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相応しいのは?

 

 リチャードは馬車に戻ると何食わぬ顔で「出してください」と運転手に告げた。


 シェリーは溢れ出る好奇心を抑えようともせずに、目を輝かせながらこちらを見ている。


 さて、一体どう説明をしようか。リチャードが考えあぐねていると、先に口を開いたのはシェリーの方だった。


「ねぇ、リチャード。彼とはどういうお知り合いなの?」


 シェリーは興味津々だった。リチャードが屋敷に来てから数年経っているというのに、彼の私生活はいまだに謎に包まれている。

 

 リチャードは少し考えた後、シェリーの熱い視線から逃れるように顔を背けてこう答えた。


「……いえ、今日が初対面です」


 誰が聞いてもバレバレの嘘で誤魔化そうととするリチャードに、シェリーは思わず目を見開いた。


「そんなはず……」


 ないわよね、と言いかけて口を閉ざした。どうせ聞いても教えてくないのだから。


 シェリーはフンっと鼻を鳴らして不満そうに窓の外を見つめてる。


 リチャードはその様子に少しだけ心が痛んだが、同時にほっとしていた。 


 どうやらコールとの会話は聞こえていないようだ。リチャードはこのまま上手く誤魔化すことにした。


「そんなことより、お嬢様」


 リチャードが小さく咳払いをすると、シェリーはビクッと身構えた。


 彼女は身を持って知っているのだ、これはリチャードの長いお説教が始まるときの癖だということを。


「前にも言いましたよね? 知らない男性と馬車の中で二人きりにならないこと」

 

 シェリーはつーんと澄ました表情で、窓の外ばかり見ている。


 聞こえないフリを続けるシェリーに、リチャードの口調も思わず荒くなる。


「ちゃんと聞いてください……! ここは動く密室なんですからね、気をつけてください」


「私はきちんとお断りしたのよ」


 シェリーは心外だという顔で訴えるように、リチャードの方を見た。


「きちんと……? 私がいなかったらあのまま押し切られていたでしょうが」


 相手がコールのような男だったから少しは良かったものの、世の中にはどんな不埒な輩が狙っているかわからない。どんなに紳士的な男性に見えても理性を失ったり、間違いが起こる場合だってある。


「そんなことない。それに、彼はとても紳士な方だったわ」


 リチャードはこれを聞いて深く溜息を吐いた。


 知らない男性の馬車に乗ってはいけない、二人きりになってはいけないと何度も念押ししているし、彼女がそんな軽率な行動を取るとも思っていない。


 しかし、シェリーは少し騙されやすいところがある。それは仕方ないことであるとリチャードは思う。優しい人間であればあるほど、他人の策略や悪意を見抜けないものだ。


 素直すぎるシェリーのことが心配になることもある。立派なレディになるように監督を任せられたが、できればこのまま彼女らしく変わらないでほしいと思う。


 それが"子ども扱いしている"とシェリーの怒られる要因の一つにもなっていることにリチャードは気付いていない。



(それに彼が紳士的だなんて……本当にどうかしている)


 コール・ランベール、これまで何人の女性を泣かせてきたことか。


 リチャードは喉まで出かかった彼の正体をグッと堪えて、ただ小さく溜息を吐いた。

 

 大事なお嬢様を彼の毒牙に掛ける訳にはいかない。


「……とにかく、男と、馬車の中で、二人きりに、ならない。わかりましたね、男とは危ない生き物なんです」


 シェリーと目を合わせ、敢えて強調するように言葉を区切りながら言い聞かせると、彼女は少しだけ不貞腐れたような表情をした。



(変わらないな、ずっと)


 はじめて会った日から、目が離せないと思っていた。勝手に転ぶし、悪戯をして誰かに叱られると、そういえばいつもこんな表情をしていた。


 不意に蘇る懐かしい記憶に、リチャードは頬を緩めた。

 

 ここまで言えば、頑固なシェリーも納得しただろう。リチャードは満足そうに馬車の揺れにゆったりと身を任せた。



「……やだ、私ってば貴方と二人きりだわ」


 穏やかな時間というものは本当に一瞬だった。


 シェリーはハッとしたようにそう口に出すと、ショールを胸の前に掻き抱いた。


「なっ……! 馬鹿なこと言わないでください…!誰がこんなお子さまなんかと」


 とんでもない誤解だ、リチャードは激しく動揺していた。


「あ、今"お子さま"って言ったわね。やっぱりそう思ってたんだ、ピリピリイライラ男のくせに」


「ピリピリイライラ男ってなんだ! まったく、これだから……」


「これだからって何よ、言いなさい」


 シェリーは好戦的な口調で問い詰める。


(……危ない、まんまとお嬢様のペースに嵌る所だった)


 ここでリチャードが大人気なく何かを言い返してしまうと、『ほら、貴方だって』と、小憎らしい顔で笑われるのがいつものパターンだ。


「いいえ? なんでもありません。お子さま呼ばわりがそんなに悔しいのなら、立派な"レディ"になればいいだけの話です」


ーーどうだ、言い返せないだろう?


 シェリーはしばらく視線を彷徨わせて言葉を探していたが、諦めたように目を閉じた。


 リチャードは勝者の笑みを浮かべていた、大人気ないとはこれっぽっちも思っていなかった。


「……何よ、高慢ちき」


 シェリーがボソッと呟いたのを、リチャードは聞き逃さなかったようだ。また何か言い返そうと眉を持ち上げたのが見えたので、シェリーは慌ててどの場を取り繕った。


「ええ、そうよね。貴方の言う通りだわ、リチャード。私もそうあろうと努力する」


「お、お嬢様……!」


 リチャードを喜ばせるために口をついた言葉だったが、それはシェリーの本心でもあった。


 これまであまり興味を持てなかったけれど、あんなに煌びやかなドレスに囲まれたら気分も上がるものだ。それに、あの運命のような出会い……。


 リチャードはシェリーの成長ぶりに感激していた。その瞳は僅かに潤んでいるように見える。


 その様子に、シェリーは少しだけ申し訳なく思った。イライラピリピリ男なんて言ってしまったけど、全てシェリーの為であるということは理解している。


「少しはね、隣に立って見劣りしないような女性になりたいと思ったの」


 姉のオリビアに秘密を打ち明けるのと同じように、リチャードの肩に手を置くと、そっと耳元に口を寄せた。


「お、お嬢様……?」


「ランベール様みたいな、ね」


 シェリーは友好の証に秘密をひとつ囁いた。


「はぁ?」


 喜んでもらえると思っていのに、リチャードは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべている。真っ赤に染まった耳は手で上手く隠しているので、幸いシェリーには気付かれていないようだ。


「何よ、その顔……」


(私たちは言うなれば、運命共同体でしょう?)


 秘密の共有はもっと喜び合えると思っていた。これがオリビアだったら、小さな悲鳴を上げながら二人で頬を寄せ合い抱き合っていたことだろう。


 リチャードはまだ不満そうな顔をしている。


「私、あんな王子様みたいな人はじめて見たのよ」


 シェリーはコールのことを思い出しながら、うっとりと目を細めた。


「どうしてそうなる……」


「だって、私の周りでお父様以外の男性っていったら幼馴染のアランぐらいなのよ」


「……他にもいるだろうが」


 リチャードが思わず悪態を吐くと、シェリーはピンと閃いたようで申し訳なさそうに笑った。


 全く困ったものだ、こうしていてもそれなりに……いや、それ以上に女性から容姿を褒められることが多いと自負している。王子様……とまではいかなくとも、コール・ランベールに引けを取らない自信があった。


 そもそも、コールドウェル家で働くにあたっても、マックスはリチャードの実力以上にこの容姿を絶賛してくれたのだから自信を持っていいはずだ。



「アーチボルト伯爵よね。彼も素敵だけど、もう既婚者だから」


 へらっと悪気なく笑う彼女に、プチンと何かが切れる音がした。


「いいですか、お嬢様。貴方はどうにも男を見る目がないようだ。貴方に相応しい男は私が責任を持って探してみせます」



 リチャードのこの宣言が、シェリーの機嫌を再び損ねてしまったことは言うまでもない。

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