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【完結】完璧主義な貴方の恋のお相手は、世話が焼けるくらいがちょうどいいでしょう?   作者: 桐野湊灯


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26/28

体温

 下の階で簡単な食事を済ませ、再び部屋に戻って来る。当然だが、何度見てもベッドの数は変わらない。


 狭いながらもきちんとした浴室のついた気の利いた部屋だった。混み合っていた理由も納得だ。この悪天候で空き部屋を見つけられた自分たちは、ひょっとしてものすごくラッキーだったのかもしれない。


「では、私はこちらで」


 リチャードは近くにあった椅子に腰掛けた。


「駄目よ、そんなんじゃ疲れが取れないわ」


 シェリーは慌ててリチャードを止めた。


「慣れているので平気です」


 コールドウェル家でも、休憩時に作業室の椅子で仮眠を取ることがある。


「それじゃあ私がそっちで寝てみたいわ。貴方がベッドを使って」


「いけません」


 シェリーはリチャードが椅子で眠ることを断固として認めない。


 だが、リチャードだって彼女を椅子で眠らせる訳がない。何としてでもベッドで眠らせるつもりだ。


「じゃあ、一緒に寝る?」


 シェリーは、閃いた!と顔を輝かせた。


「……」


 だが、提案した後、急に恥ずかしくなったのか両手で顔を覆ってしまった。やっと事の重大さを理解してくれたらしい。


「まったく……いいんですか? 何をするかわかりませんよ」


 畳み掛けるようにシェリーをベッドへと誘導する。きっと、彼女は申し訳なさそうに、「それはまだ……ごめんね、リチャード」なんて言うだろう。「気にしないで、お嬢様」と言えば、これで万事解決。完璧だ。


 リチャードはシェリーの言葉を待ちながら、余裕たっぷりにグラスの水を飲んでいた。


「……そうね、眠っている私にキスするとか?」


 思ってもいなかった反撃に、リチャードは盛大に水を吹き出した。


「……っ! やっぱり気付いていたんですね……」


 ーーあの日は、()()魔が差したのだ。


 翌日、シェリーの様子がおかしかったのでもしや……と、思っていたが、何も言わないので大丈夫だと踏んでいたのに。


「あれは夢かと思ったのよ……ちょっと言ってみただけ。でも、本当にそうだったのね……」


「すみません、つい……」


 今度はリチャードが両手で顔を覆って俯く番だった。シェリーはその肩をさすりながら、シャツに溢れた水を拭ってくれた。


「いいのよ。……ほらね、私は平気。さあ、ベッドへ行きましょう」


 シェリーは慈しむように慰めると、リチャードを支えるようにして、ベッドの方へと誘導する。


 リチャードはハッと顔を上げた。その手には乗らない。


「次はキスだけじゃすまないかもしれません。……今だって、このまま押し倒してしまいそうです」


「……望むところよ」


 リチャードがシェリーの嫌がることをするはずが無い。シェリーはそう信じているようだった。


(親子揃って、どうして俺をそんなに信用出来るんだ……)


 シェリーはこうなったら絶対に譲らない。リチャードがベッドで眠らない限り、自分もベッドを使うことはないだろう。


 リチャードは小さく溜息を吐いた。押し倒したいのは半分以上本音だった。だが、まだ誠実でいたいという気持ちも本物だ。



(……生殺しの夜のはじまりだ)

 


 一人で眠るには広いベッドだが、二人で眠るにはやっぱり狭い。


「……狭くありませんか?」


 背中を向けたままリチャードが訪ねた。


 向かい合って眠る勇気はまだ待てなかった。そんなことをしたら朝まで心臓がもたないだろうし、理性を保てる自信もない。


「私の方が広いわよ、貴方こそ大丈夫? 足落ちてるんじゃない?」


 シェリーがもぞもぞと手を動かした。足が落ちてないか確認しようとしているらしい。


「……っ! 大丈夫です、まったく問題ありません」


 リチャードはその手をやんわりと制した。だが、実の所、彼の足はほとんど下に落ちていた。


「明日は早いですからね、しっかり眠ってください」


「わかったわ。おやすみなさい、リチャード」


「ええ、おやすみなさい」


 静かな部屋に雨音だけが響いている。リチャードは身動き一つ取れずにいた。背中に小さな体温を感じて落ち着かない。


ーーまったく、この状況でよく眠れるな。


 あまりの無防備さに、段々と腹が立ってくる。起こさないように、慎重に振り返ると、シェリーとばっちり目が合ってしまう。


 さっきまで背中合わせに眠っていたはずなのに、いつの間にかこちらを向いていたらしい。


 慌てて体を戻すと、今度はシェリーが背中にぴったりと寄り添った。


「何もしないの?」


「……しませんよ!」


 人の気も知らないで、とまた振り返る。シェリーはすでに小さな寝息を立てていた。

 あまりにも気持ち良さそうに眠っているのが悔しくて、リチャードはその小さな鼻を摘んでやった。


「ふがっ……?」


 一瞬だけ驚いたように眉を顰めたが、またすぐに穏やかな寝息を立て始めた。


「……まだ、ね」


 静かに布団をかけ直してやると、寝顔が僅かに微笑んだように見えた。


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