第三十話 転移魔法陣
クリスタルとカールトンとシアンは王都に帰る途中、ヘンダース領の守り主エマに会いに来ていた。
≪クリスタル様、お久しぶりです。来て下さったのですね≫
「エマ! 元気していましたか? イチコ持ってきましたよぉ」
≪ありがとう。今日はお友達を連れてきたのですか?≫
「そうなの。カル、ここは素晴らしい所でしょう?」
「竜が楽しそうに暮らしているね」
「そう。竜の楽園です」
「クリスタル、エマと仮契約しているみたい」
とシアンに言われた。
「えっ、仮契約?」
「本契約じゃないから、カルに変わっても大丈夫だけど、エマが嫌がると変更は無理だな」
「エマ。エマと仮契約しているみたいなの」
≪していますよ≫
「解除はできるの?」
≪できます≫
「解除して、カルと契約してくれない? 駄目かな?」
≪どうしてですか?≫
「カルはこの国の第二王子なの。エマに私と一緒に守ってもらいたいの」
≪そういう事でしたら、わかりました≫
「カル、エマに名前つけて」
「名前はエマとする」
カールトンとエマが光輝いた。そして、エマが女の子の姿に変わっていった。
「エマも私たちと暮らすけどいいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
「ここにはいつでも帰れるけど、竜の皆さんにお別れを言いましょうか」
エマは念話で水竜さんたちに説明しているようだ。
クリスタルは水竜さんたちの好きなイチコを植え、いつでも沢山食べられるようにイチコ畑に『成長と常に実が付く』を付与した。
私たちは水竜さんとお別れをしてヘンダーソン領のダーソン湖に戻り、エマを紹介した。エマはカールトンと契約しているが、コールマン城で暮らすことになった。
半月ぶりの王城に登城したスタンリーとオーウェン、クリスタルは宰相から報告を受けるため、応接室に案内された。そこには、すでに、陛下とクリスチャン殿下とカールトン殿下もいた。手短に挨拶を済ますし、宰相の報告に耳を傾けた。
「では、戸籍を調べたところ、サウルはサロスと名前を変えておりました。また、商会設立証、営業許可書の申請すらしておりませんでした。
先日、サロスと従事者を取り押さえ王都のアタニル商会とバーンスタイン領のアタニル商会へ強制捜査を行い、支配薬・毒薬・呪薬・惚れ薬など、あらゆる薬を押収しました。今は、ロイヤル近衛騎士団が取り調べをしております」
「相分かった」
陛下の一言が響いた。
クリスタルは宰相に、
「あの、サロスの息子カーターと、カーターの友人エイブラハムはいませんでしたか?」
オーウェンも気が付いたように、
「従事者の中に紛れ込んでいるかもしれない」
宰相は、
「そちらも明らかにします」
オーウェンが付け加える様に、
「エイブラハムはアタニル商会の使用人に手引きされ学院に入り込んで学生一人殺しました。そのエイブラハムの店舗から、アラバスター学院の生徒五人の遺体が発見されました」
陛下は、
「コールマンパラダイス領から帰ってきてクリスチャンから報告があった。行方不明だった生徒に間違いない。家族に連絡して遺体の引き取り要請をした。鑑定してもらったが「支配薬に侵され死んだ体」と、鑑定された」
「…………」
クリスタルは驚いていた。アラバスター学院の学生が、支配薬で殺されていた。自分の不甲斐なさを呪う。底知れぬ絶望と悲しみに襲われた。
「…………」
陛下は俯き少し寂しそうな顔で、
「うむ、今回もコールマン大公家に助けられたな」
「良いのですよ。兄上の力になれたのですから」
場を取りなすようにオーウェンは、
「事件は解決出来そうですか?」
カールトン殿下は首を傾げながら、
「エイブラハムが見つからないと解決できないと思います」
スタンリーもコールマンパラダイス領での三人の男女と死体を思い出し、
「薬をつくっていたのはエイブラハムだ。エイブラハムを捕まえない限り支配薬は蔓延するだろう。ポーション類にも支配薬を混ぜていたからな。今回の押収品から考えても支配薬だけで済みそうにないな」
宰相はひどく神妙な顔つきで、
「アタニル商会の扱っている薬は害ある商品だけを鑑定したが、全て鑑定にまわしましょう」
スタンリーは真剣な面持ちで宰相を見て、
「そのほうがよさそうだ。それで、支配薬の売上は押収できそうか?」
「そうですね。アタニル商会にある商品をオークションに掛けても罪の金額には届かないでしょう。残りは刑に服して払い切るしかないでしょうなぁ」
「そうか。治療薬に回したかったが……」
「スタンリー、国から出るよう申請しよう」
「陛下ありがとうございます」
コールマンパラダイス領では沢山の死体が見つかり、イルナを殺して記憶障害を直そうとした者も出るくらいだ。支配薬の後遺症に悩んでいる人が多くいるだろう。
突然、近衛騎士団の団長クリフォードが入ってきた。
「報告いたします。バーンスタイン領の国境警備隊から一報が入りました。
エイブラハムと思わしき人物が見つかったとのこと。その人物は、隣国の悪名高いフリットウィック国第一王子ギロリー・ガン・フリットウィックです。ギロリー王子は、「人の絶望する姿・壊れて行く姿を見るのが楽しい」と幼年期から広言しており、フリットウィック国王は、ギロリー王子を教会預かりにして表から遠ざけておりました。ところが、五年前にギロリー王子が教会から姿を消し、教会側は秘密裏に捜索をしていたようです。その、行方不明事件にサロスの息子カーターの関与が疑われ、事情徴収を受けたことがあるそうです。教会側の判断では、犯人はカーターと思っているようです。隣国の王子ということもあり、その場では連行しませんでしたが、教会側にエイブラハムの人相画と罪状を伝え、教会預かりとなっています」
陛下は何処か冷たい感じがするような整った顔で、
「そうか……………では、ゴイル国王に書簡を出すか、宰相頼んだぞ」
「ハッ! 承知いたしました」
陛下は気分を変える様に、
「今日の会議は終わりとする。大公家の皆は夕食を食べて帰ってくれ」
皆、心にわだかまりを抱えたままだったが、夕食に参加して家路についた。
多くの遺体と暮らしていたギロリー王子。
どのような王子なのか。
人の絶望する姿、壊れて行く姿を見るのが楽しいと言った王子。
あの家は王子の心を満たしたということなのか?
胃の奥から酸が上がってくる感じがして、
背筋の寒くなるような悍しい気配に襲われた。
翌日、クリスチャン殿下とカールトン殿下が訪ねてきた。監視カメラの映像を証拠書類として、ゴイル国王に渡す映像を転写して欲しいとの要望です。クリスタルは監視カメラを預かり映像を転写した。
「コールマンパラダイス城でのエイブラハムの行為も追加します。それとエイブラハムの店舗の画像はどうしますか?」
「店舗の方は、陛下と叔父上に相談してからにするよ。直接ゴイル国王には見てもらいたい映像ではあるがな」
あれほどひどい惨状をクリスタルに見せる訳にはいかないだろう。
「はい」
クリスタルは保存したカメラの映像を紙に転写して証拠書類として提出できるように説明書きも付け加えた。説明書きはクリスチャン殿下とカールトン殿下と相談しながら書き上げた。
「クリスチャン殿下、カールトン殿下! 転移魔法で送りましょうか?」
「頼む。護衛に伝えるよ」
「お前たちは馬車で戻ってくれ、僕たちはクリスタルに転移で送ってもらうよ」
「「ハッ」」
「クリスタル、お願いする」
「はい、お願いされました。では、行きます王城へ!」
転移したのは応接室、
「クリスチャン殿下転移魔法陣設置しましょうか? 安全にコールマン城・クリスタル城・コールマンパラダイス城・別荘・コールランド島に行けますよ! ……もちろんホワイトダリアでお買い物もしやすくなりますよ!」
「陛下と宰相呼んでくるよ」
クリスタルは一人残された。
カールトン殿下はすぐ戻ってきて、
「兄上に「クリスタルは一人で寂しくしているのではないか?」と言われてしまった」
「大丈夫ですよ。はい、ほうじ茶」
「ありがとう」
暫くの間、カールトン殿下と雑談をしていると…………
陛下と宰相が入ってきた。少し遅れてクリスチャン殿下も従事者と入ってきて甘いお菓子とお茶を用意してくれた。
クリスタルは陛下に近寄り、
「陛下、宰相、ご機嫌麗しゅう」
「息災でなにより。それで転移魔法陣か?」
「はい、転移魔法陣があれば、少しの時間でも会いに行けますし安全です。設置できる部屋か場所ありますか? あまり知られない方がいいと思います」
「うむ、謁見ホールの横の部屋と考えていたが人の出入りが激しいな。
では、余の住むパレスダリア邸か、クリスチャンが住むウエストダリア邸か、カールトンが住むイーストダリア邸、何処でもいいぞ! 余の邸、クリスチャン邸、カールトン邸すべてに設置してもよいぞ!」
陛下は相変わらず悪戯っぽく笑った。
クリスタルは安全のためにも、
「魔法陣にサンクチュアリを張り、王族に悪巧みや少しでも害する者は使えないようにするか、使える者の名前を付けてもかまいません。最初は、陛下の住むパレスダリア邸に行きますか?」
「余も見てもいいか?」
「もちろんです。叔父様!」
宰相の案内で謁見ホールの王座の横に入ると大きな控の間がありその先は陛下の執務室に続いていた。控の間の横に部屋があり、今は物置のようになっていた。
クリスタルは宰相に、
「ここは?」
「ここからパレスダリア邸までの転移魔法陣はできないか? 使える者は限定する」
「できますよ、その前にここを片付けないといけませんね」
宰相はメイド長を呼び片付けさせた。
クリスタルはパレスダリア邸と謁見ホールの物置部屋を行き来するだけの魔法陣を設置した。その魔法陣にサンクチュアリを張る。
「あっ、サンクチュアリだと邪な者は弾き飛ばされるから駄目だわ! コールマンパラダイス城で弾かれた者は海まで飛んで行ったのよね。ここでそこまで弾き飛ばされると……考えただけでも恐ろしいわ」
「あの時は傑作だったよ。クリスタルのバリア、サンクチュリアに海まで飛ばされた者たちの驚きようったら……思わず笑ってしまったよ。今思い出しても、クッ」
「クリスチャン殿下お願いしますよ。思い出させないでください」
サンクチュアリを解除して普通の『バリア』に『少しでも王族を害する者は入れない』と使用できる名前を、付与してバリアを張った。
宰相がパレスダリア邸に案内を始める。
パレスダリア邸が見えてくると、風格がありながら上品さも忘れていない建物に魅了される。門の中に入ると建物を囲むように、日本で黒蝶と呼ばれていたダリアが咲誇っていた。黒蝶のダリアはビロード状の赤黒い花色で、花径は十五センチもあるダリアは国王に相応しく大輪の花であった。
早速、部屋に案内され、転移魔法陣を設置すると、白く美しい複雑な魔法陣は模様としても細かく美しい、その魔法陣が光輝いた。その魔法陣にバリアを張りパレスダリア邸の作業は終わった。王族の住処王宮は陛下の住むパレスダリア邸を中心に放射線状に北エリアは王妃様や愛人をつくれば北エリア住むことになる。クリスチャン殿下は西エリア、カールトン殿下は東エリア、エリーゼ殿下は小さめの南エリアです。王宮は宮廷と別の敷地であり王宮門を通れる者は限られている。
クリスチャン殿下の住むウエストダリアに向かう。ウエストダリアには、淡いオレンジの色のダリアが迎えてくれた。日本でオレンジストーンという。花径は十二センチあり、シックでとても可憐な色に上品な花弁のダリアである。クリスチャン殿下の邸にも、転移魔法陣を設置してバリアを張った。
カールトン殿下のイーストダリア邸はどんな建物だろう。門をくぐり見えてきたのは、日本でいう、アンティークハミルトンである。オレンジブラウン色の沢山のダリアが顔を見せてくれている。シックな色がかっこいい上品なダリアです。
(アンティークハミルトン好きだったのよね)
カールトン殿下の邸にも、転移魔法陣を設置してバリアを張り終えた。
ミスティーナ国の国花はダリア、紋章にもダリアが小さく入っている。コールマン大公家の紋章にも入っている。国花のダリアを大切にしていることが窺えた。もちろん、コールマン城にも日本ではコラリーという淡いオレンジピンク色の花弁が均一に並んでいるとても賢く可憐で上品なダリアだ。見ている私たちを癒してくれる。クリスタル城でも色違いの白いダリアを育てている。




