態度だったリーヴス卿や一部の教師たちは、わざとロザリンド様が分からないような授業をして、理解できないロザリンド様を見下す発言を繰り返していたらしく。
そのことが国王陛下の耳に入り、徹底的に調べ上げられた上で、リーヴス卿を含めた問題ある教師たちは一掃されたそうです。
この事件は新聞でも大きく報じられ、今は王都中がその話で持ちきりです。
「それって、大問題ですよね……」
「そうですね。当事者たちはもちろんのこと、同じ家門の者たちも無事では済まないでしょう」
「どうして、そんなことを?」
「まだ調査中で詳しいことは分かりませんが、どうやら王女殿下が王位に就くことを阻止しようとしていたようです」
「そんな……」
この国では、女性が王位に就くことは珍しいものの、今まで一度もなかったわけではありません。
側室制度がないため、王子が生まれなければ、王女が王位を継ぐのは自然な流れです。
「じゃあ……もしかして、アンジェリカ様も同じような嫌がらせをされていたんですか?」
「はい。アンジェリカ様は幼少期からずっと教育面で嫌がらせをされていたようです」
「でも、王族には護衛としてカゲがついているんですよね? 教師たちからの嫌がらせに気がつかなかったのでしょうか?」
「嫌がらせが暴力を伴うものではなかったことと、授業に専門知識が必要だったことでカゲが問題だと判断するのは難しかったようです」
「なるほど」
「それだけでなく、口裏を合わせた複数の教師がアンジェリカさまの学力に問題があると発言することにより、教師ではなく生徒に問題があるように周囲に印象づけていました。私もずっとアンジェリカ様自身に問題があると思っていましたので」
テオドール様にひどいことをしていたアンジェリカ様。
でも、そのアンジェリカ様もまたひどい目に遭っていたなんて……。
そういえば、授業を受けていたロザリンド様自身も教師からの嫌がらせに気がついていませんでした。理解できない自分が悪いのだと寝る間を惜しんで勉強していたくらいなので、周囲の人が気づくのは難しかったのかもしれません。
「とにかく、ロザリンド様の先生が変更されたってことですよね?」
「はい。今は別の教師の教えを受けて、授業も順調に進んでいるそうです」
「良かった……」
ホッと胸を撫で下ろした私は、当初の目的を思い出しました。
「その件は分かったのですが、どうして私が国王陛下に感謝されることになるのでしょうか?」
私の問いに、テオドール様は優しく微笑みます。
「この件は、王国を揺るがすほどの大事件です。もし、このまま誰も気がつかなければ、ロザリンド様もどうなっていたか分かりません。ですから、この事件が明るみになるきっかけを作ったシンシア様に陛下は感謝しています」
「きっかけって、私は何もしていませんよ?」
「そんなことはありません。シンシア様は、私にリーヴス卿のことを話してくれたではありませんか」
「えっ?」
そういえば、帰りの馬車でテオドール様に、リーヴス卿への愚痴を言ったかもしれません。
「……もしかして、今回のことはあの話がきっかけで、分かったことなんですか⁉」
「はい」
「はいって……。それって、私からの情報を元にテオドール様が動いて事件を解決してくれたってことですよね? それなら陛下は私への感謝ではなく、テオドール様に感謝するべきではないですか?」
「感謝はしていただきましたよ。おかげさまで、私たちの婚約をすぐに認めてくださるそうです」
「そ、そうなんですか⁉」
「はい。陛下は私だけではなく、シンシア様にも感謝をお伝えしたいとのことです」
「そういうことなら……」
王宮に着いた私たちは、謁見室ではなく王宮庭園に案内されました。
案内された先には、お茶会の席が準備されていて、すでにロザリンド様が席についています。
私を見つけたロザリンド様が、立ち上がり小さく手を振りました。
「シンシア、来てくれて嬉しいわ」
ロザリンド様の表情は、とても明るいです。
「ロザリンド様にご挨拶を申し上げます」
「ローザよ、ローザって呼んで。堅苦しいのはなしよ」
そう言ったロザリンド様は、私の腕に自分の腕をからませます。
わぁ……。私たち、なんだかすごくお友達っぽいのでは⁉
「は、はい。ローザ様」
「ふふっ、嬉しいわ」
私の言葉に満足そうに頷いたロザリンド様は、テオドール様に視線を向けました。
「テオドール様、お久しぶりです」
「王女殿下にご挨拶を申し上げます」
礼儀正しく頭を下げたテオドール様に、ロザリンド様はためらうような仕草をします。
「お姉様の件は……」
「謝罪には及びません。今がとても幸せなので」
「そう……良かったです」
嬉しそうに微笑んだロザリンド様。テオドール様も少し驚いたようですが、すぐに笑みを浮かべます。
感動のシーンなのですが、私が二人の間に挟まれてしまっている状態です。『お邪魔かな?』と思い、下がろうとしましたが、左右からガッチリと掴まれてしまい一歩も下がれません。
「どこに行くの? シンシア」
「えっと……。お邪魔かなと思いまして」
「そんなわけないでしょう。さぁ席について」
「は、はい」
私たちがお茶会の席についた頃、その場に年配男性がやって来ました。上品な雰囲気が漂うおじ様は、「やぁ、待たせたかな?」と言いながら席につきます。
どなたか知りませんが、このおじ様も一緒にお茶をするようです。
ロザリンド様がおじ様に話しかけました。
「お父様。ちょうどシンシアたちが来たところですわ」
「それは良かった」
ロザリンド様のお父様……。ということは、この方が国王陛下⁉
私が社交界デビューするために王都に来たとき、ご挨拶する間もなく、すぐにバルゴア領に帰ってしまったため初めてお会いします。
立ち上がって挨拶をしようとした私を陛下は片手で制止しました。
「非公式の場だから、気にしなくてよい」
「は、はい」
もっと怖そうな方を想像していたのですが、私のお父様より優雅で優しそうです。いや、私のお父様も優しいのですが、国王陛下に比べるとだいぶ厳つい外見をしているので。
陛下が席についたことで、お茶会が始まりました。
予想外にのんびりとした空気が漂い、庭園のどこかで小鳥がチチチと鳴いています。
「さてと」と呟いた陛下は、手に持っていたカップを置きました。
「まずは私からシンシア嬢に心からの礼を。君が気がついてくれなければ、私はアンジェリカだけでなく、ロザリンドまで失うところだった」
失う?
その言葉を聞いた私は一瞬引っかかりましたが、すぐに我に返ります。
「で、でも、私は何もしていません」
陛下はチラッとテオドール様を見ました。
「シンシア嬢が何もしなくても、君の周りの者は優秀だ」
陛下が片手を上げると、近くに控えていた侍従が近づいてきます。侍従から書簡を受け取った陛下は、それを私とテオドール様の前に置きました。
「これは証明書だ。君たちの婚約は私が認めよう」
驚く私をよそにテオドール様は「ありがとうございます」と涼しい顔で書簡を手にします。
「他にも何か希望があれば、いつでも言うように」
「有難き幸せ」
私も慌てて「ありがとうございます!」とお礼を言うと、陛下は満足そうに微笑みました。
側に控えていた侍従が「陛下、そろそろ」と声をかけます。
「ああ」
立ち上がって見送ろうとした私たちを、陛下が片手を上げてまた制止しました。
「そのままで。シンシア嬢、ロザリンドと仲良くしてやってくれ。もう娘を失うのはごめんだ」
「は、はい。でも……」
「でも?」
「あ、いえ」
「気にせず思ったことを言えばいい。何を言ったとしても、私が君を罰することはない」
陛下の言葉に勇気をもらい、私は引っかかっていることを口にしました。
「そ、その、アンジェリカ様はご存命です。陛下は、アンジェリカ様を失っていないのではないかなと思いまして……」
少し目を見開いた陛下は、口元に笑みを浮かべました。
「そうか、そうだな。まだ間に合うのだろうか……。君からは学ぶことが多いな。今度バルゴア辺境伯に会ったら、子育ての仕方でも聞いてみよう」