13 ロザリンド様のお茶会②
予想外の言葉に、私は思わずロザリンド様を凝視してしまいました。
涙で濡れている緑色の瞳は、エメラルドのように輝いています。その宝石のような瞳が私をまっすぐ見つめ返しました。
「取り乱しました」
そう呟いたロザリンド様の頬は、ピンク色に染まっています。
「シンシア様、誕生日パーティーでは、私を助けてくださったこと感謝します」
「い、いえ」
ロザリンド様は、社交界デビューもまだなのに堂々とされていて、すでに王家の威厳のようなものを感じます。
それに、アンジェリカ様とは、また違ったタイプの美しさです。
例えるなら、アンジェリカ様は女神様のような迫力のある美女で、ロザリンド様は妖精のような可憐な美少女です。
ハンカチで涙を拭いたロザリンド様は、小さくため息をつきました。
「パーティーのときは、体調が悪く意識が朦朧としていたのです。でも、テオドール様のお名前を聞いたとたんに謝りたいと思い、とっさに立ち上がってしまい……」
「謝る、ですか?」
ロザリンド様は、悲しそうに瞳を伏せました。
「アンジェリカお姉様のことで」
「それは……その、婚約破棄のことを?」
コクンと頷くロザリンド様。
「テオドール様がお姉様のことで苦しんでいることを知っていながら、私はずっと見て見ぬふりをしていました。今さら謝ったところで、どうしようもないことなのですが……」
またロザリンド様の瞳に涙が浮かびます。
「私はどうしてもテオドール様のことが他人だとは思えず。テオドール様が王都から出たあとも、ずっと気になっていました」
「それって……」
ドクンと私の心臓が跳ねます。
やっぱりロザリンド様もテオドール様のことが好きなのでしょうか?
でもそうですよね、あんなに優しくて努力家で素敵な男性、好きになるなってほうがムリですもんね……。
あれ? でもさっき、私と仲良し演技をするテオドール様を見て『良かった』と言っていたのはどういうことなのでしょうか?
私が混乱している中、ロザリンド様は言葉を続けます。
「実は、私もお姉様に嫌われているのです。それで、同じく嫌われているテオドール様に、親近感を覚えていて……」
なるほど、仲間意識みたいなものがあったのでしょうか?
「でも、テオドール様は、その、話しかけづらいでしょう?」
ロザリンド様の言葉の意味が分からず、私は首をかしげました。
「結局、一言も言葉を交わさないままで、ずっと後悔していました」
「テオドール様と、一言も話したことがない?」
いよいよ分からなくなってきたので、私は思い切って質問します。
「あの、ロザリンド様はテオドール様のことが、お好きなのでしょうか?」
ロザリンド様の瞳が大きく見開きました。
「まさか、とんでもない! 王命で定められた婚約だった上に、テオドール様はお姉様のお相手だったのですよ? そのようなこと、一瞬たりとも考えたことはありません!」
『正論!!!!!』
私はそう叫びそうになって、慌てて口を押えました。
これまで私は、兄の婚約者を奪った銀髪野郎や、婚約者がいるにも関わらず、その弟と親しくなった元王女殿下を見ました。しかも、その後は結婚後に有名女優と浮気する銀髪野郎の話やら、さらになぜかその男が私と結婚したいと言いだしているやらで、私の価値観までおかしくなっていました。
よく考えたら、ロザリンド様の考えが王族や貴族として一般的ですよね⁉
私はロザリンド様に向かって深々と頭を下げます。
「大変失礼しました」
「シンシア様、顔を上げてください。私のほうこそ、誤解を招く言い方をしてしまいましたね」
クスッと笑ったロザリンド様の笑顔は、とても魅力的です。
「でも、勇気を出してシンシア様をお誘いして本当に良かったわ。まさかテオドール様のあんなに幸せそうな姿を見ることができるなんて」
「幸せそうでしたか?」
「それはもう!」
さっきのは演技でしたが、私はテオドール様と出会えてとっても幸せなので、テオドール様もそう思ってくれていたら嬉しいです。
ロザリンド様は、「長く話してしまいましたね。お茶にしましょう」と微笑みます。
「シンシア様のお口に合えばいいのですが。さぁどうぞ」
お茶が入ったティーカップには、繊細で緻密な模様が描かれ、取って部分は金色に輝いています。
食器に詳しくない私でも、これを落として割ってしまったら大変なことになるのは分かります。
私が慎重にカップに口をつけると、とたんに豊潤なお茶の香りが口内に広がりました。
「美味しい……」
「クッキーもどうぞ」
勧められたクッキーは、外側はサクッ、中はフワッとしていて、驚くくらい美味しいです。さすが王宮でのお茶会。
「すごく美味しいです!」
「良かった。他のお菓子もどうぞ」
嬉しそうに微笑むロザリンド様。二人でジッと見つめ合ってしまい、お互いに照れてしまいます。
なんだか、心がむずがゆくなるような不思議な気分です。
「同じ年頃の女性と、こんなに視線が合うのは初めてだわ」
ロザリンド様の呟きで、私の疑問が解けました。
「わ、私もです」
バルゴア領で自室にこもっていた私は、友達と言えるような仲の子がいません。
お父様に仕えている配下の娘さんに会うことくらいはありましたが、どの子もとても緊張していてなかなか視線が合わなかったのを覚えています。
でもまぁ、いつも騒がしいメイドたちに囲まれていたので、寂しいと思ったことは一度もなかったのですが。
もしかしたら、ロザリンド様と私、少し似ているところがあるのかも?
そう思うと、私はもっとロザリンド様のことが知りたくなりました。
「あの、ロザリンド様。体調はもう大丈夫なのですか?」
「ええ。あれから、睡眠時間を削って勉強するのはやめました」
「えっ? あのとき勉強のしすぎで体調が悪かったんですか⁉」
ロザリンド様は、恥ずかしそうに俯きます。
「情けない話だけど、睡眠時間を削っても、今の授業についていけなくて……。私はずっと他国に嫁ぐための教育を受けてきたの。だから、語学や文化、外交については詳しいけど、女王になるための教育は始めたばかりで」
「それって……」
授業の進め方に、だいぶ問題があるのでは?
バルゴア領では、生徒が体調を崩すまで追い詰める先生なんて、無能すぎて即行で追い出されてしまいますよ?
「その先生は――」
私の言葉がさえぎられるように、扉がノックされました。