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05 私は納得できません!

 つい先ほどまで、私はテオドール様と参加したパーティーに心弾ませていました。でも今、私たちの目の前でテオドール様のお友達と思われる方々が、急に床に膝をついています。


 訳が分からず隣のテオドール様をチラッと見ると、テオドール様も驚いている様子。


「テオドール、いやテオドール様! どうか王都に戻って来てください!」


 ……え?


 そういった彼らは、一斉に私のほうを見ました。


「シンシア様! テオドール様がいないと、仕事が回らないのです!」

「どうか、テオドール様を私たちに返してもらえませんか?」


 は? 返す? テオドール様は、貸し借りをするような物ではありませんが?


 えっと、ちょっと待ってください。今はどういう状況なんでしょうか?


 もう一度テオドール様を見ると、信じられないくらい冷たい表情をしていたので、私は思わず二度見してしまいました。


 え? テオドール様、怒ってる? というか、ブチ切れていませんか?


 あんなにいつも穏やかで優しいテオドール様をここまで怒らせるなんて、この人たちは一体何をしてしまったの⁉


 私がテオドール様の袖を小さく引っ張ると、テオドール様はハッと我に返ったような仕草をしました。


「シンシア様。申し訳ありません」


 そう言ったテオドール様は、いつもの優しいテオドール様です。


「彼らは王家の役人で、私の元同僚です」

「そうなんですね……って、あれ? ということは、もしかして、この人たちはテオドール様にもう一度王家の役人になってほしいと言っているんですか?」

「はい」


 それを聞いた私は改めて『仕事が回らない』とテオドール様に泣きついている人たちを見ました。


 彼らは睡眠がしっかりとれているようで、目元にクマなんてありません。

 食事もできているようで、顔色もいいです。

 そして何より今、回っていないはずの仕事を放り出して、この場に来ています。

 本当に仕事が回っていないのなら、こんな場所でこんなことをしている場合ではありませんよね?


 私がテオドール様に初めて会ったときなんて、テオドール様の顔色がどれほど悪かったか……。


 倒れてしまうほど追い詰められていたあの職場に、また戻ってこいと言うなんて。しかも、その理由が『仕事が回らないから』って、この人たちは自分勝手すぎませんか?


 テオドール様の同僚さんたちは、なぜか私に訴えかけてきます。


「テオドール様ほどの人材は王家にあってこそです!」

「そうです! 彼は王都で輝くべきです!」


 また怖い顔になったテオドール様が、私を背後に隠すように同僚さんたちの前に出ました。


「……いい加減に――」

「あの、テオドール様」


 怒りのこもった低い声を、私は遠慮がちにさえぎりました。


 そして、テオドール様の同僚さんたちに話しかけます。


「気になることがあるのですが……」


 同僚さんたちは、パァと表情を明るくして「なんでもお尋ねください!」と前のめりに言います。


「テオドール様がいないと仕事が回らないんですよね?」

「はい、そうなのです!」

「じゃあ、テオドール様が王家の役人になる前は、どうしていたのですか?」


 それまで勢いがあった同僚さんたちは、そろってポカンと口を開けました。


 私はその様子に首をかしげながら、言葉を続けます。


「テオドール様からは、王家の役人時代には、仕事以外にもアンジェリカ様がやらかしたことの後始末に追われていたと聞いています。でも、今アンジェリカ様は公爵家に嫁いだので、もう王家にはいませんよね? 皆さんはロザリンド様のやらかしの後始末に追われているのですか?」


 私の質問には、テオドール様が答えてくれました。


「ロザリンド様は、まだ社交界デビューしていないので、公務には携わっていないはずです」

「でしたら、テオドール様が王家の役人をしていた頃より、仕事量は減っているのでは?」


 同僚さんの一人が「いや、しかし、テオドール様がしていた仕事を6人で分担しても捌き切れないのです!」と訴えてきます。


「ですから、テオドール様が役人になる前は、その仕事はどうしていたんですか? テオドール様くらい優秀な方がいて、その方が一人でこなしていた、とか?」


「それは……」と言いながら、同僚さんたちはそれぞれ顔を見合わせています。


 誰かが「確か、皆で協力してこなしていたような?」と呟きました。


「ああ、そうか。そうだったな」


 そうだそうだと頷いている同僚たちに、私はジトッとした目を向けました。


「それって、皆で協力しないとできないような難しい仕事を、テオドール様一人に押しつけていたってことですか?」

「い、いえ! そんなことは……」

「でも、皆で分担していた仕事なら、テオドール様が戻らなくても、また分担すればいいだけでしょう?」

「それは……」


 私の視線から逃げるように、同僚さんたちは視線をそらします。


「ようするに、あなたたちはテオドール様に仕事を押しつけて、楽がしたいだけですよね?」


「ち、違います! 私たちはテオドール様がいなくなって、改めてその偉大さが分かったのです!」

「そうです、テオドール様こそ、この国の王配に相応しいと!」

「アンジェリカ様さえ、あんなことをしなければ、今ごろテオドール様が王配になられていたのですから!」


 王配って……そういえば、テオドール様は、アンジェリカ様の夫になり、女王になった彼女を支える予定でしたね。まぁ、その婚約は破棄されたので、もう関係ありませんが。


「テオドール様! どうか、我らのあるじとして王都に戻ってください!」

「ロザリンド様には、まだ婚約者がいません! ロザリンド様と婚約すれば、あなたが王配になることだってできるのです!」


 一斉に頭を下げた同僚さんたちを見て、私は怒りが込み上げてきました。テオドール様の前に出て、同僚さんたちに立ちふさがります。


「あのですね……。テオドール様に主になってほしいのだとしたら、私は余計に納得できません!」


 顔を上げた同僚さんたちは、私の言葉に戸惑っています。


「バルゴアでは、役人はお父様に忠誠を誓い、お父様を支えるために仕事をしています。ですが、あなたたちはどうですか? テオドール様に主になってほしいと思うのなら、テオドール様に助けてほしいと頼むのではなく、テオドール様を助けて支えるのがあなたたちの仕事ではないのですか⁉」


 シンッと辺りが静まり返りました。


 もうっ! 同僚さんたちの自分勝手な言い分に、怒りが収まらないのですが⁉


 そんな私をテオドール様は、後ろから優しく抱きしめてくれます。


「シンシア様……ありがとうございます」


 ものすごくいい声で名前を呼ばれたあとに、チュッと髪にキスされた瞬間、私の怒りは消し飛びました。


「ここからは私が」


 そう言ったテオドール様の声は、とても冷静です。


「同じ役人として分け隔てなく接してくれたこと、感謝しています。ですが、私はもうあの頃の私ではありません。何をしてでも守りたいものができたのです」


 私を抱きしめるテオドール様の腕に力が籠ります。


「王都に戻るつもりはありません。もちろん、私がロザリンド様の婚約者になることなど絶対にない。もし、これ以上、私の邪魔をするのなら、どんな手を使ってでもあなたたちを……家門ごと潰す」


 冷たい声音に、同僚さんたちの顔が青ざめていきます。彼らほどテオドール様の優秀さを知っている人たちはいないでしょうから。


 同僚さんの一人が勢いよく頭を下げました。


「すまなかった! 私は心のどこかで優秀すぎるおまえのことをずっと妬んでいたようだ……。だから、おまえが苦しんでいることが分かっていたのに、手伝おうとも助けようともしなかった……」


「俺も」「俺も」と他の同僚さんたちも続きます。


「おまえの仕事を引き継いだときに、ようやくおまえのつらさが理解できた。それなのに、俺たちはまたおまえに頼ろうとして……本当にすまない」


 テオドール様は「謝罪を受け入れます」と淡々と返します。そして、「私からも引継ぎをせずに仕事を辞めたことを謝罪させてください。困っていることはありませんか?」と尋ねました。


「あっ、実は……」


 そこからは空気がやわらかくなり、テオドール様を取り囲んで仕事の話になりました。


 少し離れたところに座る私に、いつの間にか側にいたメイドさんが、お茶を淹れてくれます。


「ありがとう……って、ジーナ⁉」


 王宮メイドの格好をしたジーナは、人差し指を口元に当てています。これは、変装しながら私の護衛をしてくれているということなのでしょうか?


「シンシア様。カッコよかったです」

「そ、そうですか?」


 黙っていられず、つい口出ししてしまいました。でも、今思うと初対面の人たちにあんなことを言うなんて、さっきの私、よく言えたなと自分でも感心してしまいます。


 テオドール様は『私はもうあの頃の私ではありません』と言っていましたが、私もテオドール様に出会ったことで、少しずつ成長できているのかもしれません。


 温かいお茶を一口飲むと、私はホッとして、ようやく身体の緊張が解けたのでした。

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