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04 王女殿下の誕生日パーティーにて【テオドール様視点】

【テオドール視点】


 シンシア様が部屋に入るのを見届けてから、私はため息をついた。


 自分も部屋に入り、一人であることを確認してから呟く。


「シンシア様が……足りない」


 王都に着いてまだ数時間しか経っていないのに、もうすでにシンシア様との時間が恋しくなってしまっている。


 バルゴア領にいるときは、毎日シンシア様と一緒に朝の散歩をして、休憩時間にはお茶を楽しんでいた。

 王都へ向かう最中は、馬車の中で一緒に過ごせた。


 しかし、王都に着いたとたんに、シンシア様との距離が遠くなってしまった。シンシア様の眼差しや声だけでなく、香りや体温まで感じられる距離が当たり前ではないのだと思い知らされる。


 その距離を当たり前のものにするためには、私たちの婚約を早急に国王陛下に認めてもらうしかない。


 父であるベイリー公爵が婚約を認める書類にサインすれば、こんな苦労はいらなかった。

 しかも、『婚約を認めてほしければ、シンシア様をベイリー公爵家に連れてこい』だなんて。素直に連れて行くわけがない。


 両親は私が王家の役人で王女殿下の婚約者だった頃、その地位を落とすために、『王女殿下と弟のクルトは愛し合っている。それなのに、テオドールが二人を引き裂いた』とありもしないウワサを広めていた。

 そんな人たちの言葉を今さら信じることはできない。


 しかし、王女殿下の誕生日パーティーに出席することも、気が進まない。


 バルゴア領に住む人たちとは違い、王都の貴族連中は腹黒い。

 笑みを浮かべながら相手を貶める。そんな奴らをシンシア様に近づけたくない。何より美しいシンシア様を見せたくなかった。


 バルゴア領では、公爵令息である私より地位が高い男がいない。しかも、シンシア様が私を婚約者に選んで王都から連れてきたと思われているので、幸いなことに張り合う相手がいなかった。


 私はふと鏡に映った自分の顔を見た。


 祖父にそっくりだと言われている黒髪に赤い瞳。両親に毛嫌いされていたこともあり、私はシンシア様以外から、外見を褒められたことがない。


 シンシア様の趣味は変わっていて、私を好ましく思ってくださっているが、王都には辺境伯令嬢の結婚相手として相応しい地位を持つ男が五万といる。


 私たちの婚約がまだ成立していないということは、シンシア様の気が変われば、この関係が終わってしまう可能性があるということ。


 考えるだけで恐ろしいが、私がシンシア様の隣を、誰かに譲る気はない。


 机に向かうと、私は王家の役人時代に一緒に働いていた同僚に手紙を書き始めた。


 急に仕事を抜けたことへの謝罪。そして、ロザリンド王女陛下の誕生日パーティーに参加するので、できれば会いたい旨を書く。


 彼らは皆、優秀だったが、私が仕事の引継ぎをせずにバルゴア領に向かったので、多少は困っていることがあるはず。その相談に乗る代わりに、彼らから今の王家や王都の情報を聞き出すつもりだった。


 次の日の朝に送った手紙は、その日の夕方にはもう返事が来た。


 同僚たちからは『ぜひ会いたい』とのこと。


 王女殿下のパーティー会場で、彼らと話すためにシンシア様と離れるのは不安だったが、王家の護衛をしていた元カゲのジーナがいるから問題はない。


 バルゴア領とは違い、王宮内のことをジーナは知り尽くしている。そんな彼女になら、シンシア様を任せられる。


 あっという間に、王女殿下の誕生日パーティーの当日になった。

 パーティーでは、貴族たちが様々なプレゼントを持ち込み王女殿下の誕生日を順に祝っていくことになる。

 お祝いの言葉を伝えるのは先着順のため、王女殿下に好印象を持ってもらうべく、昼から行われるパーティーのために朝から王宮に向かう者もいるくらいだった。


 そんな中、ターチェ伯爵邸はのんびりしていた。

 伯爵夫妻も昼から向かうとのこと。私たちもそれに合わせることにした。


 王女殿下への誕生日プレゼントは、ターチェ伯爵が「念のために」と準備しておいてくれたものを有難く贈らせてもらうことになっている。


 私の身支度を手伝ってくれたターチェ伯爵家の使用人たちの仕事は素晴らしかった。


 鏡に映る私が、いつもよりマシに見えるような気がする。


 準備を終えてシンシア様の部屋に向かうと、ちょうどメイドたちが出てきたところだった。メイドたちは私に礼儀正しく頭を下げてから、部屋に入るように勧める。


 そこにはシンシア様が佇んでいた。


 ドレスアップしたシンシア様を見たとたんに、私の胸は締めつけられたように苦しくなる。


 シンシア様が美しいことは、私が誰よりも知っている。外見だけでなく、その心も輝いている。でも、今の美しさは多くの人に会うために着飾ったものだ。


 私が「とても素敵です」と伝えると、白い頬を赤く染めたシンシア様は「テオドール様も素敵です」と褒めてくれる。


「シンシア様のお手に触れてもいいですか?」

「は、はい」


 可憐な手をそっと取り、その手の甲に口づけをする。


「ご一緒できて光栄です」

「私も……」


 恥ずかしそうに微笑むシンシア様から目が離せない。


 パーティーに出れば、シンシア様は多くの人の視界に入る。人々はその美しさに傾倒するだろう。


 以前、バルゴア領で参加した夜会のように、シンシア様は誰かとダンスを踊るかもしれない。その間、私はただその様子を見ていることしかできないなんて苦痛でしかない。


 シンシア様をエスコートしながら、ターチェ伯爵が準備してくれた馬車に乗り込んだ。


 久しぶりの距離感に嬉しくなる。

 幸せな時間はあっという間に終わり、もう王宮に着いてしまった。


 シンシア様と共に会場に入ると、王女殿下にプレゼントを渡すための行列ができている。行列の先には謁見用の部屋があり、その中で王女殿下にお祝いのお言葉を直接伝えることができるようになっている。


 バルゴアを名乗れば、この列を全て無視して、すぐに王女殿下にご挨拶することができるがどうするべきか?


 ただでさえ人々の視線がシンシア様に集中しているのに、わざわざ自ら名乗って彼女がバルゴアであることを大勢に紹介するような愚かなことはしたくない。


 そのとき、背後から「テオドール?」と声をかけられた。


 振り返ると、王家の役人時代に一緒に働いていた者たちが集まっていた。

 彼らの多くは家を継がない貴族の次男や三男なので、こうした王宮のパーティーにも参加することができる。


「お久しぶりです」


 私の言葉に彼らは「あ、ああ」とあいまいな返事をした。


 シンシア様のほうを見て「こちらの方は?」と尋ねられたので、仕方なく「バルゴア辺境伯令嬢のシンシア様です」と伝える。


 彼らの紹介は……しなくていいか。万が一にも、シンシア様が興味を持ったら困る。


 同僚たちは「バルゴア」と呟いたあとにゴクリとツバを飲み込んだが、シンシア様が小さくペコッとお辞儀をするとすぐにその愛らしさに(なご)んだようだ。


「こっちに部屋を用意しておいた。そこで話そう」

「分かりました」


 姿は見えないが、この会場内にはシンシア様の護衛をするためにジーナがいる。


 だから、私はシンシア様に「彼らと話があるので、少しお側を離れます」と告げると、同僚たちはなぜか慌てた。


「いえ、シンシア様もぜひ一緒に!」


 不思議に思ったが、シンシア様に「ひ、一人はちょっと……。私も一緒に行きたいです」と上目遣いで見つめられるともうダメだった。


「……では、一緒に」


 同僚たちの手前、口元がにやけてしまわないように必死に咳払いで誤魔化しながらシンシア様をエスコートする。


 部屋に案内され、扉が閉められたとたんに、同僚たちは一斉に両膝をついた。


 何事かと思っていると、「テオドール、いやテオドール様! どうか王都に戻って来てください!」と深く頭を下げた。


 シンシア様がポカンと口を開けている。そんなシンシア様に縋りつく勢いで同僚たちは口々に言う。


「シンシア様! テオドール様がいないと、仕事が回らないのです!」

「どうか、テオドール様を私たちに返してもらえませんか?」


 しまった。まさか、王家の役人たちが、私に戻って来てほしいと思っていたなんて。


 バルゴアでは、私一人が抜けても『業務に支障がないからシンシア様とゆっくり王都観光でもしてくればいい』と笑いながら送り出してくれた。


 バルゴア領の役人たちが、あまりに優秀だったので、同じように考えてしまっていた。しかし、王家の役人たちは、そうではなかったようだ。


 しかも、卑怯なことに可憐なシンシア様を見て、私を説得するよりシンシア様を説得したほうが早いと判断したらしい。


 シンシア様が婚約破棄をされた私を助けるために、その場で婚約を申し込んだことを王都で知らない貴族はいないだろう。彼らは、そんなシンシア様の優しさにつけ込もうとしている。


 私の中で殺意に近い感情が湧きおこった。

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