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013 夢の国、マンドラゴランド2

 マンドラゴランドを充分満喫(まんきつ)し、日が暮れ始める頃。私と殿下はパレードを見学するための場所取りを開始した。


「まだ一等地が空いていて良かったです」

「そうだね。でもパレードまであと一時間もあるんだろう?」


 オリヴァー殿下が、マンドラゴランド初心者丸出しの言葉を発する。


「休日や長期休みが重なると、一時間前でも最前列はとれませんから」

「なるほど。大人気なんだな」

「ええ。これだけを楽しみに来園する人もいるくらいには」

「それは楽しみだ」


 オリヴァー殿下がふわりと微笑む。その笑顔に、私はまたもや心臓が激しく脈打ちそうになる。


(まずい、殿下の笑顔に殺されちゃうわ!)


 危険な気配を察知した私は、仕事のミスをして落ち込む気持ちを必死に思い出し、何とか平静を装う事に成功した。


 そんな状況の中、歩くこと数分。オリバー殿下と私。それから殿下付きの近衛たちは、パレードが通るルートであるメインストリートに腰を下ろす事に決めた。


「公爵令嬢がハンカチを()いただけの地面に座っているなんて」

「それを言ったら、オリヴァー様のほうが。皇子殿下なわけですし」

「まぁ、そうか」


 人が密集しているせいで、思いのほか体を寄せ合い並んで座る事になってしまった私たちは、顔を見合わせ笑い合う。


「オリヴァー様、良かったらどうぞ」


 私は先程殿下から買ってもらったばかり。首から下げたポップコーンバケツの口を開け、オリヴァー殿下に向けた。


 マンドラゴラを()したポップコーンバケツは、頭の部分がパカリと開き、中にポップコーンをいれておける優れもの。


(しかも目も光るし)


 さらに背面のスイッチをオンにすれば、ラッキーなマンドラゴラの悲鳴を何度も聞く事が出来る。何よりお持ち帰り可能なので自宅でも楽しめると、二度おいしいお土産アイテムだ。


「ありがとう」


 オリヴァー殿下がマンドラゴラの頭に手を突っ込む。それから殿下は美しい(あご)のラインを上下させ、カリッ、カリッ、カリッと小気味よい音を立てた。


「美味しいね」

「はい。それに可愛いです」


 私は頭がパカリと開いた、マンドラゴラのゴラちゃんを模した、緑のポップコーンバケツを眺めながら答える。


「たしかに。最初は正直趣味が悪いと思わない事もなかったけど、今は無性にコレが可愛く思えるから不思議だ」


 オリヴァー殿下は、ポップコーンバケツを見て目を細めた。


 私達は腰を下ろした事で疲れがきたのか、少しだけ言葉数を減らし、日が暮れるのをジッと待つ。


 変わるばんこにポップコーンバケツに手を入れ、ポップコーンを口に放り込む。そんな私達の目の前には、沢山の子ども達が並んでいた。


 彼等は皆、色とりどりのマンドラゴランドのキャラクターが描かれた袋を手に持っている。袋の中には、キャラクター型のクッキーやチョコが入ったお菓子セットが入っているようだ。


 子ども達はこれ以上ないくらい明るい顔をしており、楽しい雰囲気で今日制覇(せいは)したアトラクションの事についてお喋りをしていた。


「今度はいつ来られるんだろう」


 子どもを見ていたせいか。それとも楽しい時間の終了が近いせいなのか。私の口から名残(なごり)惜しさがこもる本音がもれる。


「そう思うのは、やっぱり君に特別な相手がいないから?」


 オリヴァー殿下は私がもらした言葉に、少し意地悪な質問を投げかけてきた。


「まぁ、そうですね」


 特段文句を言う理由も思いつかず、素直に肯定する。


「君は今日楽しかった?」

「もちろんです」

「じゃ、また僕と来ればいいじゃないか」

「それは……」


 私は言い(よど)んでしまう。


(そりゃ、お誘い頂いたのは嬉しいけど)


 オリヴァー殿下とは、この夢の国にいる間だけの関係だ。


「僕は君と過ごせて楽しかった」

「私だって楽しかったです。でも、オリヴァー様は結婚相手を第六感で見つけるんですよね?」

「そうだね」

「だったら、きっと私とはもうこれきりです。お相手のかたに悪いですし」


(私は人の彼氏や旦那様に興味はないもの)


 よくよく自分に言い聞かせる。


 私と殿下はお友達ですらない。これは接待のようなものであり、業務上の関係でしかない。


 それなのに、まるで恋人と来たみたいになってしまうのは、腕に手を添え、共に絶叫し、仲良くポップコーンを分け合っているから。それは私が、いつか特別に思う人とやりたいと思っていた事全てだからだ。


(あーあ、早く私のツガイが現れないかな)


 人知れず悶々(もんもん)とした気持ちを抱えていると、突然園内の照明が消えた。


今宵(こよい)も夢の国、マンドラゴランドでは何やら楽しげなパレードが行われるようだよ。みんなー、準備はいいかな?あっ、僕はもう行かなくちゃゴラ!!」


 メインキャラクターである、ゴラ君の慌てた声が消えると同時に、胸躍(むねおど)る楽しげな曲が聞こえてきた。そしてパレード用の軽快な音楽に合わせ、マンドラゴランドのメインストリートに続々とキャラクターたちが姿を現す。


 お花を咲かせたマンドラゴラに、しおれた葉を持つマンドラゴラ。それから芽が出たばかりの小さなマンドラゴラ達などなど。実に個性豊かで様々な大きさや色をしたマンドラゴラ達が、私達に手を振りながら、魔法のお花を撒き散らして行進していく。


「わぁ、凄い、オールスターマンドラゴラです」

「マンドラゴラなのに、綺麗だな」


 私とオリヴァー殿下は思わず歓声を上げる。


 パレードに登場するキャラクターは、全てマンドラゴラ。そして全員が、キラキラと輝く魔法の粉を纏っている。


 パレードがメインストリートを進むたび、キャラクターの台詞と共に、頭上からは小さな花火が上がり、中央にそびえ立つマンドラ城に投影された絵が目まぐるしく変化する。


「わぁ、すごい」

「魔法を使いこなせる君でもすごいと思うんだ」

「そりゃそうですよ。綺麗とすごい。それは魔法に関係ありませんから」


(それに美しいも)


 私は花火を見上げるオリヴァー殿下の丹精で美しい横顔をチラ見しながら、内心付け足す。


「オリバー様、今日はこんな素敵な場所に連れてきてくださって本当にありがとうございます」


 私はパレードを眺めながら、心から礼を言う。


「こちらこそ。思いのほか楽しかったよ」

「そう言ってもらえるとガイドのしがいがありました」

「仕事熱心なアリシアらしく、完璧だったよ」

「ありがとうございます」


 褒められた私は満面の笑みをパレードに向ける。


「ずっとこの時間が続けばいいのに」


 私はマンドラゴラ達が愉快に踊るパレードを、夢見心地(ゆめみごこち)で眺めながら思わず呟く。そしてしばらく無言でパレードを堪能した。そしてとうとう最後となる、ゴラ君を載せた大きな鉢植え型の乗り物が私の前を通過してしまった。


「終わっちゃった」


 ゴラ君を乗せた鉢植えはどんどん遠くに消えて行ってしまう。それを見送る私の心は、まるで魔法が解けたかのように、無性に悲しくて寂しい気持ちに囚われる 。


(あぁ、そうだった)


 私は家族と来た時も、いつも最後は泣いていた。


「またみんなで来れば良い」

「そうよ、いつでも来られるでしょ」


 父と母になぐさめられていた幼い頃の情景を思い出す。


(また来ればいいに、いつもでか……)


 振り返ってみると、家族揃ってマンドラゴランドに遊びに来た事なんて、片手に収まるほどしかない。


 そもそも国王陛下の弟である父の身分を考えれば、この場にふらりと来られる立場ではない。今のオリヴァー殿下のように、必ず近衛を巻き込んでになるので準備も大変だからだ。


(そのうちお兄様が寄宿学校に行っちゃって)


 貴族の子ども達は、男子は十歳になると騎士学校へ。女子は十二歳で花嫁学校へ行く。しかも全寮制のため、長期休みにならないと親元には帰れない。


 そうやって家族が揃う事か少なくなり、いつの間にか縁遠くなったのが夢の国、マンドラゴランドだ。


 今のところツガイシステムに引っかからない私は、次いつ来られるかわからない。


 オリヴァー殿下は「また僕と」なんて口にしていた。しかし友達だとしても、結婚相手でもない人と何度も遊びに来るのは世間体(せけんてい)が悪いので無理なこと。


(何より殿下は帝国の人だもの)


 簡単にマンドラゴランドに誘っていい人物ではない。


 今日が思いのほか楽しかった分、小さくなっていくパレードの最後尾を目にし、私は一日の終わりを強く感じてしまった。そしてとてつもない寂しさに襲われる。


 そしてついに、子どもの頃と同じ。


「あーあ、帰りたくないな」


 本心を口にした途端、私の瞳から涙がぽろりとこぼれ落ちた。


「アリシア……」


 私の名前を呟くオリヴァー殿下。


「もしかして、泣いてるのか?」

「いいえ、ごめんなさい。ちょっと寂しくなっちゃって」

「君は、本当にマンドラゴランドが好きなんだな」


 オリヴァー殿下が腕を伸ばし、私の肩を抱き寄せる。随分と忘れていた、人に抱きしめられるという、優しさの塊にあてられた私の涙は止まらない。


「ご、ごめんなさい」


 私は無礼すぎると思うのに、心地よく感じてしまい、オリヴァー殿下の腕を振りほどけない。


「謝らなくていいよ。誰だって泣きたい時はあるし」


 オリヴァー殿下が耳元で優しく囁く。


「ありがとうございます」


 私はオリヴァー殿下の胸に顔をうずめたまま、小さくお礼を口にするのであった。

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