15 【テオドール視点】
【テオドール視点】
シンシア様をエスコートしながら、共に馬車に乗り込んだ。
向かいの席に座るシンシア様の表情は明るい。『とても楽しかったです』と言った言葉にウソはないようだ。
「ロザリンド様は、優しい方でした」
「そうでしたか」
「実は、ロザリンド様とお友達になれたんです。ローザ様と愛称呼びすることを許していただけました」
「それは、おめでとうございます」
「私、お友達ができたのは初めてで……」
嬉しそうに頬を染めるシンシア様が可愛くて仕方ない。この笑顔を守るために、私ができることは全てすると決めている。
「あっ、そうだ! アンジェリカ様が婚約破棄をしたことを、テオドール様に謝りたいとおっしゃっていました」
「謝罪など不要ですよ。今がとても幸せなので」
「テオドール様……」
ロザリンド様とのお茶会で、シンシア様が嫌な目に遭わなかったようで私は密かに胸を撫で下ろす。
第二王女であるロザリンド様は、幼い頃から優秀だと言われていた。
口さがない者は、わがままなアンジェリカ様ではなく、聡明なロザリンド様こそ女王に相応しいとまで言っていた。
その者たちの願望が叶った今、王家が求めるものは2つ。
ロザリンド様を支えるための王配と、バルゴアとの友好な関係。
以前、王家の役人が私に『ロザリンド様の王配になってほしい』と言ったように、王宮の者たちから見た私は『アンジェリカ様に不当に婚約破棄され、咎められそうになったところを、バルゴアの令嬢に助けられた者』だった。
だから、皆、私に王都に戻って来いという。
これまでのことを謝るから、仕事環境を改善するから、ロザリンド様なら次期王配を不当に扱うことはないだろうからと。
そんなこと、今の私には全く意味がないのに。
私の望みは、ただシンシア様の側にいたい。シンシア様と生涯を共にしたい。
それだけだ。
今日、王家の役人である元同僚たちの話を聞いて確信したが、この誤解のせいで、このままでは、私は国王陛下からロザリンド様の王配にならないかと提案されてしまうだろう。
そうなる前に、私がシンシア様を心から愛していること、そして、シンシア様も私を愛してくださっていることを王宮内で周知させなければならない。
そうすれば、国王陛下を含む王宮内の者たちは、私を次期王配にすることと、バルゴア領との友好関係を天秤にかけることになる。王家はバルゴア領とこれ以上揉めるわけにはいかないので、天秤は友好関係のほうに傾くはず。
その第一歩として、今日ロザリンド様に、シンシア様と私の関係が親しいことを見せた。
ロザリンド様の天秤を、バルゴア領との友好関係に傾けるために。
その作戦が功を奏したのかは分からないが、ロザリンド様とのお茶会でシンシア様が不快な目に遭わず安心した。
それなのに、楽しそうにお茶会の話をしていたシンシア様の表情が曇る。
「どうかしましたか?」
「あ、実は……。ロザリンド様の新しい先生が、嫌な感じだったんです」
新しい先生ということは、女王になるための教育をする教師ということだろう。
「急にお茶会に割り込んできて、ロザリンド様に偉そうな態度をとったんですよ! しかも、ロザリンド様がパーティーで倒れたのは、その先生の授業についていけなくて、睡眠を削ってまで勉強をしていたからなんです!」
怒っている顔すらも愛おしい人は「あんな先生、バルゴアにいたら速攻で追い出されていますよ!」と頬を膨らませている。
「その先生の名前は聞きましたか?」
「えっと、確かリーヴス卿だったと思います」
「リーヴス卿……」
アンジェリカ様の教育係を長く務めていた者の名だ。優秀な学者を多く輩出している家門の出で、リーヴス卿の父は国王陛下の教育係だったはず。
「そのリーヴス卿は、どんなことを言っていましたか?」
私がそう尋ねると、シンシア様は怒りで興奮しながら教えてくれる。
「ロザリンド様に、アンジェリカ様のようになるつもりですかって言ったんですよ⁉」
「リーヴス卿は、アンジェリカ様の教育係でもありましたから」
「アンジェリカ様の?」
そう呟いたシンシア様は、少し考えるような仕草をした。
「……そうなんですね。テオドール様に酷いことをしたアンジェリカ様を私はまだ許せていません。でも、あんな嫌味な人が先生だったなんて。王族を侮っているように見えたので、もしかしたら、アンジェリカ様も苦労されていたのかもしれませんね」
その言葉に私はハッとなった。
わがままなアンジェリカ様。
それは私が王家の役人になった頃には、すでに王宮内の共通認識で、誰もがそういうものだと疑わなかった。
でも、そんなアンジェリカ様も生まれたときからそうだったわけではない。
もしかすると、アンジェリカ様をあのように育てた者がいたのだろうか?
これまでの私は、王族には護衛としてカゲがつけられているから、問題があればすぐに発覚するだろうと思っていた。しかし、高度な専門知識や特に帝王学のようなものの教え方の正解は、カゲでは判断がつかなかった可能性がある。
シンシア様がその教師に会ったとたんに違和感を覚えたのは、彼女がバルゴアで常に周囲から忠誠を誓われているからかもしれない。だから、王家に対する忠誠心のない者を一瞬で見抜くことができたのではないか?
そもそも、生徒がついていけない授業など、なんの意味もない。一度、王家の教育係を調べたほうが……。
そこまで考えて、私は小さく首を振った。
今の私は王家の役人ではなく、バルゴア領の役人だ。私には関係ない。
下手に動かず、このまま国王陛下にシンシア様との婚約を認めてもらい、早くバルゴア領に帰ることだけを考えよう。
そう思っていたのに、シンシア様の言葉で私の気が変わった。
「あ、あと、私、リーヴス卿に睨みつけられたんです。しかも、いつまで王女殿下の邪魔をするつもりですかって言われてビックリしました」
「へぇ……」
王家のことなんて今の私にはどうでもいい。でも、愛する人に不快な思いをさせた者をそのままにしておくわけにはいかない。
「……ついでに王家に恩を売るか」
そうすれば、私たちの婚約をもっと早く王家に認めさせられる。
「え?」
不思議そうな顔をするシンシア様に、私は「なんでもありません」と微笑みかけた。




