07 王都の騎士とバルゴアの騎士
「テオドール様、もう大丈夫ですよ。下ろしてください」
お姫様抱っこは乙女の夢ですが、このまま移動するなんて申し訳なさすぎます!
だって、私、絶対に重いから!
「しかし」とためらうテオドール様。
「お願いですから」
そう頼み込むと、ようやく下ろしてもらえました。
「シンシア様の足を王宮医に見てもらいましょう」
「大丈夫ですよ。少し捻っただけなので歩けます」
「しかし……」
「本当に、大丈夫ですよ。あっでも、ダンスは踊れないですね。ターチェ家に帰ってもいいですか?」
テオドール様は、私をしばらく見つめたあとに「そうですね。そうしましょう」とため息をつきました。
「すみません。取り乱してしまいました」
「え?」
テオドール様でも、取り乱すことがあるんですね。さっきまであんなにも堂々としていたので、なんだか不思議な気分です。
「シンシア様、お手を」
テオドール様は、私の腕をしっかりと掴んで支えてくれました。
謁見を終えた人々はパーティーを楽しんでいます。ロザリンド様が倒れたことをまだ知らないのでしょう。
私たちはパーティー会場を横目に、ゆっくりと歩きながら馬車乗り場に向かいました。
「シンシア様、段差があります。お気をつけて」
そう言いながらテオドール様は、私の腰に手を回します。その表情は真剣そのものです。
私の足を心配してくれているだけなのですが、なんというか、その……今、テオドール様との密着度がすごいんですが⁉
お姫様抱っこのときより密着度が上がってしまっています。
顔は熱いし、心臓はドキドキするし落ち着きません。私は自分の心臓の音を誤魔化すように、テオドール様に話しかけました。
「そ、そういえば、さっきロザリンド様のカゲって言っていましたよね?」
テオドール様は「はい、王族にはそれぞれ護衛のためにカゲがついています」と教えてくれます。
「護衛のため……あれ? ということは、私がロザリンド様を抱き留めなくても、大丈夫だったということですよね? 私、余計なことをしてしまいました……」
何も考えずに飛び出してしまった自分が恥ずかしいです。
そんな私に向かってテオドール様は首を振ります。
「王族を守るカゲの存在は、王宮内では暗黙の了解です。ですが、カゲはあくまで陰で表に出ることはありません。だから、今回のような公式の場では、姿を変えて後方に控えています」
そういえば、元アンジェリカ様のカゲだというジーナは、王宮メイドに変装していました。もしかすると、ロザリンド様のカゲも王宮メイドに変装して近くに控えていたのかもしれません。
テオドール様は言葉を続けます。
「なので、シンシア様が受け止めなければ、間に合わずロザリンド様はケガをしていたと思いますよ。今回の場合、本来なら、あの場にいた王宮騎士が対処するべきことなのですが……」
少し言い淀んだテオドール様は「優秀なバルゴア領の騎士を見たあとでは、王宮騎士がだいぶ劣っているように感じますね」とささやきました。
言われてみれば、護衛対象であるロザリンド様に完全に背を向けて立っている時点で、『王宮騎士ってどうなの?』と思ってしまいます。
「そうですよね……。あんな守り方をして、横や後ろから刺客に襲われたらどうする気なのでしょうか? そもそも王女殿下の前に飛び出した私を止めていない時点で護衛の意味がないような? もし、私が刺客だったら今ごろもっと大変なことになっていますよ」
私の言葉にテオドール様は頷きます。
「実力重視のバルゴア領とは違い、王都では貴族や、貴族の後ろ盾がある者しか騎士になれません。その中でも、王宮騎士は華やかな存在で名誉職に近いこともあり……」
「名誉職?」
「お飾りということです」
「あっ、なるほど」
確かに先ほどの言動を見る限り、『優秀な騎士ですね』とは言えません。だから、護衛騎士以外にカゲも護衛としてついているんでしょうか?
ふとテオドール様が立ち止まりました。
不思議に思って見上げると、テオドール様の顔が強張っています。その視線をたどると、一人の青年が立っていました。
パーティー会場の明かりに照らされ、銀色の髪がキラキラと輝いています。
人懐こく微笑んだ青年は、こちらに向かって親しそうに右手を上げました。テオドール様のお友達でしょうか?
「シンシア様、お久しぶりです。今日もお美しいですね」
「⁉」
大変です。私の知り合いのようですが、思い出せません。どこかで会ったような気もするのですが……。でも私、王都に知り合いなんていないんですけど?
焦る私をよそに銀髪青年は、テオドール様にも微笑みかけました。
「やぁ、兄さん」
兄さん! ということは、この方は、テオドール様の弟! 兄の婚約者を奪った最低野郎じゃないですか! そういえば、こんな顔をしていたような気がします。
「……クルト」
そう呟いたテオドール様の声は、私の予想とは違い、とても落ち着いていました。