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020 ツガイシステムが淘汰されない理由

お読み頂きありがとうございます。

この話を入れて、あと三話で完結です。よろしくお願いします。

 クリスティナ様が言う事は正しい。

 確かにツガイシステムは全ての人を幸せな未来に導くものではない。


 なぜなら一夫多妻制で選ばれた私たちには、ちっとも明るい未来が待っているとは思えないから。


 私はその事を、今回の件で身をもって知った。


 けれど、心の奥底ではツガイシステムの不具合を認め難いと思う気持ちがまだある。


「ただ、私は」


 膝の上でギュッと拳を握る私にクリスティナ様が静かに語りかける。


「今回の事は例外だと主張されるアリシア様のお考えも間違ってはいないと思います」

「どういうこと?」


 私は顔をあげてクリスティナ様にたずねる。


「なぜなら、ツガイシステムの結果を不服に思う人が多数いたとすれば、このシステムはとっくに廃れていたはずだからです。けれど私達はツガイシステムを受け入れている。それは誰もがツガイシステムに疑問を覚えない理由があるからなんじゃないかしら?」


 思いもよらぬ問いかけに、紫色のドレスに身を包む子がたずねる。


「ツガイシステムが受け入れられる理由という事ですか?」

「ええ。我が国の人間が、ツガイシステムに相手を勝手にマッチングされて文句を言わない理由。それは今までちゃんと、好きな人とマッチングされてきたからではないかしら?」


 静かに話に耳を傾けていた私は、数日前。

 エリオット兄様が意味ありげに与えてくれたヒントの答えは、それだと閃く。


『私はツガイシステムが妻を示す前に、すでに彼女を特別な女性だと思っていた』


 エリオット兄様の言葉が鮮明に蘇る。


 この言葉の意味するところは、エリオット兄様と奥様はツガイシステムで選ばれる前に、すでに想い合っていたということ。逆に言えば、想いあっていたからこそ、ツガイシステムに引っかかったとも言えるのではないだろうか。


 もしこの仮説が正しいとすると、夫婦喧嘩をする度にエリオット兄様がこんぶ課のせいにするなんて、八つ当たりすぎると感じた。


(今度会ったら、ちゃんと文句を言っておかなくちゃ)


 心のメモ帳にしっかりと記す。けれどすぐに、エリオット兄様には普段からメンタルケアをしてもらっている事を思い出す。


(ふむ、こんぶ課のみんなには悪い気もするけど)


 個人的な理由から、エリオット兄様にだけはこんぶ課に八つ当たりをする権利をそのまま保持してもらう事にした。


「そもそも帝国の人間であるオリヴァー殿下は魔力を持たない人間だわ。だけど今回ツガイシステムに名前が登場したのは、主に私たちエスメルダ王国側の人間から、オリヴァー殿下に対する好意の気持ちが大きくなりすぎたせい。そしてそれは贈られた花のせいでもある」


 クリスティナ様は自分に言い聞かせるように呟く。


「つまり、それこそが今回沢山の人がツガイシステムに選ばれてしまった理由なのよ」


 まるで名探偵のように、クリスティナ様が私達の顔を一人ひとり確認していく。

 その雰囲気に完全にのまれた私は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「それは殿下が一夫多妻制の国の人だからってことかしら?」

「それもあるけど、今回は殿下に好意を抱いている者みんなが選ばれてしまったってことよね?」

「確かに辞退した子もみんな、殿下の事を素敵って言ってる子ばかりだったわ……ってまさか、私たち以外にもみんながお花を頂いたってこと?」


 緑の子がハッとした表情になったのち、驚くべき速さで扇子を口元に当てた。


「殿下からお花が贈られた子全員が、好意を持たれたと勘違いしたかどうかはわからないわ。でも少なくとも辞退した子を含め、ツガイシステムに引っかかってしまった子は、確実に殿下からダリアを受け取ったはずよ」


 クリスティナ様は自信ありげに断言する。

 そしてそのまま言葉を続けた。


「ダリアの花言葉は「華麗」や「優雅」だわ。一方で、「移り気」や「裏切り」という意味も含む。今回殿下は悪い方の意味を込めて私達にダリアを贈ったのよ」

「そんな……」

「酷いわ」

「でも何でそんなこと」


 みんなが困惑した表情になる。

 私も何でオリヴァー殿下がそんな事をわざわざするのか、その意味がわからず戸惑う。


「それはアリシア様に……ここから先はご本人が自分の口から告げたいでしょうから、言わないでおくわ」


 やけに大人びた表情で、クリスティナ様が勝手に話を終了させた。


「そうですわね」

「なるほど、私達はまんまと利用された。その意味が理解できましたわ」

「ほんと、失礼しちゃうわ」


 私を除く面々は納得した様子で、既に冷めてしまったであろう紅茶に手を伸ばす。


(一体どういうことなの?)


 私一人、状況が理解できていないようだ。


「皆様には悪いけれど、私はこの件から降りる事にします。だって私は誰よりも可愛いし、若くて可能性に満ちておりますもの」


 晴れやかな顔をしたクリスティナ様が胸を張って言い放つ。


「私も辞退しようと思いますわ。正直誰か一人の妻になりたいもの」


 緑の子が頬を膨らませながら答える。


「私も降ります。だってやっぱり共同生活なんて絶対無理だもの」


 黄色の子が吹っ切れたように笑う。


「私も辞退します。だって私が辞退しなければ、アリシア様の婚期がますます伸びてしまいますものね」


 最後に残った紫の子が、私に挑戦的な笑みをよこした。


「確かに。この中で一番後がないのは私ですもんね。はははは」


 私は引きつった顔で、乾いた笑いをもらす。


「それで、アリシア様。あなたは殿下が好きなの?」

「え?」


 クリスティナ様に問われ、私は一瞬固まってしまう。


「私達が勘違いしてしまった原因の一つは、おそらくあなたの態度にもありますのよ」

「態度ですか?」

「そう。ご自分の気持ちに素直に向き合わなかった結果、こんな風にみんなを巻き込む結果になってしまった。その罪は大きいわ」

「ご、ごめんなさい……」


 クリスティナ様に鋭い視線を向けられ、思わず謝罪する私。

 そして頭を下げながら、クリスティナ様から放たれた言葉の意味について考える。


(確かに私は今まで恋というものに対し、真摯に向き合っていなかった)


 何故なら恋というものは、ツガイシステムにマッチングされてから始まるものだと思い込んでいたからだ。けれどそうやって割り切って生きてきた結果、婚期も後れ、ようやく芽生えたオリヴァー殿下を慕う気持ちにも、なかなか気付けなかった。


(それで、ようやく気付いた時にはこんな風になっちゃって……)


 みんなに迷惑をかけたのであれば、私も辞退すべきなのだろうか。

 いまさらその事に思い当たった。


(だけど、断りたくない)


 勿論みんなに比べて後が無いと焦る気持ちがあるから、一夫多妻という制度でもいいやと自分を納得させた部分は多々ある。けれど私は、心の底からオリヴァー殿下に惹かれている。だからどんな形でもこのまま離れるなんて嫌だと思ってここに来た。


「皆様には申し訳ないと思う。だけど私はオリヴァー殿下が」

「私がどうしたって?」


 突然オリヴァー殿下が現れて、私は驚きのあまり椅子ごとひっくり返りそうになった。


「おっと、あぶない」


 オリヴァー殿下が爽やかな笑顔と共に、私の椅子と体を支えてくれる。


「あ、ありがとうございます」


 私は慌てて机を掴み、体を立て直す。


「殿下、大変申し訳ございませんが、私は今回のお話を辞退させて頂きますわ」


 クリスティナ様が椅子から立ち上がり、凛とした表情でオリヴァー殿下に告げた。


「殿下、私も誰か一人に愛される人生が良いので辞退させて頂きますわ」

「申し訳ございません。私も一夫多妻はちょっと無理そうです」

「私も共同生活は流石に送りたくないので。申し訳ございません」


 緑の子、黄色の子、紫の子が次々に辞退を表明する。


「では、私達はこれで失礼致します。お邪魔いたしました」


 クリスティナ様が立ち上がり、他の三人もそれに続く。


「え、みなさま?」


 私は唖然としたまま声をかける。するとすでにこちらに背を向けていたクリスティナ様がくるりと振り返る。


「あ、そうだ。噂で聞いたのですが、辞退するとドレスをお詫びに頂けると聞いたのですが。勿論それは」


 クリスティナ様が含みを持たせたまま言葉を切った。


「ああ、もちろんだとも。この度は本当にすまないことをしたと思っているからね。だから是非受け取って欲しい。君たち宛に贈らせてもらうよ。謝罪の花と共に」


 オリヴァー殿下が肩をすくめながら笑顔で告げる。


「お花は結構ですわ。ドレスの方だけお願いします。では、ごきげんよう」


 クリスティナ様はうやうやしく淑女のお辞儀を殿下に返すと、背筋を伸ばし綺麗な歩みのまま庭園を去って行く。そしてその後を、無口な侍女達がしずしずと追いかけていた。


「どうやら僕は相当みんなに嫌われたようだ」


 空席となった私の席の隣にストンと腰を下ろすオリヴァー殿下。


「ええと」

「君以外みんな辞退しちゃった」

「みたいですね……」

「まさか君まで辞退するとか言わないよね」

「勿論です。だってあとがないですから」


 私は正直な気持ちの半分を殿下に明かす。

 流石にここで唐突に「実は好きでした」なんて恥ずかしくて言えなかったからだ。


「ふーん。後がないからか」


 オリヴァー殿下が私を探るようにジッと見つめる。


「何だか喉が」


 私は慌てて視線を逸し、紅茶カップに手を伸ばしたのであった。

お読みいただきありがとうございました。


更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。

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