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06 謁見室にて

 私がお茶を飲み終わった頃。ジーナが王女殿下に謁見するための長い列がもうないことを教えてくれました。


 テオドール様と同僚さんたちは、まだ話し合っていましたが、後日会うことを約束して、私たちは謁見室へと向かいます。


 その途中でテオドール様は、なぜか私にお礼を言いました。


「先ほどは、ありがとうございました」


 なんのことか分からず私が首をかしげると、テオドール様はクスッと笑います。


「同僚との間に入ってくださったことです」

「あっ、あのときは、つい……」


「シンシア様のおかげで、お互いの問題点が分かり、双方のわだかまりがなくなりました」

「えっ? テオドール様に問題点なんてありましたっけ?」


 同僚さんたちが勝手に嫉妬していただけのような?


 テオドール様は微笑みながら、私の手をしっかりと握りました。


「私は優秀な彼らが私に嫉妬しているなんて夢にも思っていませんでした。だから、シンシア様の問いに答える同僚たちを見て思ったのです。私が苦しんでいたとき、助けてほしいと頭を下げていたら、彼らは快く私を助けてくれたのではないか、と」


「テオドール様……」


 そう言ったテオドール様の表情はどこか寂しそうです。私は元気を出してほしくて、繋いでいる手をぎゅっと握りしめました。


 ジーナの報告通り、長く続いていた列はなくなっています。待っている人は数組しかいません。


 私が「あっそういえば、王女殿下へのプレゼントは?」とテオドール様に尋ねると、「先に届けています」とのこと。


「そういうものなんですか?」

「はい」


 やっぱり王都とバルゴア領では、いろんなことが違うんですね。


「バルゴア領ではお誕生日のときは、プレゼントを直接渡すので同じように考えてしまっていました」

「そうなのですね。いいことを聞きました」


 優しく微笑むテオドール様。


 そういえば、私はテオドール様の誕生日を知りません。


「テオドール様のお誕生日はいつですか?」

「冬です」


 冬だったら、テオドール様へのプレゼントは、暖かい防寒具がいいかもしれません。


「シンシア様は、春生まれですよね?」

「え? はい、そうです」


 私、言いましたっけ?

 それとも、誰かから聞いたのでしょうか?


 そんなことを考えていると、私の耳元でテオドール様がささやきました。


「私は愛している方のことは、なんでも知りたいのです」

「あ、愛っ」


 急な甘い言葉に私の顔は熱くなります。きっと、顔が真っ赤になっていることでしょう。


 そんな状態なのに、私たちが王女殿下に謁見する番がやってきてしまいました。


 こういうことに慣れていないせいで、心臓はバクバクしているし、緊張しすぎて手が少し震えてしまっています。

 テオドール様はそんな私の髪を優しくなでながら微笑んでくれました。


 その赤い瞳は『大丈夫ですよ』と、言っています。私は小さく頷くと、テオドール様と一緒に謁見室へ足を踏み入れました。


 まっすぐ伸びた赤い絨毯じゅうたんの先には、数段の階段があり、その壇上には豪華な椅子が置かれています。


 この椅子に座っている方がロザリンド様なのですね。彼女を守るために、鎧を着て剣を腰に帯びた王宮騎士が二人、私たちを監視するように壇上前に立っています。



 私はテオドール様と共に、王女殿下の前に進みました。


 パッと目を引く赤色の髪は、アンジェリカ様と同じですが、二人の雰囲気はまったく違います。


 アンジェリカ様は積極的な印象でしたが、それに対してロザリンド様は控えめです。


 テオドール様が右手を胸に当ててお辞儀するタイミングに合わせて、私は淑女の礼(カーテシー)をしました。練習してきたかいがあり、前より上手くなっているような気がします。


 謁見室に響くテオドール様の声は堂々としていました。


「王女殿下にご挨拶を申し上げます。テオドール=ベイリー、殿下へ心からのお祝いを申し上げます」


 テオドール様の挨拶が終わったので顔を上げると、王女殿下とバチッと視線が合いました。


 テオドール様が「こちらはバルゴア領から来てくださったシンシア様です」と私を紹介してくれます。


「シ、シンシア゠バルゴアです。お誕生日おめでとうございます」


 なんとか私もご挨拶ができました。


 私の挨拶に小さく頷いた王女殿下の目の下に、うっすら見えるのはもしかしてクマでしょうか?

 お化粧をしているはずなのに、肌が青白くとても顔色が悪いです。

 こちらを見つめる瞳は、どこかうつろで生気が感じられません。


 あの、えっと……。前に王都に来たときも、こんな顔をした人を見た記憶があるのですが?


 確か、初めて出会ったときのテオドール様もこんな状態でしたよね?


 そのとき、王女殿下の身体がぐらつきました。王女殿下に背を向けている王宮騎士たちは、その様子に気がついていません。

 王女殿下は、ふいに立ち上がったと思ったら、そのままゆっくりと前に倒れていきます。


「わっ!? 危ない!」


 驚いた私は何かを考える前に、飛び出していました。


 倒れた王女殿下を受け止めたものの支えきれず、二人そろって倒れそうになったところを、テオドール様がしっかりと抱き留めてくれます。


 私の腕の中にいる王女殿下は、気を失ってしまっているようで、ぐったりしています。身体がとても熱いので、もしかしたら熱があるのかも?


 王宮騎士たちが、慌てています。


「一体、何が⁉ 貴様、王女殿下に何をした!」


 声を張り上げながら腰の剣を抜こうとした王宮騎士たちに、テオドール様は鋭く言い放ちました。


「王女殿下が気を失われた。シンシア様が頭を打たないように抱き留めてくださったのだ。急ぎ王宮医を呼ぶように」


 その冷静な態度に、王宮騎士たちも冷静さを取り戻したようです。


「は、はい!」


 駆けて行った王宮騎士が王宮医を呼びに行っている間、私の頭の中には先ほどの同僚さんたちの言葉が回っていました。


 ――テオドール様こそ、この国の王配に相応しいと!

 ――アンジェリカ様さえ、あんなことをしなければ、今ごろテオドール様が王配になられていたのですから!


 テオドール様の毅然きぜんとした態度を見て、その言葉の意味を私はようやく正しく理解できたような気がします。


 しばらく待っていると、慌ただしく王宮医が謁見室に入ってきます。


 私が抱きかかえていた王女殿下を軽く診察したあと「頭は打っていないのですよね?」と確認しました。


「はい」


 私の答えに頷いた王宮医は、王宮騎士に王女殿下を丁重に運ぶように指示しています。


 その横で王宮騎士が私たちに向かって「念のため、あなたたちも王女殿下が目覚めるまで、王宮に待機してください」と言いました。


 もしかして、まだ私が王女殿下に何かしたと疑われているのでしょうか……。


 ふとテオドール様を見ると、とても心配そうな顔をしています。それはそうですよね、目の前で王女殿下が倒れてしまったのですから。


 先ほどの同僚さんの言葉が、また私の頭に浮かびました。


 ――ロザリンド様には、まだ婚約者がいません! ロザリンド様と婚約すれば、あなたが王配になることだってできるのです!


 テオドール様の愛を疑うわけではありませんが、私と結婚する以外の道があることに、心がざわめいてしまいます。


 そのせいで「大丈夫ですか?」というテオドール様の言葉に、私はうわの空で「王女殿下、心配ですよね……」と答えてしまいました。


 そんな私の両肩をテオドール様が掴みます。


「シンシア様!」

「は、はい?」

「大丈夫ですか⁉」


 気がつけば、テオドール様がすぐ近くにあります。


「どこか痛むのですか⁉」

「わ、私? 私は大丈夫ですよ」

「王女殿下を受け留めたときに、手首を痛めた可能性もあります」

「大丈夫です」


 そう答えながら、テオドール様の手を借りて立ち上がったとき、右足首に痛みを感じました。


 ふらついた私をテオドール様が抱き留めてくれます。


「シンシア様、もしかして足が?」

「はい、少し痛めてしまったみた――」


 私が最後まで言い終わる前に、テオドール様は私を横抱きに抱きかかえました。


 こ、これは、お姫様抱っこというものなのでは⁉


 私を抱きかかえたままスタスタと歩き出したテオドール様に、王宮騎士が慌てています。


「どこに行くんですか⁉ このまま待機を!」


 足を止めたテオドール様は冷たく王宮騎士を睨みつけました。


「私たちの無実は、ロザリンド様のカゲが証明できる」

「しかし!」

「もし、シンシア様がとっさに抱き留めず、王女殿下が頭を打っていたら、間違いなくあなたの首は飛んでいた」


 テオドール様の言葉は淡々としているのに、有無を言わせないような圧を感じます。


 黙り込んだ王宮騎士にテオドール様は「もし何か問題があればターチェ伯爵家に連絡を」と言い残し、謁見室をあとにしました。

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