いつになったら
本来ならば、もっと早い段階で打ち明けるべきだったと思う。
シェリーへの気持ちに気づいた時、いつかはマックスに話さなくてはいけない日がくると覚悟していた。良い縁談相手を見極めるのに、公平な判断が出来ないからだ。
相手に求める条件として、高身長、筋肉質で容姿端麗、頭脳明晰。どんな時も彼女を優先し、絶対に悲しませない。虫も殺さない性格であってほしい。だが、彼女のピンチの際は大きな熊だって迷いなく一撃で倒す……。
だんだんと増えていく、この"最低条件"を書き留めていたとき、そんな完璧な奴はそうそういないと気付いてしまった。最低条件は曲げられない。故に、誰が来ても気に入らない。
ーーさて、どうしたものか。
お互いに思いを打ち明けてから、すでに数日が経っていた。朝食が出来たことを知らせるついでに、朝の身支度の確認に向かうと、テレサの目を盗んでシェリーが目配せをした。
口を窄めて、甘えるような顔で「ちゅっ」と小さなリップ音を出す。どうやら、ナタリーから教えてもらった最新の"愛情表現"なのだそうだ。
(……かわいい)
リチャードは一瞬緩んだ頬をきゅっと引き締めた。見なかった振りをする。この愛情表現を受け取った者は、必ず同じように返さなくてはいけないらしい。まるで呪いと同じだ。
あからさまにシェリーは傷付いた表情をしているが、それも見なかった振りをする。
ナタリーといえば、近頃はこの社交界シーズンの所為でなかなかゆっくりと会えずにいたようだった。アランが町を出てから塞ぎがちだったようだが、少しは元気になったようだった。
いや、人の心配をしている場合ではない。
リチャードはこの数日間眠れずにいた。それは恋煩いなんてものではない。いつマックスに話すか、だ。
良い相手が居なかったら君が貰ってくれ、だなんて最初に冗談めかして言われたが、まさか本気で貰われてしまうとは思っていなかったはず。
(……きっと許してはもらえないだろう)
貴方の娘のことを好きになってしまったから出て行くと伝えるのならまだしも、娘さんをください! と言うのは遥かに勇気がいる。
こちらの心配をよそに、彼女は隙あらば"愛情表現"を飛ばしてくる。能天気だが、可愛いものは可愛い。
なんとか攻撃をかわしながら、ようやくたどり着いた朝食の席。
焼きたてのパンの良い香りが漂ってくる。ちょうどスープをマックスの前に差し出すと、朝はいつもは黙ったままの彼が口を開いた。
「……リチャード」
「……ッ、はいマックス様……」
危うく皿をひっくり返す所だった。シェリーもハラハラとした表情を浮かべている。彼女には、自分から話すから余計なことは言わないように言ってある。
それなのに、彼女とくれば"今? それは今なの? "と、すぐにでも話に割って入ってきてしまいそうだ。
「実は先日、ハイマートに出掛けた際に傘を忘れてしまって……申し訳ないが取りに行ってくれないか」
マックスはそう言って朗らかに笑った。
それは、以前リチャードが暮らしていた町だった。もっとも、ハイマートは横に広い町で、リチャードが住んでいたのは北の山奥の方だったのだが。
ーーもう二度と、あの地を踏むことはないと思っていたのに。
「ハイマートですね、すぐに向かいます」
だが、マックスの頼みとあれば引き受けたい。気は進まないものの、リチャードはすぐに頷いた。
「いや、急がなくてもいい。私もぼちぼち取りに行こうかと思っていたが、なかなか予定が合いそうもない」
リチャードの浮かない表情を察したのか、マックスは慌てて付け加えた。
「ハイマートと言っても港町の方だ。後で地図を書こう。随分と様変わりしているぞ、港の方は住民も総入れ替わりしているくらいだからな。……そうだ、良かったらシェリーも連れて行ってくれないか?」
「ええ、私も行きたいわ」
シェリーは食い気味に答えた。目をキラキラと輝かせている。
「日帰りは……無理だろうな。あの辺りは宿も多いから、泊まりで行ってきなさい」
「……っ! ですが、いきなり泊まりでなんて……」
思わず上擦った声をあげてしまう。変に思われたらどうしよう、と柄にもなく動揺したリチャードは恐る恐るマックスの様子を窺った。
「リチャード、君を信頼しているから大丈夫だ。気をつけてな」
マックスは豪快に笑うと、リチャードの背中をバシバシと叩いた。
(ますます言い出し辛くなってしまった……)
信頼されているというのは何よりも嬉しいことだ。しかし、それは後ろめたいことがなければ、の話である。




