再会
「お嬢様、起きてください。いつまで眠ってるんですか」
ハッと目を開けると、テレサが困ったような顔で微笑んでいる。隣にはきちんと制服を着たリチャードが、いつも通り眉を顰めて立っていた。
「さっさと顔を洗って、朝食を摂ること!ああ、目は腫れていないようですね。良かった。いいですか、何度も言っていますが、朝の果物というものは……」
と、ぐだぐだといつも通りの口調で小言を言っている。何を言っているかはほとんど毎朝聞き流しているのでよくわからない。
昨夜は寝ぼけていたか、夢でも見ていたのかもしれない。
(だって、そうじゃなきゃおかしいでしょう……イライラピリピリ高慢ちきが私にキスだなんて……)
『ハッ、誰がこんなお子さまなんか……』『悔しかったら立派なレディになればいいことです』
記憶の中のリチャードに、再び怒りが込み上げてくる。
(でも、それは昔のことよ。昨夜はそのままの私でいいと言ってくれたもの。昨夜は……)
思い出すとまた顔から火が出そうになる。シェリーは慌てて頬を押さえた。
(あれは夢、あれは夢だったのよ。ああ、私ってばなんて罪な夢を見てしまったの……)
今はリチャードを意識するな、と言う方が難しい。
「……お嬢様? どこか具合でも悪いのですか?」
リチャードが心配顔でこちらを覗き込む。彼は嫌味なくらい涼しい顔をしている。ばっちりと視線を合わせて、シェリーの額に手を当てる。熱はないようですね、と、動揺する素振りも見せない。
これで、昨夜のことは夢だったと言うことが決定的になった。
(まさか、そんなこと……ないわよね。わかっていたけど)
安心したシェリーは大きく伸びをした。
「いい天気だから、少し走りたくなっちゃった。リチャード、キャッチボールでもしない?」
「いけません」
リチャードは光の速さで即答した。
「そのままの私でいいって言ったじゃない……」
シェリーが口を尖らせて抗議すると、リチャードはいつも通りの冷たい目で、ぴしゃりと返した。
「限度があります。社交界は終わっていませんよ」
「でも、こんなに良い天気……」
「そうだ、口を大きく開けて、あいうえお体操にしましょうか。外でも効果は抜群です」
「もう黙るわね」
リチャードが冗談とも取れないような提案をしてきたので、シェリーは慌てて身支度を整えはじめた。
「シェリー様にオリビア様からお手紙が届いていましたよ」
テレサは嬉しそうに、今朝届いたばかりだというオリビアからの手紙を差し出した。
「ありがとう、早かったのね。この前手紙を出したばかりなのよ」
切羽詰まった様子の妹の手紙に、姉は返事を急いでくれたのかもしれない。シェリーは嬉しくなってすぐに封を開けた。
タイミングよく、来客を告げるベルが鳴った。予定はないはずだが、そう言ってリチャードが慌てて対応に向かった。
「オリビア様、お元気そうですか?」
久しぶりに"オリビア"という名前を聞き、テレサも目を細めている。
「ええ、元気そうだわ。"シェリー、貴方も頑張ってるようね"……」
ーー貴方も頑張ってるようね。恋という感情を知るにはたくさんの男性と心を通わせてみることよ。そうして見る目を養うの。そうすれば、おのずと"この人だ!"と心が教えてくれるはず。……ダーリンに話したら、彼が信頼している友人を貴方に紹介すると言っていたわ。恋人としてではなく、友人として相談相手になってもらうのもいいかも。
「"とても行動的な人らしいから、この手紙がつく前にそっちに訪ねて来たりしてね! 楽しいデートになりますように。愛してるわ、シェリー。そうそう彼の名前は、"……」
シェリーはその名前に聞き覚えがあった。慌てて階段を駆け降りる。
そこには、いつになく不穏な表情のを浮かべるリチャードと、噂のアーチボルト伯爵の友人の姿があった。
「貴方がコール・ランベール伯爵……」
「また会えたよ、これ、受け取ってくれるかい?」
それは彼の背中に隠しきれないほどの、大きな薔薇の花束だった。目が覚めるほどの鮮やかな赤が美しい。
「……君とまた会える気がしていたんだ。私とデートしていただけませんか?」
コールはその場に恭しくひざまづくと、シェリーの左手にそっとキスをした。男性にここまでしてもらったのはこれが初めてだった。
驚いて顔を上げると、リチャードはげんなりとした表情を浮かべている。
「ねぇ、やっぱりランベール伯爵とリチャードって……「初対面です」」
知り合い、と聞こうすると、ほぼ食い気味にリチャードが答えた。
「そうなの……?」
「ですが、少しランベール伯爵とお話ししたいのです。終わったら応接室に連れて行きますから」
リチャードは既に彼を後ろから捕獲するように掴んでいた。コールも嫌がる素振りを全く見せず、されるがままになっている。
「……わかったわ、では向こうで支度をしてまいります。……伯爵」
怪訝な顔をしていると、コール・ランベールはにっこりと優雅に微笑んだ。笑顔一つに品の良さが溢れてる。
「麗しのミス・シェリー・コールドウェル……どうかコールとお呼びください」
「コール……」
シェリーがそう呼び直すと、コールは満足そうに微笑んだ。そして、そのままリチャードによって部屋の隅の方へと引き摺られて行ってしまった。




